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ミノムシの少女と森の旅人(旧題:眠れない夜の書)  作者: fin
虫たちのさざめく季節。
30/72

第30話 カゲロウの谷。

読んで頂きありがとうございます。なかなか苦戦しております。

「ここの草さんはとても味わい深いのです。旅人さんも食べるべきなのです」


「ああ……」


 辺りを一面を覆う金色の芝をむしゃむしゃと食べているミノスケが旅人にも勧めてきたが、湖に生える大樹に魅せられていた旅人は生返事を返す。その肩や頭にはセミやトンボのような虫たちが腰を下ろし羽を休めていた。ここの虫たちは擬人化はしていなかったが二足歩行のようだ。


 青白く幻想的な輝きを放つ湖面に静かに佇む大樹を眺めていると旅人の体に蓄積されていた疲労は少しずつ癒されていくようだった。もっとも先ほどからカワセミが気持ち良さそうに泳いでいるためあまり静かではなくなっていたが。

 

「旅人君もおいでよ! とても気持ち良いよっ!」


「行かないから……」


 湖からカワセミが手を振ってくるが旅人は風情もへったくれもあったもんじゃないなと呆れたように返事を返した。

 しかしそんな状況も含めて昼も夜もないこの不思議な金色の草原にはどこか穏やかな時間が流れているようで旅人は心地よく感じていた。


「なんで先行くねん! あほーっ!」


 旅人が声のした方を振り返ると草原の入り口に荒い息を整えているアブライの姿があった。彼女は少し落ち着くと肩を怒らせながらのっしのっしと歩いてきた。


「遅かったな」

 

「心配したのです」


 アブライが側までやって来ると旅人とミノスケは声をかける。旅人はのんびりとした様子で芝の上に体育座りをして肩や頭の上で虫たちを遊ばせていたし、ミノスケはその隣で一心不乱に芝を食べていた。


「めっちゃくつろいでるやん! 心配してた感ゼロやん! ほんでそこーっ! そこむっちゃ神聖な場所やから、泳いだりしたらあかんーっ!」


 アブライが矢継ぎ早に怒鳴り散らすとカワセミはとぼとぼと湖からあがってきた。


「叱られてしまったよ……」


「お家に帰れてはしゃいでいるのです。アブライさんはきっと内弁慶さんなのです」


「あーもう、うるさいなぁ! 今おとんとおかんに紹介したるから、ちょい静かにしとき! おとーん! おかーん!」


 アブライが大樹に向かって呼びかける。旅人はどちらかと言えばアブライの方がうるさいような気がしたが言葉には出さなかった。それよりもアブライの両親がどんな登場をするのだろうと微かな期待を抱きつつ大樹を見つめた。


「おー、よお帰ったなアブライ」


「おかえりなさいアブライ。見かけない方たちが来ていたので様子を見ていたのですが、あなたのお知り合いだったようね」

 

 大樹の上から声がした。旅人が期待に満ちた視線を向ければ恰幅の良いおじさんのような大きなセミと、妖精の体に虫の頭を乗っけたような女性がゆっくりと舞い降りてくるのが見えた。旅人はわりと普通の登場だった事を少し残念に思う。


「おとん、おかん。ただいまぁ」


 二人が湖の淵に降り立つとアブライは無邪気な笑顔を浮かべて駆け寄って行った。


「かんろうろ、むぐっ、ご対面なのです」


「……そう思うなら、むしゃむしゃするのやめろよ」


 ミノスケはアブライ親子の感動のご対面を眺めると、またむしゃむしゃと芝を口いっぱいに頬張りだした。


「旅人君、あのご両親になんとか湖で遊ぶ許可を貰えないものだろうか?」


「知らないよ……」


 旅人は映画館でマナーの悪い客の間に座ってしまったような微妙な気分になったが黙って親子の再会を見守る事にする。

 これまでの経緯を時折ケラケラと笑いながら夢中で両親に聞かせているアブライは本当にただの無邪気な少女のようで旅人は苦労して送り届けた甲斐があったなと微笑んだ。


「兄さんらがうちのアブライを送り届けてくれたんやてな。わてはアブライの父親でセミの王者やっとるセミキング言うもんや」


「あ。どうも……」


 一通り親子の再会を喜びあったアブライとセミキングは旅人たちに声をかけてきた。旅人はその喋り方とか名前とか正直どうなんだろうとは思ったが一応立ち上がって会釈する。


「この人なあ、人間さんなんやわ。でも、むっちゃ葉っぱとか好きやねん。んでな、スイカ畑あるやろ? あっこで斬九朗とおまけにあの金剛丸相手にスイカを巡って大立ち回りしとんねんで!」


「それほんま!? なんやもう色々むちゃくちゃすぎて訳分からんやん!」


「いや、ないから……」


 旅人はきっぱり否定したかったがアブライとセミキングの会話に割って入れるような話術は持ち合わせてはいなかった。途中からミノスケが「それは少し違うのです」と物知り顔で混ざり出すと本当にむちゃくちゃな武勇伝が形成されていった。


「つまりなのです! 森で旅人さんに敗れた金剛丸さんはその軍門へと降ったのです。そして旅人さんに挑むならばまず私を倒してみせるのです! と、斬九朗さんの前に立ちはだかった訳なのです!」


「どんな訳だ……」


 旅人の呟きはアブライとセミキングの「おおーっ!」という歓声にかき消された。腰に手を当て「えっへんなのです!」となぜか自慢気な表情のミノスケはその後も旅人が永久の森を訪れてからの経緯を脚色過多なミノスケ視点で語っていた。

