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第54話 澄み渡る空の下で。

よろしくお願いします。

 雪の荒野で最初の夜が訪れた。


 夜空を覆う分厚い雲は未だふわふわと大粒の雪を降らせている。

 星の明かりも届かない夜だったが、雪の大地は仄かに輝き、光源がなくとも明るかった。


 旅人はユッケと並んでぼんやり景色を眺めていた。

 地平線の彼方まで続く雪の大地は白い砂漠のようである。


 周囲の様子を見に飛んでいったカナブン丸はしばらく戻って来ていない。

 静かな夜に、ミノスケとカワセミがキャッキャと雪玉を転がす音だけが響いている。


「……こんな時間に雪だるま作りか」


 旅人は呆れた目を向けるが、どうやら違ったらしい。


「カマクラさんを作るのですよ」


 ミノスケは3メートルほどに膨れた雪玉に穴を掘って入り口を作るとぺたぺたと形を整え始める。


「旅人君! 私はキミより立派な雪だるまを作ってみせるよ!」


 カワセミはやはり雪だるまを作るつもりのようだ。


 旅人は、元気な事だとため息を吐くとミノスケを手伝う事にした。


 旅人が外観を整え、ミノスケが内側を掘り進める。

 ミノスケは雪球を屋根にして地下へと続くシェルターのようなカマクラを作るつもりらしい。


 すぐ横では造形的にどうだとか、美意識の問題が云々だとか言いながら、せっせとカワセミが雪だるまを作っていた。



「意外と暖かいんだな……」


 カマクラが出来上がると旅人は早速中へと入ってみた。

 意外に器用なミノスケは旅人の住む洞の寝床と同じくらいの広さの空間を作り上げていた。

 中央にはテーブル代わりの丸い台座がある。

 風を通さないカマクラの中は、外にいるよりずっと暖かかった。

 

「ご飯にするですよ」


「さっき食べたろ……」


 ミノスケは気にした様子もなく「お夜食の時間なのです」と台座の上に葉っぱの風呂敷を広げる。


 沢山入れるためだろう。中には折り紙のように小さく畳まれた色とりどりの葉っぱが無数に入っていた。

 几帳面さなど持ち合わせていないミノスケだが食べる事に関してだけはそうでもないらしい。

 そして、畳んだ葉っぱを広げると美味そうにむしゃむしゃと食べ始める。


「旅人さんもどうぞです」


 どんぐりを持ってきている旅人だが、せっかくなので一つご相伴にあずかる事にした。

 今の時期には珍しい柔らかな緑色をした葉っぱだ。


「うん。美味しい……」


 旅人が葉っぱを食べていると、ユッケがトコトコ寄ってきて、首から下げた包みを揺らす。

 どうやら自分で持ってきたどんぐりを食べたいらしい。


 旅人がユッケの首元にぶら下がっていたどんぐりを出してやると、嬉しそうに食べていた。



 夜も深まった頃、ようやくカナブン丸が戻ってきた。

 ミノスケは蓑に包まりすやすやと眠っていたし、大きくなりすぎた雪だるまの頭部を上手く胴体に乗せる事のできなかったカワセミも、とっくにふて寝している。


 カナブン丸を待っていた旅人の膝の上ではユッケも小さな寝息を立てていた。


「なんか黒いのがいたけど斬九朗じゃあなかったぜェ」

 

「なんだよ黒いのって……?」


「知らねェ。森じゃ見ないやつだったなァ……」

 

 黒いのが気になる旅人は、詳しく訊ねたかったのだが、やたら頑丈なカナブン丸も冬の寒さは堪えるらしい。

 天井に張り付くとすぐに寝息が立て始めた。


「……」


 旅人もユッケを起こさないように体をずらすと横になった。

 紅葉の着流しは雪の上に寝転んでいても暖かい。

 その晩、旅人が眠りに落ちるまでそれほど時間はかからなかった。



 翌朝には雪が止んでいた。

 晴れた空から降り注ぐ日差しが雪の白さに眩しく反射している。


 日だまりいるような穏やかな陽気の中を旅人たちは進んでいく。

 振り返れば真っ白な雪の上に、旅人たちの足跡だけが延々と続いていた。


「冬の方が楽かもしれない……」


 旅人はふと足を止めると三度笠の先を持ち上げる。

 代わり映えのない景色の中に目印になりそうなものは見当たらないが、それでも以前来た時よりずっと順調に進んでいるのが分かる。


 視界を遮るものの少ない荒野には澄んだ青空がどこまでも広がっていた。

 ちょうど真上に差し掛かった太陽の眩しさが今は心地良い。


 旅人が再び足を踏み出そうとした、その時だった。

 

