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第14話 食住足りて衣を求める。

 この森は旅人にはよく分からない事がまだまだ多いようだった。

 水草を食べ終えた旅人が乾かしていたシャツを着込んでいるとカワセミが不思議そうな顔で声をかけてくる。


「旅人君。その……失礼な事を聞くようだけど、その服は気に入っているのかい? まだ湿っているようだし、機能面から見てもこの森で暮らすには少し不便なように思えるのだが……」


「……確かに安物だけど、他にないし」


 見た目を気にするような旅ではなかったため、旅人の服はあちこち破れたり穴が空いたりしてボロボロだった。

 言われてみれば確かにみすぼらしいかも知れない。


「旅人さんは葉っぱが好きなのでもっと葉緑素の詰まった服が似合うと思うのです!」


「どんな服だよ……」


 旅人はいくら人里離れた森の暮らしとはいえどこかの原住民のような腰みのを着るなどまっぴらだった。


「ミノスケにお任せなのです! 旅人さんにぴったりのゴージャスな腰みのを作ってみせるのです!」


「嬉しくない……」


 本当に嬉しくない申し出に旅人はこの時ばかりはミノスケに人の心を読む能力がない事を残念に思う。 

 ミノスケの場合、悪意が一切ない分余計にたちが悪いのだ。


「まあ、ミノスケの作る腰みのも魅力的だけど、やはりここはその道のプロに任せるべきじゃないかな?」


 旅人に助け船を出してくれたのはカワセミだった。

 この大河の上流にはミノスケの仲間の種族で服作りの得意とする者たちが住んでいるらしい。

 今からそこに行ってみないかとカワセミは提案してきたのだ。


「むう、カワセミさんの言う通りです。ミノスケは不甲斐ないのです……」


 なぜか自分の服を作りに行く事になった旅人は正直微妙な気分だったが、大河の上流に住む服作りのプロというのがどんな存在なのだろうかと少し興味をそそられていた。

 この森に来てから常識外れのヘンな相手とばかりに出会ってきたが少なくとも悪意のある存在はいなかった。

 ミノスケの仲間という事もあり、きっと気の良い連中なのだろうと旅人は考えていた。


 しかし、その甘い考えは後に旅人を忘れ得ぬトラウマ体験へと導く事になるのである。




 旅人を背に乗せためだか号は上流を目指してぐんぐんと大河を遡っていく。


 広大な青一色の世界が初夏の日差しを浴びてキラキラと煌きながら後方へと流れ去っていく。


 旅人は冷たい水しぶきを浴びる度に身を縮こめていたが、降り注ぐ太陽の暑さの下ではとても気持ちの良いものだった。


 すぐ横ではカワセミに背負われたミノスケのはしゃいでいるのが見える。

 旅人はその姿の向こうにあるはずの対岸の様子が気になった。


「向こう岸はどうなっているんだろう……」


 川の中腹からでも天高くそびえる永久の森の巨木が見えていたが、対岸の気色は靄がかかったようにぼやけているように見えた。


「あっちは聖域の外だから、近付いちゃあだめなんだよ~」


「そうなんだ……」


 旅人はもしかすると向こう側に自分が暮らしてきた世界があるのかもしれないと考える。

 帰りたいとは思わない。

 そもそも帰る場所すらない。

 それでも自分がいなくてはならない世界はやはり向こう側ではないかと考える。


「ここにいて良いのかな……」


「いいんだよ~」


 旅人が自問すると下からめだか号ののん気な返事が返ってきた。


「お前に聞いてない……」


「なんくるないさ~」


「うるさいなあ、沖縄かよ……」


 旅人がめだか号とそんなやり取りをしていると、バタフライで泳ぐカワセミの背にロデオのように跨ったミノスケが前方を指し示して声をあげた。


「旅人さん! 見えてきたのです!」


 目を凝らせば川岸からせり出すように伸びた木の枝が大河の上で陰を作っているのが見えた。


 その木は高さこそ巨木ほどではなかったが、笠の広いキノコのように大きく横に広がっていて、旅人にはそれがまるで大きな緑色の雲のようにも見えるのだった。










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