第60話 山神様。
ついに登場です!
「旅人よ。私が使ったのはススキの種子を大地に撒く技なのだ。つまり環境破壊ではないのだぞ? 分かるな?」
「はあ……」
旅人はもう何度聞かされたか分からない話にため息混じりの相づちを返した。
ララヴィは未だ上半身をツタでぐるぐる巻きにされており、そこからちょろりと伸びた部分を後ろを歩くミノスケが握っていた。
「もう解いてやったらどうだ?」
「情けは人のためならずなのですよ、旅人さん」
「ハハハッ! 良いのだ旅人よ。それよりもミノスケ、随分と難しい言葉を使うようになったものだな!」
ララヴィは長い耳をピクピクさせると、なぜか嬉しそうにミノスケを見る。
「えっへんなのです!」
「うむ!」
「使い方間違ってるだろ……」
よくよく話してみればララヴィはなかなかにヘンな人だった。
旅人たちは今、山神の住む霊峰の麓を登っている。
青白く発光する凍った斜面は滑りやすく危険な場所ではあるが、ララヴィとライデンの案内によって順調に進めていた。
山といってもまばらに氷の木や草が生えている程度の禿山で、歩いていると小高い丘のようにも感じられる。
しかし、遥か先には銀色の山頂が霞んで見え、そこにはやはり深い溝のような亀裂が入っていた。
「どうやら私の感じた不吉な気配はあの亀裂の事だったようだ……」
「……」
旅人にはさすがにそれが自分の仕業だとは思えなかったが、謝罪するララヴィの言葉にどことなく気まずさを感じていた。
「ララヴィが旅人君と和解してくれて本当に良かったよ」
カワセミがほっとしたように言う。
「ああ、今ならお前やミノスケが彼を認めていた訳も分かる。まさか、ただの人間がこの私と互角に渡り合おうとはな。誇るが良い旅人よ。それとカラスよ、すまなかったな」
「え、ボクっ!? あいや、ボクは全然気にしてないから!」
ララヴィが頭を下げるとカラスは慌てて体の前で両翼を振った。
カラスと周囲の距離が少しずつ縮まっているようで旅人はその事を嬉しく思っていた。
「──互角ってお前ェ、完全に負けてたろうがァァ!」
よせば良いのにカナブン丸が横から口を挟んでくる。
四本の後ろ足でライデンの頭の上に立ち、前足二本を組んでいるカナブンの姿には見る者を妙に苛立たせる何かがある。
「──部外者は黙っていてもらおう! これは実際に戦った私と旅人だけにしか分からない問題だ! それよりもライデン! なんだその情けない姿は、恥を知れいッ!」
『ぐえ……』
「自分は縄に縛られてて、よく言うぜェェ……」
やれやれとばかりに前足で天を仰ぐカナブン丸の姿に旅人は苦笑した。
その後ろをユッケも楽しげな様子で着いてきている。
どこかなごやかな空気の流れる中、旅人たちは霊峰を歩んでいく。
夜は野ざらしで眠り、薄暗い昼間を選んで進んだ。
そうして三日ほどが経った頃、いつしか周囲は明るくなり、旅人たちの足元は銀色に輝く雪に覆われていた。
「さあ、もうすぐそこだぞ」
未だツタに縛られたまま嬉々として進むララヴィの後に旅人たちも続いた。
「おっ片づけ~♪ おっ片づけ~♪ すんすんす~ん……」
旅人の目に最初に飛び込んできたのは氷を切り出して作ったような巨大な階段だった。
そこには斜めに亀裂が入っており、二つに分断されている。
その亀裂の脇では巫女装束を着た小柄な少女が鼻歌を歌いながら氷の破片を片付けていた。
「そうそう、偉いですよ~、スズメさん。散らばった氷は頑張って食べちゃいましょう!」
少女の周りにはふくふくと太った大きなスズメが三羽「チュンチュン」と地面をつついている。
ゆるキャラのような丸みを帯びたスズメたちの体長は悠に1メートルはありそうだ。
「神社、なのか……?」
旅人はそのどこかほのぼのとした奇妙な光景よりも、永久の森で初めて目にする人工的な建造物に目を奪われていた。
階段の上には分厚い支柱に支えられた大きな鳥居も建っている。
白く濁ったそれもやはり氷でできているようだった。
「まさか、ここまで亀裂が届いているとは……」
ララヴィが険しい表情で呟くと、ようやく旅人たちに気付いた巫女服の少女が振り返る。
「あっ! ララヴィさんお帰りなさい──って、うえっ? なんか縛られてるッ!? あ、そこにいるのはミノスケさんじゃないですか!?」
「朱雀さん、お久しぶりなのです」
「お久しぶりですミノスケさん。でも、どうしてララヴィさんは縛られているんですか?」
「盛者必衰なのです」
「うええ~っ!? そんな自慢げな顔されても意味不明ですし! あ──カワセミさん、これは……」
「やあ、朱雀。久しぶりだね。これにはまあ、色々と事情があって……」
「──ひ、ひょええ~! 後ろにいる黒い人、もしかしてカラス!? そ、それにその赤いヘンな服の人って!? ま、まさかこれってクーデター!? 下克上なの!? たたた、大変大変~っ! 山神様逃げて、逃げて~っ!」
赤いヘンな服の人と言われた旅人が心に微かな傷を負う間にも、朱雀は何やら勝手に想像して慌ただしい悲鳴をあげている。
朱雀と周りのスズメたちは身を寄せ合いながらも「食べるならこの子から先に!」と押し合いへし合いしている。
少し薄情な事を言ってはいるが、その姿には押しくらまんじゅうでもしているような微笑ましさがある。
「これ朱雀よ。何をピーチクパーチクと囀ずっておるのじゃ?」
それは、しわがれた老人の声だった。
氷の階段の上を見上げる旅人の視界の先、ちょうど鳥居の間から姿を現わしたのは木製のベビーカーのような手押し車だった。周囲を数匹の白いキツネたちが取り囲んでいる。
旅人が呆然と見ている間にも、キツネたちはじゃれ合うようにして手押し車を押しながら階段を一段、また一段と降りてきた。
手押し車が階段を一つ降りる度に「あいたた、あいた」と小さな悲鳴が漏れ聞こえる。
「おお、なんと神々しいお姿か!」
「……」
ララヴィの言葉に旅人はなんとも言えない脱力感を覚えていた。
「よくぞ参られたのう。旅の者よ」
手押し車が旅人たちの目の前まで降りてくると、そこからしわくちゃの老婆がひょっこりと顔を出す。
いつの間にか旅人とカナブン丸を除いたそこにいる全員が目を閉じて深く拝礼している。
「お、おい旅人ォ……もしかして、こいつが、そうなのかァァ……?」
「……」
カナブン丸のどこか残念そうな声に、その時全く同じ事を考えていた旅人が答えられようはずもなかった。
ついに登場なのです!




