第1話 未来を閉ざして。
青年はひたすらに歩いていた。
足の痛みも背負い袋が肩に食い込む痛みもそのままに、ただひたすらに歩き続けていた。
それは青年にとって儀式のようなものだった。
辛かった過去の記憶を忘れ去り、どうしようもなくなってしまった現実と決別する。
そして、溢れ出る全ての未練を断ち切るための儀式のようなものだった。
大げさな何かがあった訳ではない。
ただ人と争ったり、自分の意見を伝えたりする事が、少しだけ青年は苦手だった。
それだけの事だった。
青年が町を後にして二週間ほどの時が過ぎている。
わずかな蓄えで買い込んだ食料も底を尽きかけていた。
「いよいよかな……」
そう呟く青年の頬を夜の訪れとともに降りだした雨が濡らしていた。
目的地があるような旅ではなかった。
ただ、人の世に疲れた青年は人目に付かない場所を目指していた。
街灯の明かりが照らさない方へ、人の社会が踏み込んでいない舗装されていない道の先へと歩き続けた。
いつしか青年が辿り着いたのは草木が鬱蒼と生い茂る深い森の中だった。
背の高い木々が天上を覆い隠し、星の明かりすら届かない真っ暗な場所だ。
青年は雨に濡れた重い体を引きずるように木の根元へと腰を下ろす。
「ああ、良い場所だなあ……」
暗い森の中にはしとしとと草木を濡らす雨音と、起きるのが少し早すぎた夏の虫達の鳴き声だけが儚げに響いていた。
青年は背負い袋から、いよいよ最後の一つとなってしまった携帯食を取り出すとじっと見つめる。
「これが最後の晩餐か……」
その時ふと、青年は近くの草むらから何か気配のようなものを感じた。
這うようにして近づいてみれば、そこには小さな祠が隠れるようにひっそりと祀られていた。
「……」
青年はしばらくその祠を見つめた後、小さく手を合わせて最後の携帯食をお供えした。
既に願う言葉も、祈る言葉すらも失くしていた青年は、木の根元に戻ると再び静かに目を閉じた。