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第51話 紅蓮の咆哮。

ここまでお読み頂きありがとうございます。一先ず第三章終了&年内最終更新です。

「これはこれは旅人殿。お噂はわたくしどもの元にまで届いておりますぞ、本当にご立派になられて……」


「どんな噂だ……」


 桑の森へと辿り着いた旅人一行をカイコたちが暖かく出迎えてくれた。

 カイコはもこもこした白い寝袋のようなものから顔とヒゲだけ出してぶら下がっている。


 見上げる旅人の頭上にはまだ緑の葉をふんだんに蓄えた桑の葉の隙間に同様の格好をした芋虫たちの姿が見える。


「冬眠前でしてな。いやはやお恥ずかしい」


 旅人の視線に気付いたカイコが照れたように頭を下げる。


「あ、いや。それより……」


 旅人は葉っぱの着流しに何度も救われた事、そしてついには枯らしてをしまった事に感謝と謝罪を伝えた。

 カイコはただ役に立てて良かったと満足げにヒゲを揺らしていた。


 一通り挨拶を終えた旅人一行は桑の木の根元へと案内される。


 要塞のような巨大な幹の根元には以前も案内された屋外に置くにはやや不釣合いなシルクのソファが用意されていた。

 旅人たちがそこに座ると、よちよちと食事や飲み物を運びながら寝袋を着た芋虫たちが次々集まってくる。


 その数100匹はいるだろうか。旅人は無害な彼らの姿を微笑ましくすら感じたが、見るものが見れば卒倒しそうな光景である。


「冬眠前の宴会と旅人殿の新たな着流しの披露を合わせてという事になりまして……」


 以前も接待係を務めてくれた喋る芋虫が申し訳なさそうに歩み出る。


 旅人は内心かなり微妙な気分だったがカイコたちには世話になりっぱなしである。

 何とか笑顔を取り繕って礼を伝えると改めて周囲の様子を眺めた。


 桑の森は以前訪れた時よりも少し葉の密度を薄めていたが他は何も変わらなかった。


 ユッケは少し怯えた様子で旅人の足元に寄り添いながら芋虫たちが用意してくれた木の実を静かに食べている。

 カナブン丸とカワセミは近くの芋虫たちと酒盛りを始め、ミノスケはいつも通りのマイペースで桑の葉を美味そうに頬張っている。


 芋虫たちも久しぶりの来客を喜んでくれているようだ。

 桑の葉をつまみながら旅人たちの様子を楽しげに見守っている。


 旅人も久しぶりに口にする桑の森のリキュールと心尽くしの食事を堪能した。



「さあ旅人殿。お待たせ致しましたな」


 皆が思い思いに楽しむ中、旅人の目の前にカイコがつーっと降りてきた。


 カイコに続いて降りてきたのは以前も見た白いカーテンで仕切られた試着室と、そして見事な仕立ての着流しだった。


 真っ赤な星形の葉を幾つも組み合わせた紅葉の着流しだ。

 所々の隙間を埋めるように黄金色に輝くイチョウの葉が差しに使われている。


 かなり派手ではあるが自然だけが生み出せる鮮やかな赤とそして黄金色の輝きはため息が出そうなほどに美しい。


「我らカイコ一族の技術の粋を結集した紅葉の着流し、その銘を紅蓮の咆哮(ファイアストーム)! 火気厳禁の永久の森にありながら、神をも恐れぬ旅人殿のその不屈の闘志を再現したものにございます!」


「……」


 芋虫たちが「キー! キー!」と大歓声を上げる。


「おォォ! 悪くないぜェェ!」


「儚くも美しい……まさに旅人君を表すかのようら……ヒック!」


「旅人さん早速着てみると良いのです!」


「ぐっ……」


 不屈の闘志など持ち合わせてはいない旅人は派手すぎる紅葉の着流しと周囲の無責任な大歓声に、やはり自分には枯れ葉の着流しがお似合いではないかと顔を歪めた。


「旅人殿、もしや、お気に召しては頂けませんでしたでしょうか……?」


 絶望に染まるカイコの表情からはいかに苦心してそれが作られたかが伺える。


「い、いや……」


 カイコたちの心のこもった贈り物を無下にできようはずもなく、旅人は覚悟を決めると試着室へと足を運んだ。


 無責任に喝采をあげている友人たちとは違い、トコトコと後を着いてきてくれるユッケだけが心の拠り所だった。



「そういえば、この着流し喋ったんだ……」


 狭い試着室の中、枯れ葉の着流しを脱いだ旅人は鹿たちとの戦いの最中に聴いた声についてカイコに訊ねてみる事にした。


 しかしカイコもそのような現象は聞いた事がないと首を捻る。


「我らは葉っぱを食し、そして使役する者です。素材の声には耳を傾けますが、それはお喋りする事とは違いますな。第一、そのような事になったら葉っぱが可愛そうで食べられなくなってしまいますぞ」


 カイコが冗談めかして言う。


「きっと旅人殿の優しさがそのような幻聴を聴かせたのでしょう。見事役目を果たしたこの着流しは我らが丁重に弔いますゆえ、旅人殿はいつまでもその優しき心根をお忘れなきよう……」

  

