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第48話 金剛丸の日常。

永久の森の真の主人公金剛丸さんのお話です。

 金剛丸の朝は早い。


 日の出と共にもぞもぞと腐葉土の下から起きだすといつも決まった場所へと向かう。

 一年中芳しい樹液を溢れさせるパライゾと呼ばれる大きなクヌギの木の幹にだ。


 世界各地の樹液を味わい尽くしてきた金剛丸だがこの木の樹液は格別だった。

 摂食器官に染み渡るその芳醇で濃厚な味わいは筆舌に尽くしがたいものがある。

 そうして金剛丸は日がな一日この木の元で過ごすのである。


『のどかなもんだねぇ……』


 起き立ての空腹感が落ち着いてくると金剛丸はまだ朝もやの立ち込める森を眺めた。


 金剛丸がこの木に居座る理由はもう一つある。

 それは樹液を求めてやって来る強者たちと戦う事だった。



 金剛丸は若かりし頃に自身の種族について思い悩んだ事がある。


 この強大な角と甲殻は何を為すべきものなのかと。

 樹液を啜って暮らすだけの平和な生き物には過ぎた装備である。


 本能がそれを外敵から身を守るためだとか縄張り争いのためだとか最もらしい理屈を囁きかけてくれば、金剛丸に芽生えた自我はそんなちっぽけな事のためのはずがないと否定する。


 そうして金剛丸は日々自問自答を繰り返していたのである。


 当時はまだ名も無きただのカブト虫だった金剛丸だがその頃から既にそれを考えるに値する強さを有していた。


 春の冷たさが残る季節に生まれた金剛丸は体格にこそ恵まれなかったものの羽化して以来ただの一度も負けた事がなかった。

 同種のオスはもちろんの事、強大な牙を持つノコギリクワガタも、更に凶悪な戦闘力を誇るオオスズメバチでさえも金剛丸の敵ではなかった。


 しかし、そんな金剛丸が生涯でたった一度だけ敗北した相手がいる。


 それは人間の子供だった。


 金剛丸と言う大層な名前もその子に付けられたものだ。

 その子は木の幹で思い悩んでいた金剛丸を見つけるといとも容易く捕まえて狭い虫カゴの中へと閉じ込めてしまった。


 金剛丸の怪力をもってすればフタをこじ開け自力で脱出する事もできたのだが、なぜかそうする気にはならなかった。


 その子の持ってくる昆虫ゼリーはなかなかに美味かったし、何より自身を打ち負かすほどの相手なら悩み続けた存在意義に答えを見いだしてくれそうな、そんな予感がしていたからだ。


 その翌日から金剛丸の過酷なトレーニングが始まった。

 丸太の上でゴムタイヤのような物を引いたり、角の先に付けた重りを持ち上げたり、時には別のオスと戦ったりもした。

 

 金剛丸にはなぜそんな事をするのか分からなかったがそれでも熱心に取り組んだ。

 苦悩しながらも漫然と樹液を貪るだけの日々が終わり、自身が真に目指すべき道に近付きつつある事を感じていたからだ。


 そして、後の金剛丸の生涯を大きく左右するその時ははすぐにやって来る事となった。



 その場所には大勢の人間たちが集まっていた。

 彼らの手にした虫カゴの中には養殖された戦闘マシーンのような屈強なカブト虫たちの姿が見える。


「頑張ろうね、金剛丸!」


『おうよ!』


 その頃には金剛丸は既に戦友とも呼べるその子の言葉を理解できるまでになっていた。

 そしてここで何が行われるのかもはっきりと理解できていた。


 真の強者を決めるための戦いが行われるという事を。

 

 金剛丸はその日、数多の強者を打ち倒し、全国昆虫相撲大会日本一の栄冠に輝いたのである。

 

