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第62話 太古の破壊神。

 かつて人間たちの元には数多の霊的存在や神々の眷属たちがひっそりと寄り添い、時にそれを助けながら暮らしていた。


 豊穣を司る天女もまた、そんな中の一人だった。


 天女がそっと息を吹きかけると大地は潤い、田畑は豊かに作物を実らせた。

 人間たちは誰しも心から感謝し、天女の事を敬っていた。


 しかし、土地が豊かになれば必ずそこには争いが生まれる。

 人間たちはいつしか感謝の気持ちも忘れ、醜く争い、奪い合う事に夢中になっていった。


 争いを好まない天女はそれを悲しみ、人間たちの元を離れると人里離れた小さな森へと移り住んだ。

 そして、その地に結界を張って草を食んで生きる者たちだけを側に置いた。 


 植物ならばいくらでも実らせる事のできる天女は、限られた糧を奪い合う必要のない平穏な世界を望んでいたからである。


 結界に守られ、外界から隔絶されたその地では、天女の加護を一身に受けた草木がいつしか巨大な森となり、そこに暮らす者たちは内なる神格に目覚め、神の子孫たる人間を模した姿へと変じるようになっていった。


 通常の手段では辿り着けないその森には、困難な道を歩んできた者や、他者を思いやる真心を持った者たちだけが辿り着く事ができるという。

  

「お主がカラスの面影を残しているという事は、お主の中にまだカラスでありたいと願う気持ちが残っているのじゃろうて」


 完全な擬人化がしたいと願い出たカラスに山神は諭すように言った。


「そんな事ないよ! ボクは人の姿になって、そして、人の町で暮らしたいんだ!」


「……カラスや。それは無理じゃよ。例え人の姿になれたとしても、それはこの森にいる間だけの事。外に出ればまた元の姿に戻ってしまうのじゃよ」


「えっ!? ……そんな……ここならボクの願いが叶うって、だから苦労して……」


「この地に辿り着いたという事は、さぞや苦しい想いをしてきたのじゃろう。お主さえ良ければ、いつまでもこの地におって良いのじゃよ?」


「でも、それじゃあ……」

 

 俯くカラスを見つめる山神の眼差しは慈愛に満ちたものだった。

 事実、山神はこの永久の森に住む全ての命を我が子のように想っているのだろう。 


「旅人や、お主もじゃよ。じっくりと考えてみると良い」


「……」


 ふいに話を振られた旅人はその言葉を嬉しく思うが、この先どうしていくべきか、その答えをまだ出せずにいた。


 旅人の横では、カラスがじっと俯いたまま膝の上に置いた翼の先を見つめていた。


 

 その日、旅人たちは柔らかな芝のベッドで眠りについた。

 地下に広がる森林はその輝きを薄め静かな夜の訪れを知らせてくれている。

 この地に来て以来、久しぶりの穏やかな夜だ。


 しかし、それも長くは続かなかった。


 ユッケを腹の上に乗せて眠っていた旅人は、突然の激しい揺れにすぐに目を覚す事になる。


「何が……!?」


 見上げる天井からは銀色の雪の塊がどさどさと落ちてきていた。


「逃げるのですよ旅人さん!」


「早く外へ!」


 暗がりから聞こえた声に頷くと、旅人もたんぽぽの綿毛のように膨らんだユッケを抱えて洞穴の外へと駆け出した。



 天女の話には続きがあった。


 その地には神々が人間の元を訪れるよりも更に昔から、地中深くに埋もれ、長い時を眠り続けてきた者がいる。


 その事に気付いた天女は、自分ごとその場所を封じる事で難を逃れたが、既に森の神気を浴びて目覚め始めていたその存在を完全に排除する事はできなかった。


 それでもこの地が存続する限り、目覚める事なき封印が施せたはずだった。


 しかし、それが今目覚めようとしている。


 それは天女が、その地に住む全ての者を慈しむが故の甘さが招いた結果なのかもしれない。

 他の者がその封印へと近づく危険をもっと考慮するべきだったのだ。



「なっ……!?」


 洞穴の外へと飛び出した旅人は恐怖に言葉を失った。


 銀色の雪だけが照らす淡い夜の闇の中、毛むくじゃらの黒い巨体がゆっくりと地中から這い出してきている。

 その者の持つ暗く窪んだ瞳には、旅人が永久の森で初めて目にする悪意が宿っていた。


『──グルヴォォォォオーン!』


「くっ……!」


 旅人は耳を塞いだ。

 その者の雄叫びに、大地までもが怯えたように激しく揺れている。


 太古を生きたその存在は、既に自身の名すらも思い出す事はなかったが、小さき者たちに追われ、仲間たちを絶滅させられた激しい憎悪だけは消える事がなかった。


 内に秘めたる衝動は破壊と殺戮ただ二文字。

 全てを蹂躙せんとする邪悪な意思がそこにあった。


『全ての存在に復讐を……』


 太古の昔にこの地を統べるべく巨体を持って生まれたその存在は、無限にも近い長い時の中で抱き続けた憎悪と、天女の育んだ永久の森の神気を受けて、もはや災厄とも呼べる存在となっていた。


 全長10メートルを悠に超す巨体からは憎悪を帯びた激しい殺気が溢れ出ている。

 うねるように長く突き出た巨大すぎる二本の牙には明確な破壊の意思が込められていた。

 そして、その下に伸びるのは分厚く強靭な長い鼻。


 原始の頃よりその地に眠り続けていた存在。

 後に発見した人間たちはそれを、ナウマンゾウと呼んだ。







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