第25話 剛の者たち。
星球さんから感想貰えて嬉しかったので慌てて更新準備したら何故かこんなシーンでした。
金剛丸が悠然と歩いてくるのを旅人はただ身を強張らせながら見ていた。
斬九朗は『ガギンガギン』と興奮したように大アゴを鳴らしている。旅人にはそれが「貴様! 何をしに来た!」と言っているように聞こえた。
金剛丸は『ギチッ』と小さく鳴く。「ちょいと野暮用でな」とでも返しているようだった。
金剛丸は昂ぶった様子もなく旅人の前まで歩いて来ると前足で旅人の肩にそっと触れて『ギチギチッ』と鳴いた。「下がってな小僧」とでも言われた気がして旅人はおずおずと道を譲った。
金剛丸は辺りの様子でも眺めるように首を廻らしながらゆっくりと斬九朗の前に立つ。その立ち姿はとても静かなものであった。
一方の斬九朗は全身から闘志を滾らせ怒気を含んだ黒い瞳を爛々と輝かせている。
体格では金剛丸の方が一回り以上小さかったが旅人にはその背中がとてつもなく大きく見えた。
――次の瞬間、旅人は衝撃波に吹き飛ばされそうになった。腕で顔を覆ってその場になんとか踏みとどまると、遅れてゴーンゴーンという重い金属同士がぶつかり合うような重厚な激突音が響いた。
旅人が腕の隙間から周囲を覗き見ると、近くのスイカが地面ごと弾け飛んだ。ドチュンという発射音とともにその場所目がけて羽を広げた金剛丸が超高速で飛んでいく。
弾けたスイカの残骸からはその汁で赤く染まった斬九朗が怒りに身を震わせながら這い出てきた。
周囲の葉っぱを凪ぎ払いながら超高速で突っ込んできた金剛丸がその強靭な角をえぐり込むよう跳ね上げる。
――ゴインッという重い金属音とともに斬九朗が空の彼方にくるくると回転しながら吹き飛んでいく。
金剛丸は尚も勢いを緩める事なく斬九朗を追って上空へと垂直に飛び立った。
キーンという甲高い飛行音とともに両の羽先から飛行機雲を引き連れた金剛丸が遥か上空の斬九朗目がけて猛スピードで突っ込んでいく。
「あれは金剛丸さんの必殺技、天空金剛大突撃 なのです!」
「ここまでやな。最初の立ち合いを制した金剛丸の圧勝やん」
「いや、それはどうかな? 斬九朗は賭けに出る気のようだよ」
葉っぱの陰から這い出てきたミノスケがなぜか物知り顔で実況を始めると、いつの間にやって来たのかアブライとカワセミもそれに続いた。
「……」
旅人が呆れている間にも、上空では激しいバトルが繰り広げられていた。羽を開いて体勢を整えた斬九朗が黒い弾丸の如く突っ込んでくる金剛丸を迎え撃つ。
斬九朗は激突の瞬間、羽を閉じて両の前足を金剛丸の角に当てるよう突き出すと跳び箱の要領でひらりと身をかわした。そしてそのまま丸め込むように金剛丸の胴体にガッチリと大アゴを食い込ませる。
金剛丸は体を捻って振りほどこうとするが斬九朗も必死に食い下がる。空中で体勢を崩した二匹の巨大昆虫はもつれ合うようにして真っ逆さまに落下していく。
――爆発音とともにを大地が揺れた。
旅人は衝撃に膝を着きそうになりながらも二匹が落下した場所を見た。
もうもうと立ち上る土煙が少しづつ晴れていくと周辺の大地は吹き飛び、地面にクレーターが出来ていた。
その中央には鈍い音を響かせながら未だに戦い続ける二匹の姿があった。
斬九朗が金剛丸の胴体に覆い被さるようにして大アゴで相手の胴体を噛み砕かんと食らいついている。しかし見れば一方の大アゴが折れているため充分なフックを効かすせずにいる。
金剛丸は不利な体勢ながら逃げる事なく真下からその強靭な角で斬九朗の腹部を貫き通さんと突き上げていた。
戦いは動から静へと移り変わっていた。
旅人は自身の理解の範疇を完全に越えたその激しすぎる戦いに恐怖すら覚えたが目を離す事はできなかった。
二匹の巨大昆虫の意地とプライドを賭けた死闘に胸が熱くなるのを感じていたからだ。
「旅人さん今のうちなのです!」
ミノスケの声に旅人は我に返る。見ればミノスケたちがスイカを転がして運ぼうとしていた。
「……」
「旅人はん! 何をぼーっとしとんねん! あんたが今すべき事はなんや!?」
「え……? 金剛丸の応援とか?」
「……旅人君。キミの心がけは美しい。しかし今はこのスイカを一刻も早く持ち帰る事が先決なんじゃないかい?」
「そう、なの……?」
いや、そんな事はないだろうとぼんやりしている旅人を尻目にミノスケたちはごろごろとスイカを転がして荒野の先へと走り去っていく。
「……」
旅人は未だ終わらぬ死闘を繰り広げている金剛丸と斬九朗を見た。
目の前の敵を倒す事だけしか見えていない斬九朗と違い、金剛丸は深い海のように澄んだ静かな目をしている。その目が旅人を捉えると『ギチギチッ』と微かな音が聞こえた。
かなり距離が離れていたが、旅人にはそれが「ここは俺に任せて先に行け」と言っているように聞こえた。
「ああ、はあ……」
だから旅人はそう応えるとそそくさとミノスケたちの後を追うのだった。
諸行無常なのです!




