第19話 ただ、雨の降る日。
ひっそりと第2部の開始です。
ざーざーと激しく降り注ぐ雨音に、旅人は洞の寝床で目を覚ます。
旅人がこの地に来てから既に一週間ほどの時が流れていた。
今ではすっかり住み慣れた我が家にはカワセミの持ってきた木の実やら、ミノスケの持ち込んだよく分からない素材でできた水がめやら食器などが雑然と置かれている。
旅人は水がめから水を掬って口を濯ぐ。
中に旅人が入ってしまえるほどの大きな水がめだ。
ミノスケがそれをごろごろと転がして洞の中に持ち込んできた際に、感心した旅人が素材は何かと訊ねてみると「土と木と水とあとは乙女の秘密なのです」と訳の分からない返答が返ってきた。
以来旅人はその水がめを非常に重宝してはいたが使う時にはいつも少し微妙な気持ちになるのだった。
微妙な気持ちで顔も洗ってすっかり目が覚めた旅人は、部屋の片隅に転がっていたラグビーボール程の大きさのどんぐりを一つ抱えて洞の入り口から森の様子を眺める。
どんより雲から大粒の雨が滝のように絶え間なく降り注いでいる。太陽の位置は分からないが、午前八時頃だろうと旅人は見当を付ける。
雨は森の草木を激しく打ちつけ、フィルター越しの光景のように周囲の景色を霞ませていた。
旅人はどんぐりをぽりぽり齧りながらぼんやりと雨の日の森の景色を眺める。
町で暮らしていた頃は雨は好きではなかったが、こうしてのんびり眺めてみるのも意外と悪くないなと旅人は思う。
ひんやりと湿った空気は心地よく、時折風の音が混じって不規則になりながらも響き続ける雨音も決して耳障りではなかった。
そしてわずかに感じる寂寥感に、旅人は不思議と心が落ち着くのを感じていた。
「この雨が森を育むのか……」
誰にともなく呟いた旅人の視界の隅に、こちらに向かってとことこと駆けてくる葉っぱの姿が見えた。
走る葉っぱだ、旅人はその正体に気付いてはいたがそんな風に見てとる。
その葉っぱがぬかるみに足を取られてべちゃりと転ぶとやっとその正体が姿を現した。
泥だらけになってしまった蓑を着て、愛嬌のあるどんぐり眼をした黒髪お下げの少女――ミノスケだった。
ミノスケは地面に座り込み、ぽりぽりと頭を掻くと傘にしていた葉っぱを拾ってまた駆けてくる。
旅人は頭を掻いた時にはたぶん「失敗したです」とでも言っていたんだろうと当たりをつけて苦笑する。
「旅人さん、雨宿りさせてほしいのです」
ミノスケが下からそう声をかけてくると、旅人は、もはや雨宿りって段階じゃないだろうと呆れながらも快く迎え入れる事にした。




