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ミノムシの少女と森の旅人(旧題:眠れない夜の書)  作者: fin
虫たちのさざめく季節。
32/72

第32話 真夜中のガーデニング。

無事に帰ってこれました。

 旅人が栗の巨木の洞の寝床にようやく戻ってこれたのは、セミの谷を後にして二日ほどが過った昼下がりの事だった。


 しばらく留守にしていたため、またヘンな虫やおかしな生き物が住み着いていないか旅人は心配していたが、旅に出る前となんら変わらない居心地の良い空間は久しぶりの安らぎをもたらしてくれた。


 旅人はごろりと無造作に横になると腕を枕にして外を眺めた。

 洞の入り口からは眩しい日差しに照らされた森の緑が見える。

 そこかしこで鳴き続けるセミたちのやかましく騒ぎ立てる声も響いている。


 旅人は永久の森に来てから様々な景色を見てきたがここから見る景色が一番心が落ち着くように感じていた。

 以前はあまり好きではなかったやかましく響き続けるセミの鳴き声も、セミの谷への旅を終えた今ではそう悪くないものに感じる。


 短い夏を必死に謳歌しようとするセミたちの鳴き声を聞いているうちに瞼の重みを感じ始めた旅人は仰向けに寝転がった。

 寝るにはかなり早い時間だったがこのまま休む事にする。

 明日はカワセミがミノスケに泳ぎを教えるらしい。それに旅人も付き合わされる事になっていた。

 その前にやっておきたい事があった旅人は、早起きするにはちょうど良いやと考えながら静かな寝息を立て始めるのだった。




 

 草木も眠る丑三つ時。

 栗の巨木の裏手に回った旅人はざっくざっくと木の枝で地面を掘り返していた。

 静かな夜の森には鈴虫の鳴き声だけがりーんりーんと響いている。


「こんなものかな……」


 旅人は掘り返した地面を見つめて一人呟くと、着流しの袖から拳ほどの大きさの黒い何かを取り出した。


 それは大きなスイカの種だった。

 旅人が荒野でスイカを食べた際に密かに持ち帰ってきたものだ。


「……」 


 旅人は掘り返した土にその種を植えると周囲を見渡す。

 ヒカリゴケにぼんやりと照らされる周辺の大地は凸凹とした小さなクレーターがいくつもあり、芝はそのクレーターの淵に僅かに生えている程度だ。

 荒野から帰った旅人はこの辺の地質が荒野と少し似ているように感じていた。

 だから旅人はなんとなく持ち帰ってきたスイカの種をこの場所に埋めてみる事にしたのだ。


 本来はこそこそする必要など何もないのだが、ガーデニングや家庭菜園といったものにはどちらかと言えば女性的な印象がある。

 加えて言えば上手く育つかどうかも分からないものを人に見られるのを旅人はなんだか恥ずかしく感じていた。

 それでもこの生命力に溢れる永久の森なら適当に植えた種でも案外芽を出しそうな気もしていた。


「あ、しまった……」


 水を持ってくるのを忘れていた事を今更ながら旅人は気付いた。


 既に周囲は薄っすらと明るくなってきている。

 まだ夜明け前だったが、それでもやたらと朝の早いミノスケならやって来てもおかしくない頃だった。

 

「まあ、これでいいか……」


 寝床に水を汲みに行くのも面倒だった旅人は腰に吊るしたひょうたんを手に取ると、黄金色に発光するワインを地面に撒いた。

 少しもったいない気もしたが、案外これがスイカを育てる栄養になるかも知れないとも考えていた。

 なにしろ旅人には植物を育てた経験など小学校の頃にあさがおを育てた事くらいしかなかったのだ。


『じーっ……』


 旅人が久しぶりに背中に感じた視線と声に振り返ると栗の木の陰から顔だけを覗かせているミノスケと目が合った。


「……こんな時間に何をしているですか?」


「……それはこっちの台詞だ」


 旅人が種を植えた場所を背中に隠すとミノスケはなぜか不敵な笑みを浮かべて言った。


「旅人さんは寝ぼすけさんなのでお迎えに来たですよ。そうしたら何やら怪しげな行動をしているではないですか、そこでミノスケは暖かく見守る事にしたのです……」


「ぐっ……」


 ミノスケは不敵な笑みを浮かべたまま旅人の前までやって来るとひょいっと体を傾けて旅人の脇から種を植えた場所を見ようとする。

 旅人はすかさず体でミノスケの視線を遮って言った。


「そうか、それじゃあさっそく出かけようか」


「まだお日様が顔を出していないのです。そんな事よりミノスケは旅人さんが何をしていたのか気になるのです」


 ミノスケはひょいっひょいっと体を左右に素早く傾けて旅人が何をしていたのか見ようとするが、旅人も負けじと両手を横に広げると反復横飛びで視界を遮り続けた。


「なんでもないからっ、それよりほらっ! もう明るくなってきたぞ!」


 周囲は次第に明るくなり、木々の隙間からは赤く染まり始めた空が見える。


「むぅ、仕方がないのです……」


 やっと諦めた様子のミノスケに旅人が内心で安堵するとミノスケはにっこりと微笑んだ。


「それでは芽が出るまでのお楽しみなのです!」


「くっ……」

 

 結局こそこそしていた意味が全くなかった旅人だったが、久しぶりにミノスケと早朝の森を歩いているとすぐに快い気分になってくるのだった。








 


後に重要な伏線になったりはしないのです!

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