第59話 凍土の決闘。
読んで頂きありがとうございます。タイトル変更を考えていますがなかなか良いのが浮かびません。
いくらか周囲の闇は薄まり、凍った大地に朝が訪れていた。
空にはもこもことした銀色の雲が浮かび、そこではメタリックグリーンに輝くカナブン丸と、雷を纏ったライデンが激しい空中戦を繰り広げている。
「……」
金属のぶつかるような激突音が響く中、その下では旅人とララヴィが対峙していた。
「悪いがお前たちを山神様の元へお連れする事はできない。私が勝ったらこの地を去ってもらおう」
ララヴィはススキの穂先を旅人に向け槍のように構える。
「……理解してくれとは言わんよ。だが、私にも使命があるのだ」
そう呟いたララヴィの視界の隅には、固唾を飲んで二人を見守るカワセミと頭にユッケを乗せたミノスケ、そしてカラスの姿があった。
ララヴィは人間である旅人と、そしてカラスの存在に不吉なものを感じていた。
ミノスケとカワセミは旅人を随分と気に入っているようだが、永久の森は本来人間やカラスといった獰猛な生き物が住むべき場所ではない。
そう考えたララヴィは朝を待つと、立ち退きを賭けた決闘を旅人に挑んだのである。
「やっぱり止めないか! ララヴィ、それに旅人君!」
「ララヴィさんは確かにお強いのです。ですが、旅人さんの前では窮鼠さんが猫さんを噛むが如しなのですよ。噛ませウサさんなのです。ム、なんだか可愛らしいのです!」
カワセミは止めに入り、ミノスケは相変わらずよく分からない事を言っていた。
「どど、どうしよう……」
その横ではカラスがただおろおろしている。
「……」
旅人はララヴィの闘志に燃える赤い瞳に、いつか見たクマさんの姿を思い出していた。
──全ての存在と分かり合える筈はない。
旅人は思う。
譲れる道なら譲ってやれば良いと。
しかし、譲れない道なら全力で立ち向かうだけだ。
永久の森で過ごした日々が、旅人にそう教えてくれていた。
旅人はどんな結果が待っていようと、カラスを山神に会わせてやりたいと考えていた。
「旅人ォォォ! 負けんなよォ!」
「お前こそな……」
上空で先に戦い始めているカナブン丸の喧しい声援に、旅人は余裕があるなと苦笑した。
「随分と虫に懐かれたようだな、人間!」
ララヴィがススキを頭上に振り上げ叫ぶ。
「唸れ! 金色の誉!」
「なっ……!」
旅人は目を見開いた。
ララヴィの持つススキの穂先からゆらゆらと光の粒子が湧き出ていたからだ。
薄闇の中で鮮明に映るその輝きは、かつて旅人の着ていた葉っぱの着流しの輝きと瓜二つのものだった。
「この力が分かるか? 人間よ。これは大いなる自然の生み出した生命の輝き。そして、長き修業の果てに私が辿り着いたススキ術の極意ッ!」
ララヴィが旅人目がけてススキの穂先を振り下ろす。
「──十五夜、三日月斬!」
その斬撃は荒れ狂う光の帯となって旅人へと迫る。
「──紅蓮の咆哮!」
叫ぶと同時に旅人は大地を蹴った。
旅人が一足飛びに遠退くと、元いた場所を三日月状の光の斬撃が大地を削りながら通り過ぎていく。
紅葉の葉脈はドクドクと脈打ちながら赤く輝き、全身に焼けるような痛みが広がっていく。
「な、バカなッ! なぜ、人間がそれを使えるッ!?」
「必殺、旅人──」
旅人は答える事なくララヴィ目がけて跳躍した。
ララヴィの言う力──生命の輝きというものが何なのか、旅人には未だ理解できてはいなかったが、それでも紅葉の着流しはカイコたちが心を込めて紡いでくれたものだ。負ける気など微塵もない。
「──ッ!?」
