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ミノムシの少女と森の旅人(旧題:眠れない夜の書)  作者: fin
虫たちのさざめく季節。
26/72

第26話 荒野の夜。

読んで頂きありがとうございます!



 旅人は走った。

 背後から金属が擦れ合うような嫌な音と大きな爆発音がいくつも聞こえてきたが振り向く事はしなかった。

 振り向かずともどちらが勝ったか分かっていたからだ。


 視界の先ではミノスケたちがごろごろとスイカを転がしながら先を急ぐ姿が見える。

 荒野は森の中ほど起伏はないがそれでも乾いた大地は凸凹している。

 よく割れないものだと旅人は妙に感心しながらも走り続けた。

 ミノスケたちもわいわいと実に楽しげに走っていた。



 真夏の日差しが夕日へと姿を変え、無限の荒野を茜色に染め始めていた。


 スイカ畑が見えなくなるまで遠ざかった一向はひとまず近くの岩陰に身を潜める事にした。

 ここ最近かなり身体能力が向上していた旅人だがさすがに走り通しで全身が悲鳴をあげている。

 それでも少し休むと暗くなる前にスイカをどうにかする事にした。


 スイカの表皮は大理石のように硬質で荒野を転がしてきたというのに傷一つ付いていなかったが、剛の者たちの戦いぶりに感化されていた一行はまずは己の必殺技でスイカを割ろうと試みた。

 しかし、旅人パンチは無論の事、カワセミチョップもアブライキックもミノスケヘッドバットでさえもスイカを傷つける事はできなかった。


「ムムぅ……いけると思ったです……」


「まさか、わてのアブライキックが効かへんとは……」


 額を両手で押さえているミノスケの言葉にアブライも悔しげに呻く。

 旅人はこの人たちはきっと格闘技の試合を見たりすると自分も強いと勘違いしちゃうタイプだなと、痛めた拳を押さえながら思っていた。


「まあ、私たちは剛の者ではないからね」


 後ろ手に手首を擦りながらもすました顔でいるカワセミの言葉に旅人は先ほどの戦いを思い出す。


「……その、剛の者ってのは音速で飛び回ったり、落下すると地面が爆発したりする生き物な訳?」


「ああ、その解釈で合ってるよ」


「……いや、どんな解釈だよ」


 結局スイカは岩の上に落として割る事にした。

 カワセミ一人では持ち上げる事ができなかったためアブライがアブライウイングで手伝った。

 普通に飛んでいる事を旅人に指摘されたアブライは「しもうた!」とケラケラ笑っていた。

 ミノスケやカワセミも笑っていたため旅人も仕方ない奴だと一緒に笑う事にした。


 多少不格好な割れ方をしたスイカだが、その美味さたるや驚くべきものがあった。

 囲むように座って食べ始めると誰もが夢中になっていた。

 咀嚼する度口から果汁が溢れだして飲み込むのには一苦労だったが、旅人は乾いた体が潤っていくのを感じていた。


「こうして夏の一日が終わっていくんやねぇ……」


 ひとしきりスイカを食べ終えるとアブライがぽつりと呟いた。

 その視線を辿ればちょうど地平線の向こうに夕日が沈んでいくところだ。


「素敵な一日になったかい?」


 と、カワセミが訊ねた。


「うん。めっちゃ楽しかった。特に旅人はんが金剛丸と斬九朗に挟まれた時の顔とかな」


「うっざ……」


 ケラケラと笑うアブライは相変わらずウザかったが旅人にはその横顔がどこか儚げにも見えた。


「……」


 旅人もなんとなく押し黙ると沈んでいく夕日を眺める。

 寂しげな輝きを残しながら沈んでいく夕日は、もっと遊んでいたいよと泣き叫んでいるようにも見えた。


 その時初めて旅人はこの何もない荒野もそう悪くはないなと感じたのだった。



 夕日が地平線の向こうに完全に姿を消してしまうと辺りは一気に暗くなった。

 静かな月明かりに照らされる夜の荒野にミノスケがスイカの皮をガリゴリ齧る音だけが響いている。


「……まだ実の部分も残ってるぞ」


「スイカさんは皮のところが一番美味しいですよ。旅人さんもそろそろ気付くべきなのです」


「できれば一生気付きたくないな……」


 旅人は疲れていたためすぐにでも休もうと考えていたがミノスケが食べ終わるまで待ってやる事にする。


 残りのスイカは明日の朝食になるだろう。

 永久の森では真夏であっても数日は腐ったり萎びたりしないらしい。

 旅人は本当に訳の分からない事ばかりだなとぼんやり考えながらその場にごろりと寝転んだ。


「……」


 しかし旅人は訳の分からない事ばかりのこの土地と、そこに住む人たちの事をなんとなく好きになっていた。


「今日も色々あったな……」


「はいです。明日もきっと楽しい事がたくさんあるのです」


 ミノスケもようやく寝る準備を始めたらしくごそごそと地面に藁を敷いている。

 

 たき火でもあればキャンプのように思えたろうがここにはそんなものはない。どちらかと言えば修学旅行の夜のようだと旅人は感じていた。


「なあなあ、旅人はんて好きな娘とかおるん?」


 足元の暗がりからアブライの声が聞こえると、旅人はいよいよ修学旅行みたいだと苦笑する。


「恥ずかしがる事はないよ旅人君。ほら、コバルトブルーの美しいお姉さんとかキミは好きだろう?」


 今度は旅人の頭上の暗がりからカワセミが勝手な事を言っているのが聞こえてきた。


「それは違うのです。旅人さんはミノスケのような可憐な乙女が好きなのです」


 旅人は少なくともスイカの皮をガリゴリ食べるような可憐な乙女がいてたまるかと思ったが、睡魔のせいでもう反論する事はできなかった。


 その後もミノスケたちはぺちゃくちゃと勝手な事をいつまでも喋り続けていた。

 お喋りな三人に挟まれ眠る事になってしまった旅人は正直うるさいとも思っていたが、その楽しげな話し声を聞いているとなんだか安心する事ができた。


 話し声がだんだん遠のいていくように感じられ、旅人は野ざらしの荒野にありながら今夜も深い深い眠りへと落ちていくのであった。









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