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ミノムシの少女と森の旅人(旧題:眠れない夜の書)  作者: fin
虫たちのさざめく季節。
28/72

第28話 崖の下の旅人。

「ああ……地面だ……」


 アブライに抱えられて崖下に降り立った旅人はぷるぷると小刻みに震えながら四つん這いになると大地を愛おしそうに撫でた。


「旅人はん、ここがセミの谷やで」


 アブライは懐かしそうに周囲を見渡すと足元でぷるぷるしている旅人にそう告げた。


 崖下は広い盆地になっていた。両端を切り立った崖に囲まれているが向かいの崖まで距離があるため圧迫感はない。ふさふさとした背の低い芝に覆われた緑色の大地にはどちらかと言えばのんびりとした雰囲気が漂っている。

 中央には大地を二つに分断するよう川が流れ川沿いには街路樹のように等間隔で木々が並んでいる。

 そしてその木々では人の頭ほどの大きさがある色とりどりのセミたちが競い合うようにやかましく鳴いていた。

 

 ふさふさの大地は旅人に安らぎを与えてくれていたがアブライに返事をする余裕はまだない。体の震えもしばらくは治まりそうもなかった。


 旅人は小刻みに揺れる視界で崖を見上げる。遥か上空に見えるあの崖の上から落ちてきたのかと思うと自分でも信じられなかった。

 旅人は高い所が苦手だった。落ちても怪我をしない程度の高さなら問題ないがそれ以上の高さとなると足がすくんでしまう。


 旅人が呆然と見上げていると崖の上から米粒ほどの大きさの何かが猛スピードで落ちてくるのが見えた。思わず悲鳴をあげそうになる旅人だったが次第に近付いてくるそれはよく見ればカワセミだった。背中では子泣き爺のようにおぶさったミノスケがはしゃいでいる。


「おおー、旅人さんが生まれたての子鹿さんのようなのです」


「ああ、なんだか可愛らしいね」


 ふわりと旅人の目の前に舞い降りたカワセミとミノスケが勝手な事を言い始めたが旅人には反論する元気はなかった。思い返せば完全に自業自得である。震える唇を噛みしめながら旅人は自身の軽率な行動を悔いた。


「誰にでも苦手なものはあるですよ」


「くっ……」


 ミノスケは旅人を諭すように優しく語りかけるとその肩をぽんぽんと叩いた。土下座のような姿勢でそんな事をされた旅人は余計に惨めな気持ちになったがやはりどうする事もできなかった。

 

 旅人は少し落ち着くと川で頭を冷やす事にする。川沿いの木では相変わらずセミたちがやかましく鳴いていたが旅人たちが近付くとぴたりと鳴き止んだ。


「このせせらぎを下っていくとめだか号のいる小川に出るんだよ」


「へぇ……」


 水辺が大好きなカワセミが旅人にそう教えてくれた。


 その川はさすがにめだか号のいる大河ほどの大きさはなかったがそれでも向こう岸まで30メートルはありそうだった。流れは速いが水が澄んでいるためか川底に転がる石の形までもがよく見える。

 旅人は川べりに膝を着くとぱしゃぱしゃと顔を洗った。川の水はやけにさらさらしていて指の隙間をすぐに零れ落ちてしまったが、旅人が川に顔を近付けてなんとか顔を洗っているといつの間にかすっかり気分も良くなっていた。

 なんだか不思議な水だなと感じた旅人が上流へと視線を向けると川の先の方からは白い煙がもうもうと立ちこめていてその先は何も見えない。


「まさか、泳ぐ気なのかい?」


「いや、泳がないから……」


 カワセミが期待に満ちた視線を向けてくるが旅人はそんな事より上流の様子が気になっていた。


「ほら、遊んどらんと早よ行くで」


 アブライが旅人たちを急かしてくる。どうやら上流へと向かうようだ。

 旅人は煙の正体が気になっていたし、きっとアブライも早く帰りたいのだろうと考えて先を急ぐ事にする。カワセミが残念そうに着いてくると地べたに座りむしゃむしゃと芝を食べていたミノスケも後に続いた。

 

「あんたらほんま自由で羨ましいわ……」


 崖下の大地を上流へと向かう一行の先頭を歩くアブライは呆れたように呟いた。



『ビーン、ビンビンビンビーン……』


『ジャワジャワジャワジャワジャー……』


 木に止まるセミたちは上流へと向かうほどその数とやかましさを増していく。

 両端を崖に囲まれているためエコーがかかりその音量たるや凄まじいものがあった。

 

 そんな中アブライやミノスケたちは楽しげにおしゃべりしていたが旅人は両手で耳を塞いでなんとか耐え忍ぶ。

 

 しかし上流へと歩き続ける旅人たちの体を白い煙が濡らし始める頃にはセミたちの鳴き声もすっかり小さくなっていた。その代わりに膨大な質量の水が上空から絶え間なく降り続ける轟音が辺りを支配し始める。

 川の終着点には崖から流れ落ちる巨大な滝があった。旅人が煙だと思っていたものはその巨大な滝の水しぶきが作り出す膨大な量の霧だった。

 

「着いたでーっ! ここが、わての家やでーっ!」


 アブライは巨大な滝を見上げると轟音の中でも旅人にも聞こえるように大声で叫ぶ。


 旅人はこういうのを大瀑布と呼ぶのだろうかと言葉もなくただその巨大な滝を眺めていた。







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