 金剛丸は触覚がビリビリと痛むほどの喜びにうち震えた。

 金剛丸はついに悩み続けたその答えを見つけたのだ。

 この強大な角と甲殻は真の強者を目指すべきためにあるものだったのだ。


 金剛丸は自身を手のひらに乗せてはしゃいでいる戦友とこれからも幾多の激闘を繰り広げていくのだろうと思っていた。


 しかし、そうはならなかった。


 その子はとても聡明でそして優しい心根の持ち主だったからだ。

 その子は知っていたのだ。

 カブト虫が一夏でその短い生涯を終えてしまうという事を。


 それから幾日か経ったある日の事。

 戦友は金剛丸に最後に昆虫ゼリーをたっぷり与えると森へと帰してやった。


『良いやつに出会えたもんだなあ……』


 戦いの疲れが出たのだろうか、既に何本かの足がマヒして動かなくなり始めていた金剛丸は無念ではあったが戦友の優しさが素直に嬉しかった。

 きっとこのまま目を閉じれば安らかな眠りと共に無限に連なる生命の循環の輪の中へと還っていく事になるのだろう。


 本能がその事を優しく囁きかけてくる。

 お前は良く生きた。次の目覚めの時まで休もうと。


 しかし、金剛丸の自我は再び本能を否定した。


 己が使命と見つけたばかりでまだその入り口にすら立っていないではないかと。


 金剛丸は老いて自由の利かなくなりつつある羽根を広げると懸命に飛び立った。


 木にぶつかり地面にぶつかりそれでも羽ばたきを止めなかった。

 

 ――ここから先は一人で成し遂げねばならない。


 金剛丸は強い決意を抱いてがむしゃらに飛んだ。


 ――ならば、宿命すらも乗り越えてみせよう!


 金剛丸の羽ばたきは次第にその力を強めていき大空高くへと飛翔した。


 その視界の先に初めて目にする海が見えた時、金剛丸は既にたった一夏しか生きられないというカブト虫の宿命をその強靭な意思の力でねじ伏せていた。

 

 そのまま海を越えた金剛丸は世界各地で真の強者を目指して戦った。

 南アメリカに住むヘラクレス。インドネシアのギラファノコギリやアトラスオオカブト。

 いずれも昆虫にしては強敵だったが宿命にすら打ち勝った金剛丸の敵ではなかった。


 金剛丸は更なる強者を求めると百獣の王ライオンやホッキョクグマ、果てはアマゾンの奥地に潜む巨大ワニとも戦った。

 しかし肉食動物は金剛丸にとって存外与し易い相手だった。

 幾多の戦いを勝ち抜いたその角で、鼻先や或いは目を軽く突いてやるだけで彼らは尻尾を巻いて逃げ出していく。

 中にはそのまま命を落としてしまう者までいた。


 金剛丸は戦いこそ好きだったものの無益な殺生は好まなかった。 


 そうして強くなりすぎた金剛丸は次第に戦う相手もいなくなり、ふらりと故郷に帰ってきた時の事だ。

 偶然か或いは必然か永久の森へと辿り着いたのである。


 外の世界では見られない強者たちが集う永久の森での日々は金剛丸にとって実に楽しいものだった。

 自身と同じく真の強者を目指す剛の者や訳の分からない力を持った神格たち。彼らは簡単な事では死なないし、自尊心が強いため一度退けてもまた力を付けて挑んでくる。

 

『ああ、誰か来ないかね……』


 しかし金剛丸は永久の森でも強すぎた。


 最近では挑んでくる者もめっきり少なくなってしまい少々平和ボケした日々を送っている。


 金剛丸は川を遡った所にある巨大湖に住むシロナガスや永久の森全土を統べる山神という存在が氷雪地帯にいる事も知ってはいたが、いつか目指した真の強者に近付きつつある今、相手の縄張りを荒らしてまで喧嘩を仕掛けるというのも躊躇われる。


 この美味い樹液を一年中溢れさせ強者たちを呼び寄せる大クヌギにパライゾと名付けたのは金剛丸だった。

 世界を放浪している時に覚えた楽園を意味する言葉だ。


 しかし金剛丸から楽園を奪おうと挑む者も少なくなった。

 ミノムシの神格が時おりやって来て虎視眈々と樹液を狙っているようだが戦うほどの相手ではない。

 何なら分けてやっても構わないが、そんな事すればホームパーティでも始めそうな相手なので放っておく事にしている。


『そういやあの小僧、旅人だ。あいつは元気にやってんのかね』


 かつて金剛丸を捕まえた子供が旅人だったなどというオチはないが、金剛丸は旅人の脆弱さと内に秘めた優しさをどこか懐かしく感じていた。


 金剛丸がぼんやりそんな事を考えていた時の事だ。


『死ぬ気で突っ込め!』


 どこからか聞き慣れない剛の声が聞こえてきた。

 強い意思を秘めており心の弱い者が聞いたなら震えて従う事だろう。


『全く、誰だよ俺の縄張りではしゃいでる奴は……』


 金剛丸はやれやれとばかりに呟くと大空高く飛翔した。


『鹿どもがたまに集まってる辺りか……』


 音速を超えるその羽ばたきからはどこか楽しげだったという。

 

 なにせ金剛丸の日常は意外と暇なものなのである。




 

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