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第52話 洞の寝床の守り神。

少しのんびりしてしまいましたが、第四章の始まりです。

宜しくお願い致します。

 旅人が洞の外に出ると雪は既に止んでいた。


 木も草も、落ち葉やイガ栗の残骸も、全てが真っ白に包まれた世界の中で朝日が眩しく反射している。


 吐く息までもが白かったが、紅葉の着流しを着た旅人にはそれほど寒くは感じられなかった。


 積雪量は悠に2メートルを超えているだろう。


 いつも見上げていたはずの洞の入り口が今は旅人の足元にある。

 ちょうどそこから出てきたユッケと目が合い旅人は微笑んだ。


「それにしてもヘンな雪だな……」


 さらさらとした極め細かな雪には微かな弾力がある。


 ミノスケに貰った藁の長靴のお陰か、或いはそういうものなのか、雪の大地は旅人が歩いても足を取られる事はなく、逆にふわふわとした弾力を返してくる。

 まるで雲の上でも歩いているかのようだった。 


 ユッケも興味津々といった様子で辺りの匂いを嗅いでいる。


「よし……」


 旅人は一先ず雪だるまでも作ってみるかと思い立ち、ぺたぺたと雪を固めて転がし始める。


 旅人は子供の頃にも何度か雪だるまを作った事がある。

 少し転がすと地面がすぐに剥き出しになり雪球の表面が茶色く汚れてしまったものだが、ここではいくら転がしても雪玉は透けるような白さのままだった。

 

 旅人は洞の入り口周辺を重点的に転がす事にした。

 放っておいたらそのうち完全に埋もれてしまいそうだからだ。


「意外と楽しいな」


 次第に大きくなっていく雪玉の冷たい感触が今は妙に心地良い。

 雪かきを兼ねた雪だるま作りに旅人は夢中になっていた。


 ユッケも最初はたんぽぽの綿毛のように毛を膨らませて見ていたが、今は楽しげに旅人の後ろを着いて回っている。


「……」

 

 そして気付けば雪玉は見上げるほどの高さになっていた。

 直径3メートルはあるだろう。


 頭部を乗せるつもりでいた旅人は、果たして上手くいくだろうかと首を捻る。


「そんなに食べたらお腹を壊してしまうのですよ。ミノスケの体験談なのです」


 旅人は肩の力が抜けそうになるのを感じながら声の主を探した。

 ミノスケはなぜか雪の大地に肩まで埋まり、顔だけひょっこり覗かせている。

 まるでモグラ叩きのモグラのような姿である。


「雪だるまを作ってるんだよ……」


「おおー、知ってるですよ! 雪で出来たお人形さんなのです! ですが、どうして人間さんは雪だるまさんを作りたがるのでしょうか?」

 

 呆れる旅人の目の前で、ボコッと雪から飛び出したミノスケが首を傾げる。


「さあ……なんか、楽しいからじゃないか?」

 

 これまで雪だるまを作る意味など考えた事もなかった旅人を前に、ミノスケが「それではお手伝いをするのです」と元気に雪球を転がし始めた。

 ユッケも楽しそうにその後を着いて回る。 


 ミノスケが無駄に張り切ったお陰で頭部にするつもりの雪球もすぐに完成した。

 胴体を遥かに上回る6メートル近い大きさだ。


 周囲の雪も大分減り、洞の入り口は旅人の頭ほどの高さになっている。


「これは確かにあれなのですよ! なんか、楽しいのです!」


「……そうか」


 旅人は仕方なく最初に作った雪球を頭部にする事にした。


 悪戦苦闘しながらもなんとか頭部を押し上げて胴体によじ登る。

 その高さに微かに足がすくむ旅人だが下には雪のクッションがある。

 それに紅葉の着流しを着た今なら楽に飛び乗れる程度の高さだった。


 旅人が目玉の部分にドングリを埋め込むと、ミノスケがどこから持ってきたのか寒つばきの葉っぱを頭頂部にザクザクと埋め込んでいた。


「ついに完成なのですよ!」


 胴体に腕代わりの木の枝を差して、口の辺りに半分に切った寒つばきの葉を埋め込むと雪だるまは完成した。


「ああ……」


 全長9メートル超の雪だるまが洞の入り口の前に鎮座する姿は可愛らしさを通り越して威圧的ですらあった。

 特に頭の上にふさふさと葉っぱを生やして微笑んでいる辺りなんとも言えない不気味さが漂っている。


「なんだか美味しそうのです」


「そうか……」


 余った寒つばきの葉っぱをむしゃむしゃと食べながら、忌憚のない感想を述べるミノスケを旅人は呆れた目で見た。


「ムム、もしや人間さんは非常食として雪だるまさんを作るのではないでしょうか?」


「それはない」


 旅人がきっぱり否定するとミノスケは腕を組んで更に思案する。


「それでは、お家の守り神様なのかも知れないのです」


「……どうだろな」

 

 旅人はそれも違うだろうとは思ったが口に出す事はしなかった。

 少なくとも目の前の巨大雪だるまからは無駄なまでの頼もしさが感じられる。


「……留守番、頼んだぞ」


 旅人は雪だるまの胴体をぽんと叩くと小さな声で呟いた。



 それから旅人はミノスケに連れられて白一色の森の中へと出かけていった。


 旅の準備――と言う名目の食料集めをするためだ。


 あまり乗り気ではない旅人だが、それでも山神という存在が気になっていた。

 ここ永久の森の守り神たる存在である。


 そして、もしかすると旅人をこの地に招き入れた張本人なのかも知れない。

 

 この旅の道のりは恐らく過酷なものになるだろうと、旅人はそう感じていた。


 しかし、今の旅人はかつてのように一人ではない。


 おかしな連中ばかりだが、今は大切な友人たちがいる。



 住み慣れた洞の寝床を雪だるまに任せ、山神の住む氷雪地帯に旅人が向かったのはその翌日の事である。


 

 


 




旅立ちの時が来たのです!

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