第42話 紅葉狩り。
宜しくお願い致します。
旅人の住む栗の木では未だ巨大なイガ栗が降り続けていた。
落ち葉や芝の吹き飛ばされた周辺の大地にはトゲの付いた鉄球のような巨大イガ栗がひしめき合うよう転がっている。
旅人が洞の入り口から空を見上げていると、ちょうどまた一つ落ちてきたところだ。
――ズゴゴゴォォォーン……
「ムッ! 見切ったのです!」
栗が地面に落ちたとは到底思えない衝撃と轟音の響く中、ミノスケは旅人の手首を掴むと洞からぴょんと飛び出した。
今日は紅葉狩りに出かける事になっている。
紅葉狩りとは本来秋の紅葉を眺めて楽しむ行為なのだが草食チーターの旅人にとっては紅葉の葉は食べ物でもある。
ミノスケ曰くパリパリとした食感がくせになるお味なのだそうだ。
旅人はのんびりした目的とは裏腹に出足からとんでもない状況だなあとぼんやり考えながら、ミノスケに手を引かれるまま秋の森へと駆け込んでいった。
遥か上空を伸びる栗の木の枝の領域から離れると周囲の大地を彩り豊かな落ち葉の山が飾り始めた。
赤黄茶色のカラフルな落ち葉の山が隙間なく何層にも重なりながら旅人の足下に広がっている。
まるで絨毯でも敷き詰めたかのようだと言うよりは、ふかふかの羽毛布団の上を歩いているみたいだと旅人は感じていた。
一歩足を踏み出す度に膝の辺りまで沈み込み、とても歩きづらかったからだ。
そんな旅人の横でミノスケはぽよんぽよんとトランポリンで弾むように楽しげに飛び跳ねていた。
「右足が沈みきる前に左足を出すのです。こうなのですよ、こう」
ミノスケは近くに生えていた身の丈よりも大きなススキを抜くと差し棒のように自身の足と旅人の方を交互に指しながら言った。
「忍者の修行みたいだな……」
旅人はぼやきながらも言われた通りにやってみる。
しかしミノスケより体重があるためかやはり上手くはいかない。
落ち葉を撒き散らしながらおたおたと走る姿は泥沼に足を取られてもがいている人のようだった。
「まだまだ精進が足りないのです」
ミノスケは何やら偉そうに言うとススキの穂で旅人の頭をぽんぽんと叩いてきた。
「むっ……」
旅人はわずらわしげにこれを振り払うと近くに生えていたねこじゃらしをすらりと抜き放つ。
竹刀のような大きさがある見事なねこじゃらしだ。
穂先はふさふさしていたが垂れ下がる事もなくぴんと真っ直ぐに伸びている。
旅人はそれを正眼に構えるとミノスケに向けた。
「いいだろう。少し相手をしてやる……」
「おおー、必殺、ねこじゃらしさんの誕生なのです!」
「くっ……」
ミノスケの言葉に更に苛立ちを感じた旅人は、ならば必殺ねこじゃらしソードを受けてみろと問答無用で斬りかかった。
「遅いのです!」
――ぺしっ!
「あいたっ!」
剣術など知らない旅人がねこじゃらしを振り回すとミノスケはその頭上を軽く飛び越え、縦にくるりと回転しながら旅人の後頭部をススキの穂で打ったのだ。
「ふっふっふです。ミノスケはなんと忍者さんだったのです!」
「……」
旅人は余計な事を言うもんじゃないなと少し後悔しながらも再びねこじゃらしを構え直した。
地の利はミノスケにあったがそれでも負けてばかりはいられない。
旅人にも少ないながらも意地がある。
森の中を軽やかに飛び跳ねながら斬りかかってくるミノスケに翻弄されながらも旅人は敢然と立ち向かった。
――ぺしっ!
「くっ!」
ミノスケの振るうススキに今度は胴を払われた旅人が小さく声を漏らす。
旅人の目はミノスケの動きをしっかり捉えていたのだが俊敏な反応ができずにいた。
菜の花畑の戦い以来、葉っぱの着流しからは着用者の身体能力を向上させる不思議な力が失われていたのだ。
水に漬けて光合成させると見た目は元通りに再生したのだがその内部には今なお深刻なダメージを残しているのだった。
その後もミノスケは森の奥へ奥へと旅人を誘い込むよう移動しながら時折斬りかかってきた。
旅人も挫ける事なくねこじゃらしを振り回しおたおたとミノスケの後を追った。
せめて一矢報いてやりたい旅人が夢中でミノスケと打ち合いながら森を進んでいくといつの間にか足元が赤く染まっている事に気が付いた。
まだ日が傾く時間ではなかったし、ましてや旅人が血を流していた訳でもない。
よくよく見れば足元を覆っていたカラフルな落ち葉の山がいつの間にか赤一色に変わっていたのである。
それは旅人の顔をすっぽり隠せそうなほどの大きさで星のマークをくっきりかたどったようなとても綺麗な落ち葉だった。
端までむらなく真っ赤に染まっていたがどこか見るものに暖かさを感じさせてくれる自然だけが生み出せる色をしていた。
その葉が一面を覆っていたのである。
「着いたのですよ、旅人さん」
旅人が顔を上げるとミノスケが憎きススキの穂で前方を指し示している。
「おお……」
ミノスケの動きを追う事に意識を集中していた旅人は気付いていなかったが、前方には真っ赤な葉っぱを無数に茂らせた一本の巨木が佇んでいた。
元気で偏屈なお爺さんを連想させるようなその巨大な木は曲がりくねりながらも天高く伸びている。
枝もタコの触手のようにくねくねと伸びており旅人の頭上までをも覆っていた。
そしてそこから星のような形をした真っ赤な葉っぱを幾つも降らせている。
「……」
森の片隅に広がる赤一色の静かな世界に旅人は言葉にできないものを感じていた。
「とても美味しそうなのです!」
「……」
ミノスケの言葉に今度こそ本当に言葉を失う旅人はいつかこの少女にも感受性というものを覚えてほしいと切に願うのだった。
読書の秋なのです!




