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第10話 新たなる日々の始まり。

 洞の入り口から差し込む朝の光とごろごろと何かを擦るような物音に旅人は目を覚ました。


 目覚めて最初に目にしたのはオレンジ色したぶよぶよの塊だ。


 旅人はその気持ちの悪い塊に幾分不快感を覚えるも昨日の出来事が夢の中の話ではなかった事に思い至り安堵する。


 部屋の隅では黒髪を後ろで三つ編みにした小柄な少女が何やら一生懸命こねている。


 あちこち剥げかけた蓑を着たその姿は少しみすぼらしかったが、あんな髪型だったんだと旅人にはその事の方がなんだか可笑しかった。


「おはようございます旅人さん!」

 

 旅人が目覚めた事に気付いた少女が声をかけてくると旅人も挨拶を返して身を起こした。


「よく眠れたですか?」


「お陰さまで」


「それはよかったです。昨日あまりご飯を食べていなかったので心配したです」


「……」


 旅人は昨日たらふく葉っぱを食べさせられた事を思い出す。


「今日はミノスケ特製朝ご飯を作りにきたですよ!」


「……ああ、どうも」


 旅人は心遣いには感謝しつつも微妙な気分になる。

 特製という部分が殊更に微妙だった。


「お礼には及ばないのです!」


 ミノスケはそう言うと先ほどからこねていたソフトボールほどの大きさの深緑色した油粘土のような球体を旅人に差し出す。


「お召し上がれです!」


「……」


 旅人はミノスケの悪意の一切感じられないキラキラとした黒目で見つめられては仕方なしとそれを受け取った。


 ずっしりとした重量感はまさに油粘土で作ったソフトボールのようだった。


「安心するです。ちゃんとおかわりもあるのですよ」


 そう言うとミノスケは同様の球体をさらに二つ旅人の目の前の床に置いた。


「床に置くんだ……」


「はいです!」


 屈託のない笑顔でそう答えるミノスケに、きっと手も洗ってないんだろうなあと、旅人は心の中でぼやく。


 しかし親切心から用意してくれた事も分かっていたため、旅人は覚悟を決めて油粘土にかぶり付いた。


「……あれ? 意外とうまい」


 口にしてみると草餅のようなほのかな甘みのある食べ物だった。


「お口に合って良かったのです! 早起きして特別美味しい葉っぱと……じゅる。ドングリさんと大クヌギさんの樹液で……じゅるる。美味しそうなのです!」


 ミノスケは旅人が球体草餅を頬張る姿に涎が垂れてきて説明を途中で放棄した。


「ミノスケも食べたら?」


「い、いえ! これは旅人さんのために作ったものなのです! だから全部食べてほしいのです、じゅるり……」


「いや、涎出てるし。それにこれ一個で限界だよ」 


「おおー、それでは仕方ないのです! 旅人さんは小食さんだったのです! それではミノスケも仕方なくいただくのです!」


 ミノスケは嬉しそうにそう言うと球体草餅をむしゃむしゃと食べ始めた。


「むっ、美味しいのです。ミノスケは天才料理人さんかも知れないのです」


 自画自賛の言葉を口にしながら頬張るミノスケに苦笑しつつも旅人も食べ続けた。


 ずっしりとした質量は旅人が朝から食べる量にはやや多かったが素材の栄養を体が求めているように感じた。


「おや? 出遅れてしまったようだね」


 洞の入り口からカワセミが顔を覗かせる。肩に担いだ大きな網の中身ががらがらと音を立てている。


「おはようございますカワセミさん」


「やあ、二人ともおはよう。私もお邪魔させてもらっていいかい?」


「あ、はい。どうぞ」


 旅人が招き入れると、カワセミは担いでいた大きな網を引っ張り込むように入ってきた。


 網の中にはビーチボールほどもある大きなクルミや銀杏がいくつも入っていた。


「人間は生き物の死骸を焼いて食べるのが好きだけど、この地は殺生厳禁、火気厳禁なんだ。だから口に合いそうなものをいくつか見繕ってきたんだが、どうやら杞憂だったようだね」


 カワセミは二人が食べる球体草餅を見ながら、うんうんとなにやら納得する。


「旅人さんは葉っぱが大好物なのです」


「いや、そんな事は……」


 旅人は言いかけて、確かに葉っぱばかり食べてる気がするなと首を傾げる。


「カワセミさんもどうぞです。ミノスケ特製なのですよ」


 ミノスケが床に一つ残っていた球体草餅を差し出すとカワセミも「ではいただこうか」と優雅な動作で腰をおろす。


「私の採ってきた木の実も、小腹が空いた時に食べてくれると嬉しいな」


「いただきます、小腹が空いた時の量ではないけど……」


 部屋の片隅にうず高く積まれた木の実を見ながら旅人は礼を述べた。


 三人で食べる食事はとてもにぎやかで、見た目こそ微妙ではあったが旅人に満腹感と幸福感を与えてくれた。


 それまで旅人は食事は一人で気楽に食べるのが一番だと思っていた。


 しかし食事は誰かと食べた方が美味しいという言葉の意味を、その朝初めて理解したのだった。






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