 しばらくその様子を白い目で見ていた旅人だったが面倒になってまたぼんやりと湖の大樹を眺めた。どうやら許可が貰えたようでカワセミが楽しそうに泳いでいる。


「私はアブライの母でカゲロウの女王、ウスバと申します。この度は娘がお世話になりました」


 自分も泳いでみようかと現実逃避がちに考えていた旅人にセミキングと一緒に舞い降りてきた虫頭の女性が木製の杯を手に声をかけてきた。顔には大きな複眼があり背中からは半透明の羽が生えていたが、薄手の黒いドレスを身に纏ったその姿は優美な曲線を描いていて見ようによっては美人と言えなくもなかった。

 ウスバの後ろにはトンボに似た虫たちがふよふよと控えるように飛んでいる。どうやらあれはカゲロウだったらしい。見れば酒樽のような物や木の器やらを抱えていた。


「お口に合うとよろしいのですが……」


 ウスバがそう言って旅人に杯を手渡すと酒樽を持ったカゲロウが黄金色に輝く液体を注いでくれた。甘く爽やかな香りを放つ良く冷えた液体だ。毒々しさは一切感じられなかったが、それでも何故か黄金色に発光している謎の液体だった。


「あの大樹の果実を発酵させて作っているんです。だからちょっぴり発光しちゃうんですよ、なんちゃって」

 

 ウスバはそう言うと口許に手を当て「ふふっ」といたずらっぽく微笑んだ。

 とても上品で洗練された動作ではあったが、さすがに親子だなあと旅人は呆れる。そしてなんだか警戒するのもばからしくなり謎の液体を口にした。


「……ッ!」


 あまりの冷たさに一瞬ビクリとする旅人だったが、喉元に爽やかな余韻だけを残して液体が流れ込んでいくと体の奥からじんわりと心地良い暖かさが広がってくる。

 それはとても口当たりの良いワインのような飲み物だった。旅人にはワインの嗜みなどなかったがそれでもそれが上質なものだという事は分かった。

 喉が体が欲するままに旅人はごくごくと輝くワインを飲み干した。するとなんだか自分の体まで光りだしたように錯覚するが当然そんなはずはない。とても飲みやすかったがアルコール度数はかなり高いようだ。


「お気に召して頂けたようで良かったです。あの子があんなに楽しそうにしているのを見るのは久しぶりなんですよ」


 空になった旅人の杯をカゲロウが満たすのを横目に見ながらウスバがそう言った。視線の先を辿ればミノスケやセミキングたちと騒いでいるアブライの姿があった。


「……はあ、そうですか」


 旅人が呆れたようにそう返事を返すとウスバは微笑みを浮かべてこの場所とアブライ親子のなれ初めについて語りだした。


 それは長い長い話だった。


 清らかな水を好むウスバたちカゲロウの一族は古来より山神の住まう永久凍土の湧水からなるこの鍾乳洞の湖を終の住み処としひっそりと暮らしてきたという。

 しかし、その穏やかな暮らしに終焉を告げる者たちが現れる。当時武闘派を自称していたセミキングとその一党である。

 セミキングたち一党は緑豊かでおまけにエコーまで効く崖下の大地をいたく気に入り『セミの谷』と勝手に名付けて住み着いてしまったそうな。そして昼夜を問わずにやかましく騒ぎ回る。

 静けさを尊ぶカゲロウ一族と、騒がしき事こそ己が心情とするセミキング一党。この二つの相反する勢力が衝突するのは必然とも言えた。


「ふぁぁ……」


 あまりに長い話だったため、途中からどうでもよくなってしまった旅人は酔いも手伝って思わずあくびをもらしてしまう。


「……退屈な話をしてしまいましたか?」


 ウスバが微かに冷たい視線を向けてそう言うと旅人はビクリと身を固くした。この人は怒らせてはいけないタイプの人だ。旅人の中の草食チートが警鐘鳴らしている。


「それで、どうなったのですか……?」


 取って付けたような旅人の言葉にウスバはにっこりと口元を綻ばせると話の続きを語った。

 要約するとウスバ一人に完膚なきまで叩きのめされたセミキング一党だったが、しつこさだけなら誰にも負けないセミ特有のその執念で幾度となくセミキングはウスバに戦いを挑んだ。

 しかし神力をその身に微かに宿し半擬人化しているウスバの前にセミキングが太刀打ちできるはずもなく、一方的な蹂躙劇が繰り返された。いつしか憎しみ合っていたはずの二人の間に愛が生まれ、その愛はやがて結晶となりアブライが誕生したそうだ。


「へぇ……」


 アブライの誕生によりこの地に住む事を許されたセミたちは夜行性のカゲロウたちの邪魔をしないよう崖下においては日の出から夕暮れまでの時間限定で騒いで良い決まりになっているらしい。ただし、鍾乳洞内でやかましく鳴く事は一切禁じられているそうだ。


 旅人はそれが原因でアブライはここでの暮らしをあまり楽しめていないのではないかと思ったが黙っていた。


「つまり、あの子は我々カゲロウたちとセミたちの愛と平和の象徴なんですよ!」


 長々と語ってすっきりしたのかウスバは「旅人殿は聞き上手ですね」とにこやかに締め括った。

 旅人には心底どうでも良い事だったが『セミの谷』と未だに呼ばれているようだが、実際は『カゲロウの谷』なのではないかと酔いの回った頭でぼんやり考えるであった。









そろそろまとめに入るのです!

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