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第5話 葉っぱと樹液とカブトムシ。

 旅人はミノスケに連れられて森の奥へと向かっていた。


 奥といっても実際はどっちが奥でどっちが手前かなんてとても分からないような広大な森の中だったが。


 木々だけでなく草花や時折見かける生き物達もが生命力に満ち溢れ、そして異常に大きかった。


 電信柱ほどもの大きさがあるペンペン草の茎にもたれかかって昼寝している土佐犬くらいありそうなリスを見かけたし、クマのように大きな野ウサギが走り去っていくのも見かけた。


 旅人はそれらを興味深く眺めながらもミノスケの後を着いていく。


 一面を覆う新緑の芝は一見歩き難そうだったが踏みしめる度に心地よい弾力を返してくれて旅人に歩く事の喜びを思い出させてくれている。


 ひんやりと澄んだ空気は一呼吸ごとに体の中へと染み渡っていき水を飲んだ訳でもないのに心と体を奥底まで潤おわせてくれていた。


 旅人が長い事付き合ってきた頭の中のもやもやも今ではすっかりどこかに消えてしまったようだった。


「気持ちの良い所だね」


 旅人は時折振り返りながら先を進むミノスケにそう声をかける。


「はいです。この辺は葉っぱもとても美味しい所なのです」


 ミノスケは嬉しそうにとんちんかんな返事を返すと近くの葉っぱを毟って、そしてむしゃむしゃと食べ始めた。


「……」


 唖然としている旅人の視線に、何を勘違いしたのかミノスケは葉っぱを一枚取って差し出す。


「たびびろふぁんもおひとつろうぞ」


「……ああ、そうくるか」


 旅人は受け取った葉っぱをまじまじと見つめる。


 人の頭ほどもある大きな若葉だ。

 肉厚だが飴細工のようにつるつるしていて意外と食べられそうになくもない。


 ふいに空腹感を覚えた旅人は、そういえばしばらく何も食べてないなと、一口だけ齧ってみる事にする。


「苦っ……あれ? でも、意外と食べれる……」


 レンコンのようにしゃきしゃきした歯ごたえで噛み心地は悪くない。


「この苦い所が通好みの味なのです。旅人さんにもいずれ分かる日が来るのですよ」


 葉っぱを食べ終えたミノスケがぱっぱっと手を払うと物知り顔でそう言ってくる。


「あんまり分かりたくないな……」


 旅人はもう一度葉っぱを眺めてしばし悩むも残りも全て食べてしまう事にした。


 若葉は少し苦かったが臭みはなく口の中や喉の奥にスジが残る事もなかった。

 そして自然と体内に溶け込んでいき、この森の豊かな生命力が満ちてくるような気がした。


 そこから先の道中は大きなヨモギやらミツバやらを見つけては、ミノスケのうんちくと共に文字通り道草を食いながら旅人は森の奥へと進んで行った。





「いよいよ決戦の時なのです」


 葉っぱの食べ過ぎで旅人のお腹がたぷたぷしてきた頃ミノスケは一本の大木を見上げてそう呟いた。


 幹の幅は悠に10メートルはあろうかという大きなクヌギの木だ。


 見上げる旅人のちょうど頭くらいの高さの所からオレンジ色のぶよぶよした樹液が垂れており、そこにはこれまた大きなカブトムシが張り付いていた。


「でかっ……」


 旅人はこれまでの道中でこの森の巨大生物たちをいくつか目にしてきてはいたが、草食動物ばかりだったため脅威より興味が勝っていた。


 しかし、さすがにいかつい巨大カブトムシを前にしては脅威を感じずにいられなかった。


 見れば黒一色のその背や角には茶色く変色した無数の細かい傷があり、数々の死闘を繰り広げてきたであろう歴戦の勇士を彷彿とさせた。


「……金剛丸さんなのです。これまで数多の虫さんたちを倒してきた古強者さんです」


「確かに、強そうだ……」


 ごくりと唾を飲む旅人を見てミノスケも神妙な面持ちで頷いた。


「はいです。ではどうぞなのです。存分に捕まえるです旅人さん」


 ミノスケはそう言って旅人の背後に回るとぐいぐいと押してくる。


「えっ? ちょっ! 待っ――」


 意外と力が強かったミノスケにずるずると大木の前へと押し出された旅人の目の前で、さして警戒した様子もない金剛丸が堂々と樹液を吸い続けていた。


 間近でその勇姿を見せられた旅人は、背中の部分だけでも便座シート位の大きさがあるなあと、現実逃避がちに考える。

 

「さあ旅人さん! 今です! 今こそ人間さんの悪のパワーを見せつける時なのです!」


 ミノスケはいつの間に身を隠したのか草むらから半分だけ顔を覗かせて応援している。


「失礼な事言うなあ……」


 ぼやきながらも興味にかられた旅人は金剛丸の背中をそっと掴んでみる。


 カブトムシというより巨大な亀の甲羅でも掴んでいるような重厚な感触だった。

 

 さして抵抗する様子も見せない金剛丸だったがカブトムシ特有の強靭な足の鍵爪で木にへばり付いているため当然のごとくビクともしない。


「ん、やっぱ無理」


「もう一押しです旅人さん! 人間さんの人間さんによる人間さんパワーなのですよ!」


「そんなもんないから……」


 ぼやきながらも旅人は金剛丸の背を掴んだまま、木に足をかけてぶら下がってみる。


「ほら無理だって、ぴくりとも動かな――わッ!」


 金剛丸はうっとおしくなったのか旅人を振り落とすとブォーンと大きな羽音をたてて飛んでいった。


「やった、やったですよ旅人さん! すごいのです! これでミノスケたちも樹液採り放題なのです!」


 ミノスケは尻餅をついた旅人の周りを嬉しそうに跳ね回ると樹液の出る木に飛びついた。


「それが目的か……」


 旅人が腰をさすってぼやいている間にミノスケはバスケットボール大の樹液酵母の塊を手に戻ってきた。


「さあどうぞ、召し上がれなのです旅人さん! 勝者の証なのですよ! それに栄養不足の旅人さんにはぴったりなのです!」


 それはくすんだオレンジ色をしていてぶよぶよのバスケットボールのような、なんか気持ち悪い塊だった。


「いや、さすがにそれは……」


「さあさあ、遠慮はご無用なのですよ!」


 時折見せる押しの強さでぐいぐいと顔に押し付けてくるミノスケに根負けした旅人は断りきれずに一口だけ食べてみる事にした。

 それは上品な甘さと程良い酸味で思いのほか美味しくはあった。

 しかしその見た目がやはり好きになれない旅人は残りを全てミノスケに押し返すのだった。











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