 恭しく頭を下げるカイコの言葉に旅人は僅かに腑に落ちないものを感じたが、彼らがそう言うならそうなのだろうと納得する事にした。


 そして紅葉の着流しに袖を通す。


 紅葉の着流し・紅蓮の咆哮ファイアストームは旅人が身に着けた途端、新たな生命を宿したかのように輝き始める。


 少なくとも旅人にはそう感じられた。


 どくどくと脈打つ葉脈の内側から旅人の全身に暖かな力が流れ込んでくる。

 先ほどまで感じていた肌寒さが今は微塵も感じない。

 かじかんだ指先までも生き返ったように鋭敏な感覚を取り戻す。


「すごい……」


「おお、なんともお似合いにございますぞ!」


 旅人には似合っているとは到底思えなかったが、その性能はカイコたちの言う通り、葉っぱの着流しを遥かに上回るもののようだ。

 

「本当にありがとう……」


 旅人は心からの感謝を伝えた。

 何の縁もゆかりもない旅人にカイコたちは本当にいつも良くしてくれる。


「わたくしどもも皆、旅人殿という素晴らしい友人を持てた事を感謝しておりますぞ。次にお会いできるのはきっと春を過ぎた頃になりましょうが、旅人殿と、そして紅蓮の咆哮ファイアストームの紡ぐ数々の武勇伝が今から楽しみでなりませんぞ!」


「……」

 

 白いヒゲを誇らしげに揺らすカイコの言葉に、旅人は色々な意味で返す言葉が見つからなかった。



 その後もカイコたちから歓待を受けた旅人一行は日暮れと共に桑の森を後にした。

 カイコたちは今夜にはもう長い眠りにつくそうだ。

 

 再会を約束して旅人は笹舟へと乗り込む。

 いつか眺めた夜空をぼんやり見上げれば冷たい空気が鮮やかな星明かりを届けてくれていた。


 今の旅人にあの日流した涙はない。

 旅人は長らく失っていた活力をその身に取り戻しつつあった。

 それは決して紅葉の着流しから流れ込む力のお陰だけではないだろう。


「着心地はどうだい? 旅人君」


 船頭を務めるカワセミが、旅人にそう訊ねる。


「今なら雪山だって登れそうだ……」


 星空に視線を向けたまま、旅人は答えた。

 冷たい夜風と宴の余韻が心地良かったためだろうか。

 それは静かな暮らしを願う旅人にしてはあまりに不用意な発言だった。


「おおー、それはちょうど良いのですよ旅人さん! 山神様の住む氷雪地帯には冬の間しか行けないのです! せっかくなので、この冬一度お会いしに行くのです!」


「いや、それは……」


 山神という存在がこの永久の森を治めているという事は旅人も話に聞いている。

 おかしな住人ばかりが暮らすこのおかしな森のその頂点に立つ存在だ。

 旅人にとっては出来れば一生お会いしたくない存在だった。


「山神かァァ! オイラもいっぺん会いたいと思ってたぜェェ!」


「山神様もきっとお喜びになるだろう。もちろん私も同行させてもらうよ!」


「ユッケさんも行くのです! 今から楽しみなのですよ!」


「……」


 旅人の思いをよそに話はいつの間にかまとまっていた。


 旅人は膝の上ですんすんと新しい着流しの匂いを嗅いでいるユッケの頭を優しく撫でる。

 その柔らかな毛並みだけが今の旅人の癒しだった。


「……?」


 そんな旅人の頬を白いものがふわりと濡らす。

 見上げれば広大な夜空を埋め尽くすほどの大粒の雪がふわふわと舞い降りてきている。


「……せめて、まともな相手だといいな」


 ユッケの頭を撫でながら旅人はため息混じりに呟いた。

 どうやら出発の時は思ったよりも早くに訪れそうだった。







 その日の夜。


 洞の寝床で眠っていた旅人は、ふと腰の辺りに寄り添う小さな温もりがない事に気付き目を覚ました。

 薄暗い洞内を見渡せばユッケが洞の入り口で耳をぴんと立て外の様子をじっと見ている。


「どうした……?」


 まだ深夜を回ったばかりの時間だが外が随分と明るいようだ。

 旅人もユッケの隣に並んでぼんやり眺める。


 そこに既にかつての森の面影はなかった。

 視界の先にあるのは薄明かりに青白く輝く雪だけである。


 木々はその幹や葉っぱの先までもマシュマロのようなもこもこした雪で覆われている。

 洞から2メートルほど下にあるはずの地面は埋もれ、伸ばせば手が届くほどの位置まで白いもこもこが積もっている。


「……」


 洞内にも雪が吹き込んでいる事に気付いた旅人は、こんな時のために取っておいたイガ栗の殻で入り口を塞いだ。

 ユッケはもっと雪景色を眺めていたかったのか旅人の顔をじっと見上げている。


「明日になったら遊ぼうな」

 

 旅人はユッケの体に付いていた雪を軽く払ってやると寝床にまた寝転がる。

 ユッケもトコトコ着いてくるとわき腹の辺りで丸くなった。



 多くの生き物たちにとって最も過酷な季節が永久の森にもやって来たのである。






 

みなさま良いお年を!

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