第6話 森の貴族。
旅人はミノスケと並んで、茜色に染まり始めた夕暮れの森を歩いていた。
ミノスケはぶよぶよのバスケットボールっぽい塊を大事に胸に抱えて、時折食べていた。
「なあ……ここって、一体どこなんだ?」
今日は久しく感じていなかった楽しい一日だった。
そう感じながらも旅人はずっと疑問に思っていた事をミノスケに訊ねてみる。
「ここはカワセミさんのお家のご近所です」
「……」
旅人は、またとんちんかんな答えが返ってきたなと思いつつも一応詳しく聞いてみる事にした。
「で、そのカワセミさんって……」
その時、頭上で「バサバサッ!」と巨大な鳥が羽ばたくような物音が聞こえた。
「私の名を呼ぶ者は誰だ!」
声の主は遥か頭上の木の枝に居たが夕日をギラギラと反射させていて旅人にはその姿は捉える事ができなかった。
「とぉーっ!」
うろたえる旅人の目の前にその人物は奇声を上げて降り立った。
かなり高い所から飛び降りたはずなのに、ふわりと軽やかに着地した。
「ぐっ! 眩し……」
間近で見るその人物は目に痛くて旅人は思わず手を翳して顔を覆う。
「カワセミさんこんにちはです」
目を覆った旅人の隣からは親しげに挨拶をするミノスケの声が聞こえるとカワセミと呼ばれた人物もミノスケに「やあ、こんにちは」と挨拶を返した。
「おっと失礼、そちらの方は私のあまりの神々しさにどうやら目をやられてしまったようだね。全く、フッ、美しさってやつは本当に罪だね。キミもそう思わないかい? ミノスケ」
「その通りなのです」
どんな会話だよと、旅人は覆った手の隙間からカワセミと呼ばれた人物を覗き見る。
その人物は眩いばかりの光沢のあるコバルトブルーのマントをその身に纏い頭にも同様のヘアバンドをしていた。
夕日を反射させてギラギラと輝いているが少し目が慣れるとそれらが鳥の羽でできている事が見て取れた。
中世的な雰囲気のあるスレンダーな女性だった。
背丈は旅人よりも少しばかり高かった。
すっと高く伸びた鼻筋と切れ長の瞳が印象的な美人だったが、やはりというべきか暗いエメラルドブルーの瞳には白目の部分が全くない。
羽飾りのヘアバンドで後ろに流したロングヘアも濃い青色をしていた。
旅人はよっぽど青が好きなんだろうなあとぼんやり考える。
「フフ、キミとは初めましてだね。私はカワセミ。美しき森の貴公子さ。ああ、そう畏まらないでおくれ、仲良くしようじゃないか」
カワセミはそう言うとさっと優雅な動作で右手を差し出した。
「ああ、どうも……」
女なのに貴公子ってどうなんだと、思いつつも旅人はカワセミと握手を交わす。
「ところでキミはどこからやって来たんだい? この辺では見かけない顔のようだが……」
「この人間さんは旅人さんです。ミノスケが名付け親なのですよ」
「そうか旅人君と言うのかって、えっ!? 名付けってアレっ!? 人間なのッ!? なな、なんで人間がこんな所にッ!?」
その声は、けたたましくさえずる小鳥の鳴き声のようだった。