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ミノムシの少女と森の旅人(旧題:眠れない夜の書)  作者: fin
虫たちのさざめく季節。
23/72

第23話 セミの谷のアブライ。

前回の続きです。

「なんや、なんや、このちんちくりんは」


「ちんちくりんさんではないのです。ミノスケです」


 昨夜の寝不足分を取り戻そうと二度寝する事にした旅人はやはりと言べきうか、小一時間も経たずに起こされる事になった。


 眠い目を擦りながら旅人が洞内を見回すと、いつの間にか入り口を塞いでいた巨大なセミの脱け殻はなくなっていた。代わりに羽が出るよう背中が広く開いた丈の短いドレスを着込んだアブライがミノスケと睨み合っている。


「まだいたのか……」


 とっくに出て行ったと思っていたアブライがまだいた事に旅人はぼやく。


「酷いのです旅人さん、ミノスケは来たばかりなのです」


「せやで、ちんちくりん早よ帰り」


「いや、ちんちくりんの方に言ったんじゃないから……」


「なんやて!? ほな、わての事かい旅人はん! 応援してくれたやん!?」


「酷いのです旅人さん、ミノスケはちんちくりんさんではないのです」


 相乗効果ってあるんだなと旅人はため息を吐く。外を見れば更に来客のようだ。


「やあ、賑やかだねえ。私もお邪魔させてもらうよ」


 青いサンダルを足先だけで器用に脱ぐとカワセミはそう言って入ってきた。両手には大きなイクラのような真っ赤な果実を抱えている。


「おおー、木苺さんなのです」


「ええなあ。姉さん気がきくやん」


「ん? ああ……えっとキミは誰だったかな?」


 とてものんびり朝寝ができるような状況ではなくなってしまった旅人はよろよろと起き出すと洞の入り口まで行き森を眺めた。

 アブライの仲間かどうかは知らないがセミたちがやかましく鳴いている。


 女三人寄れば姦しいと言うがどちらがやかましいだろうかと考えながら旅人は「今日も暑くなりそうだなあ」と、誰にともなく呟いた。



「ほう、それじゃあキミはセミコロニーのお姫様なのかい?」


「せやねん。プリンセスやねん」


 旅人とミノスケがカワセミの持ってきた木苺を無心で食べている横で挨拶を終えたカワセミとアブライが互いの身の上を話していた。

 聞けばアブライは荒野の果てにある『セミの谷』と呼ばれるセミたちが集うコロニーのお姫様らしい。優雅な佇まいから見るに言動はともかく外見だけなら確かにアブライはお姫様然としていた。


「カイコたちの桑の木みたいなとこか?」


 旅人は隣で木苺を夢中で頬張っているミノスケにぼそりと訊ねた。


「桑の木はカイコさんたちのお家なのです。コロニーはもっと大きいですよ」


 んぐっ、と木苺を飲み込んだミノスケがそう答える。


「へぇ……」


 旅人は永久の森の果てしない広さは知っていたが、森の住人たちが集まって暮らしている所はあまり見た事がなかった。

 食べ物が無限にあり老いる事もないこの地では個々が割と好き勝手に生きている印象しかない。

 四人も人が集まるとさすがに手狭な洞内の現状からもその事が垣間見える。


「カイコさんたちは集まって着物を作るのが好きなのです。セミさんたちはみんなで歌うのが好きなのです」


「ああ、そういう事ね」


 旅人は効率よく糧を得るための社会とは根本的に違うようだと理解する。そしてまた木苺に手を伸ばした。木苺は甘酸っぱくてとても美味しかった。


「ほんまはもうセミの谷に着いとかんといけんねんけど。今年は梅雨が長かったやん? 羽化したばかりでまだ上手く飛べんねん……」


 そう言うとアブライは木苺を食べている旅人に横目でチラチラと視線を送ってくる。


「それは困ったねえ。旅人君、どうにかして彼女を送り届けてやる事はできないだろうか?」


 カワセミも腕を組んで考えるそぶりを見せると旅人に話を振ってきた。


「いや、カワセミさんがひとっ飛び送ってやれば済むんじゃない?」


「そんなんつまらんやん」


 正論をあっさりとアブライに却下された旅人は我儘ぶりは確かにお姫様のそれだなと口を閉ざす。


「旅人さん、今こそ旅をしない旅人さんの汚名返上の時なのです!」


「なんだよそれ……」


 呆れた視線をミノスケに向ける旅人だったが、思い返せばここ最近は近場を散策する程度でほとんど洞から出ていない気がする。

 旅人という今の自分の名に引け目を感じた訳ではないが、セミの谷を見てみたいとの思いも多少はあった。寂しがり屋のセミの姫様と荒野を旅してみるのもまあ悪くはないかと考えるのだった。

 







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