 遠くの空に浮かぶ二つの黒い点が旅人の視界に映る。


「あれは……?」


 その黒点は空中でぶつかり合いながら、次第に旅人たちの方へと近付いてきている。


「ちょっと、待ってくれよ! 戦う気はないんだ!」


 一方が追われているようだ。

 その声は旅人たちの元まで届いてきた。


「どうして、カラスがこんな所に……」


 カワセミがぽつりと呟く。


「カラス……?」 

 

 旅人は追われている方に目で追った。

 確かにそれは歪な黒い鳥のような姿をしている。


 半擬人化しているのか体型は若い女性のようだ。

 頭から肩の辺りまでが人間のもので、そこから下は黒い羽毛に包まれていた。

 膝下辺りまで艶のある黒い羽毛に覆われているため、タイトな服を着た女性のように見えなくもないが、膝から下には枯れ木のような黒く細長い脛が伸びていて、つま先とかかとには鋭いツメが生えている。


 ――ギギギキィィィーーッ!


 しかし、旅人の視線は歪なカラスの姿よりも、それを追う者の姿に釘付けになっていた。


 全長2メートルを悠に超える不気味な黒い塊。

 それが凄まじい速度で宙を飛んできている。


 重金属で作られたような流線型の巨体からは、見るもの全てを震え上がらせるギザギザとした凶悪な大アゴが突き出している。

 それは、圧倒的なまでの威圧感を全身から放つ、恐怖のミヤマクワガタ。


「ざ、斬九朗……」


 旅人にとって、最も再会したくない相手の名前である。


 斬九朗は「ガキン!」と金属を打ち鳴らすような音を立てて大アゴを開くと、カラス目がけて突撃する。


 ――ギャリィンッ! と嫌な音を立て、斬九朗の大アゴとカラスのツメが火花を散らす。

 

 力負けしたカラスが弾き飛ばされ雪の大地に叩きつけられると、そのまま雪煙を上げ旅人たちの目の前まで引きずられるかのように滑ってきた。


 カラスの滑った跡には深い轍が出来ている。


 斬九朗は勢いのままに上空で大きく弧を描き、悠々と戻ってこようとしていた。


「いててぇ……クチバシがないってのも、不便だねぇ……」


 雪が緩衝材になったお陰かカラスは無事なようだ。

 両翼で体をさすりながらよろよろと雪の中から這い出てくる。


 しかし、旅人にはカラスの身を案じている余裕などなかった。


「こっち来るぜェェ、旅人ォォォ!」


 旅人の隣にやって来たカナブン丸が空を見上げて闘志が滾らせる。


 旅人が背後をチラリと振り返ればユッケを頭に乗せたミノスケが猛スピードで走り去っていくのが見えた。

 さきほどまで話をしていたカワセミも今は遠くの空にいる。


『ほおう。我が静かなる縄張りを薄汚い羽音で汚す愚か者を追ってみれば、随分と面白い奴と出合えたものよ……貴様の事はよおく覚えているぞ、小僧!』


「くっ……」


 斬九朗は上空で羽を畳むと旅人を脅すかのように「ズシン!」と大地に降り立った。

 飛び散る粉雪を旅人は三度笠の先を下げて受け止める。


 視線を戻せば斬九朗の巨体からはゆらゆらと凶悪なまでの殺気が立ち昇っていた。


「上等だァァ! カナブン伝説見せてやらァァァ!」


 旅人は静かに息を吸い、そしてまたゆっくりと吐き出した。

 今は隣に並ぶカナブン丸の向こう見ずな威勢が心強い。


 斬九朗を前にして今にも震えだしそうな旅人だったが、なぜかいつものように逃げ出そうとは思わなかった。


「手伝ってくれるのか、相棒」


 旅人の言葉にカナブン丸は胡乱げな視線を返した。


「……ヘッ! 当たり前ェだろ旅人ォォ! 今日からこの荒野はオイラたちの縄張りだぜェェ!」


「それはいらない……」


 旅人は呟くと残九朗を見据えた。

 隣ではカナブン丸も斬九朗を睨みつける。


『小さき者どもよ。覚悟はいいな……』


 斬九朗がゆらりと身構える。


 白く染まった雪の荒野に旅人たちの決死の戦いが始まろうとしていた。







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