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第43話 小さな出会い。

 くねくねと天高く伸びる巨木の根本に腰を下ろした旅人は舞い散る落ち葉を眺めていた。

 隣ではミノスケがむしゃむしゃと幸せそうな顔で落ち葉を食べている。


「旅人さんもどうぞです。ミノスケが集めた落ち葉は特別美味しいのですよ」


「んっ……」


 旅人は素直に受け取ると木漏れ日に透かしてそれを眺めた。

 紅葉の葉のようにも見えるが団扇のような大きさがあり、不思議な事にほんのり熱を帯びている。

 試しに一口齧ってみると葉っぱとは思えないほど香ばしく、そして暖かかった。


「うん。美味しい」


 落ち葉を食べるなど以前は考えられない事だったが、今や旅人もすっかり草食能力に適応していた。


 赤一色の世界の中で舞い散る落ち葉を眺めながら、その葉をのんびり食べていると時間までもがゆっくり流れていくようだ。


 ふと、旅人がミノスケに視線を戻せばもごもごと落ち葉を頬張りながらもこっくりこっくり船を漕いでいる。


 旅人が寝るか食べるかどちらかにすれば良いのにと呆れた目で見ていると、視線に気付いたミノスケはにへらと笑みを浮かべてから小さな寝息を立て始めた。


 旅人も相変わらずヘンなやつだと笑みを返すと少し休む事にした。

 ここ最近寝不足続きの旅人が穏やかな時間を過ごせるのは実に久しぶりの事だったからだ。



 森の奥地にひっそり佇む紅葉の巨木を訪れる者はそう多くない。

 赤一色の世界にはミノスケの寝息と地面に降り積もる落ち葉の微かな音だけが静かに響いている。


 しかしその日は珍しく、とぼとぼと何処からか迷い込んで来る小さな訪問者の姿があった。


 旅人はまどろみの中、その小さな気配を感じると重いまぶたを見開いた。

 見れば目の前に見知らぬ生き物の鼻がある。

 それが旅人の顔の匂いをすんすんと嗅いでいたのである。


「――うわあっ!」


 旅人が悲鳴をあげて仰け反ると、その生き物も弾けるように飛びあがり一目散に逃げ出した。

 小さなその背中には柔らかそうな茶色い毛並みと雪のような白い斑点が見える。


「子鹿かあ……」

 

 それはまだ小さく弱々しい子供の鹿だった。

 

 旅人は安堵のため息を吐くと心の中で驚かせてしまった事を詫びる。

 実際のところ驚かされたのは旅人の方だったが、必死に逃げるその小さな背中を責める気にはならなかったからだ。


 臆病な子鹿はしばらく恐慌状態で右へ左へと辺りを駆け回っていたが、追われていない事に気付くと足を止めて旅人を見た。

 どこかおどおどしたまだあどけない瞳に見つめられ旅人は思わず微笑んだ。 


「……?」


 旅人は首を捻る。

 子鹿が頭を下げてすんすんと辺りの匂いを嗅ぎながら、再び旅人の方へと近付いてきたからだ。

 旅人が何か用でもあるのだろうかと不思議に思い見ていると、子鹿は地面に投げ出した旅人の足元までやって来て匂いを嗅ぎ始める。


「ずいぶん人懐っこいんだな……」


 旅人がそっと手を伸ばすと子鹿はビクリと身を震わせて一瞬飛び退くが、すぐまた近寄ってきて今度は手の匂いを嗅ぎ始める。

 頭に手を置いても特に抵抗する素振りは見せずにじっとしていた。

 旅人の手で隠せてしまいそうなほど小さな子鹿の頭はさらさらしていて柔らかく、そして儚げな温もりがあった。 


「おおー、子鹿さんなのです……」


 旅人の隣でミノスケがむにゃむにゃと目を擦りながらそう言うと、子鹿はまたびくりと身を震わせる。


「子鹿さんも落ち葉を食べにきたですか?」


 ミノスケが訊ねるも子鹿は会話ができないのか、おどおどと旅人を見るばかりで返事はしなかった。


 そして、疲れているのか遠慮がちに旅人の膝元に寄り添うと、身を横たえて丸くなった。


「お昼寝しに来たのですね。とても可愛らしいのです」


「……」


 旅人は足元で丸くなっている子鹿の背中をそっと撫でる。

 子鹿の毛はさらさらしていてとても心地が良かったが、旅人には所在なさげなその背中がどこか寂しいものに感じられるのだった。










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