瞬時にララヴィの元まで到達する旅人だったが、その目の前でララヴィの姿が幻のように揺らめき消えた。
「やはりお前は危険すぎる……」
見上げる旅人の頭上では、宙に浮かんだララヴィが既に次の動作に入っていた。
ララヴィの振り上げたススキからは眩いばかりの輝きが放たれている。
「──黄金色の爆雷雨!」
それは雨のように降り注ぐススキの種子だった。
眩い輝きを放ちながらいくつにも分裂し、一瞬にして旅人の視界全てを埋め尽くしていく。
「──ぐっ!」
広範囲に渡って降り注ぐ光の雨を、避けきれないと判断した旅人は地面に片膝を着くと頭上で両腕を交差させた。
「人間……旅人と言ったな。過ぎた力は暴力でしかないのだよ……」
ララヴィは宙に浮かんだまま、地表に降り注ぐ光の雨をどこか虚しく眺めていた。
溢れんばかりの生命の輝きを放つススキの種子たちは地表に着弾すると一斉に爆発した。
凍った大地は弾け飛び、後には荒れ果てた土地と僅かに残った氷の木々、そして爆煙だけが漂っていた。
「私は強くなりすぎてしまったのだ……」
ララヴィは枯れてしまったススキを見るとぽつりと呟く。
そして、それを死者に手向ける花束のように地表に放った──その時だった。
白煙立ち込める大地から、紅蓮の炎が飛び上がる。
『──勝手に言ってろ!』
それは旅人だった。
戦意に呼応する紅葉の着流しが業火を噴き出している。
「な、まさか……!」
俊敏性に優れるララヴィだが、旅人の強い意思のこもった剛の声を浴びて思うように動く事ができない。
空中でララヴィに並んだ旅人は、深呼吸するように両手を水平に大きく広げると天を仰いだ──そして。
『──必殺、旅人だまし!』
旅人が両手を激しく打ち合わせると、遠くで「ビキリ」と何かに亀裂の入る音がした。
回避不能の音の爆弾。
それが周囲に広がると、ララヴィの攻撃にさえ耐え抜いた氷の木々が砂のように砕け散る。
ただでさえ耳の良いララヴィは、ぎょろりと白目を剥き出すと泡を吹きながら地面に落ちていった。
「……やりすぎたかも」
その光景に冷静さを取り戻した旅人は、足場のない高所に途端に恐怖心が芽生える。
そして、ララヴィの後を追うように声にならない悲鳴をあげながら落ちていく。
「旅人ォ! そっちも片付いたみたいだなァァ!」
「カ、カナブン丸っ!」
ライデンを逆さに吊るしたカナブン丸が飛んで来ると、旅人は必死に助けを乞うが、カナブン丸は今更何を助けるのかと首を捻るばかりだった。
そして、成す術なく落下していく旅人は、地面に着く頃には気絶していた。
「諸行無常なのです」
旅人が意識を取り戻すと、ミノスケがどこから持ってきたのかツタの縄で未だ白目を剥いているララヴィをぐるぐる巻きにしているところだった。
『ぐええ……』
カナブン丸を頭に乗せたライデンが情けない声を出している。
「旅人ォ! こいつオイラの子分にする事にしたぜェ!」
「そうか……」
嬉々として語るカナブン丸に、旅人はため息を吐きつつ身を起こした。
周りを見ればカワセミやユッケ、それにカラスの姿もある。
「……じゃあ、道案内してもらうか」
旅人はライデンにそう声をかけると山神の住む霊峰を見つめた。
太陽の届かない世界には、二日目にしてうんざりしている。
さっさと用事を済ませて栗の木の洞に帰りたい。そんな気持ちで霊峰を見つめる旅人は、不意に胸騒ぎを感じた。
「……」
よくよく見れば山神が住むという神聖な霊峰に微かに亀裂が入っているように見える。
旅人はさっと目を背けると、先ほど耳にした亀裂の音の正体がそれではないことを切に願うのだった。
噛ませウサさんなのです!




