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第15話 桑の森の恐怖。

「また遊ぼうね~」 


 旅人を無事に目的地まで送り届けためだか号は一つ大きく飛び跳ねると元気に泳ぎ去っていった。


 旅人はめだか号の姿が見えなくなるまで見送ると改めて頭上を見上げる。


 そこには大きな桑の葉が幾重にも重なり隙間なくびっしりと生い茂っていた。


 屋根を形作るかのように大きく広がっているそれらが太陽の光を遮断しているため、辺りは苔むしていてひんやりとした空気が流れている。


 旅人は濡れた体をぶるりと震わすと、ミノスケらと共に木の幹へと向かう。


 巨大で重厚な幹だった。

 既に何本もの巨木を見てきた旅人だが目の前の木は上ではなく横へ横へと大きく広がるように成長をしており、膨大に広がり続ける葉と枝の質量を支えるために張り出したその根からは圧倒的なまでの生命力を感じられた。


 天井を覆い隠すその桑の巨木の影響から周囲には他の木は一切生えておらず、まるでその木一本で一つの森を形成しているかのようだった。


 苔むした大地に静かに佇むその威容に、旅人は今まで見てきた巨木とはまた違った趣を感じていた。


「……」


「美味しそうなのです……」


 心震える思いで巨大な幹を見上げていた旅人だったが、並んで見上げていたミノスケの呟きに現実へと引き戻される。


「さっき水草食べたろ……」


「葉っぱは別腹さんなのですよ」


 旅人さんもまだまだなのですと、なぜか上から目線でそうに言ってくるミノスケに旅人が呆れていると、頭上から白っぽい何かが突如として降って来た。


「うわっ!」


 糸にぶら下がりぷらんぷらんと揺れているそれは人間の赤ん坊ほどの大きさの白っぽい芋虫だった。


 頭には体と同じ色をした小さなシルクハットをかぶり、なぜか口元にはサンタクロースのような白いヒゲが生えていた。体の揺れに合わせてヒゲも揺れている。


「これはこれはミノスケ様、それにカワセミ殿。ようこそおいで下さいました。はて? そちらの方は初めてお会いしますかな?」


「カイコさんこんにちはです。この人間さんは旅人さんなのです。着る服がなくてとても困っているのですよ」


「……いや、困ってないから」


「なんと、人間の方でしたか! これは大変お珍しい。確かに、そのみすぼらしいお召し物を見るに、相当な苦労をなされてきたのでしょうなあ……」


 しみじみとそう言いながら同情の視線を向けてくるカイコとそしてミノスケに、本当に失礼な連中だなあと旅人はむっとする。


「旅人殿、そのように悲しまれる必要はございませんぞ。わたくしどもが腕によりをかけて貴殿にぴったりのお召し物をご用意いたしましょうぞ」


 旅人は悲しんでいるつもりなど毛頭なかったし、ついでに言えば服装などどうでも良いと思っていた。


 しかし、そんな旅人をよそにミノスケとカイコはどのような服にするかをあれこれ話を進めていく。


「旅人さんは葉っぱが大好きなので、葉っぱの服が良いのです!」


「さすがはミノスケ様、実に優れた洞察力にございますな。では形状はやはり腰みのか……いや、或いは着流しという線もございますぞ」


「――着流しでお願いします!」


 旅人がそう言って会話に割り込むと、ミノスケは腰みのの方が良かったらしく横でぶーぶー言っている。


「ミノスケは旅人さんには腰みのがとても似合うと思うです」


「――いえ、着流しでお願いします!」


 珍しく断固とした姿勢で応じる旅人にミノスケも、そしてカイコも了承した。


「ふむ。服とは実際に身につける者が求める形こそが最良ではありますな。では早速準備に入るといたしましょう」


 カイコはそう言うと甲高い鳴き声を一声響かせる。


 すると頭上から糸で吊るされた筒状のカーテンがすーっと下りてきた。


 見上げる旅人の頭上には、いつの間に集まったのかカイコと良く似た無数の白っぽい芋虫たちがうようよとこちらの様子を伺っていた。


「……」


 100匹は悠に超えるだろうか。


 その芋虫たちは旅人と目が合うとなぜか照れたように身を隠したり、もじもじしたりしている。


 旅人はその光景に鳥肌が立つのを感じるが、ミノスケの仲間のようだしそれほど恐ろしい目には合わないだろうとなんとか悲鳴を堪える。


「では採寸いたしますのでこちらへどうぞ」


 あまりの状況下に思考が停止してしまった旅人はカイコに促されるままぎくしゃくとカーテンの中へと入っていく。

 

 カーテンの内側は試着室にしては大きめで、両手を広げられる位のスペースがあったが、足元に数匹の芋虫たちが侍っており旅人は息苦しさを覚える。


「まずはその粗末なお召し物を預かりましょうかな?」


 カイコは入ってくるなりカーテンを閉めるとそう言った。


「……」


 旅人にはカイコのその黒い瞳が一瞬ギラリと怪しい光を帯びたように感じられた。


「ほう、さすが旅人殿! ミノスケ様やカワセミ殿が気にかけるだけの事はありますなあ」


「――ちょっ! おい!」





 ミノスケとカワセミはそわそわと待っていたが、カーテンの中から旅人の悲鳴が聞こえてくるとすぐに中の様子を覗きに行こうとした。

 しかし頭上からぼとぼとと落ちてくる芋虫たちに阻まれてそれ以上進む事はできなかった。


「ミノスケもお手伝いしたいのです!」


「私にも旅人君の裸を見せたまえ!」


 ミノスケとカワセミが芋虫たちと取っ組み合いを始める中、カーテンの中では芋虫たちに全身の寸法をくまなく測られるという恐ろしい体験を旅人がなんとか乗り越えるのだった。










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