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03 全身タイツと野球


 好奇心と猜疑心を天秤にかけるた場合、考えるまでもなくお馬鹿な脳筋高校生なんてものは、圧倒的に好奇心が重くなるに決まっている。

 考えるよりも先に、身体が動くように作られてしまっているものなのだ。

 その結果がこれだ。


 そう、未知との遭遇である。


 はてさて、異星人との遭遇のチャンスに巡り合わせた俺の取るべき行動は何なのか?

 ET宜しく、友好を結ぶべきなのか?

 それとも……。

 きっと、それを決めるのはこちらではなく相手に違いない。

 一介の高校生である俺などに、世界的ファーストコンタクトの選択権などあろうはずもないのだ。


 俺の眼下十数メートル先には、謎の銀色のUFO。

 そしてその中には、きっと宇宙人がいるに違いない。

 いや、まぁ無人の偵察機的なものという考えも捨てられないけれども、俺の普通の男子高校生としての野生の勘が、絶対宇宙人がいると囁いている。

 

『女の感よ!』


 なんて言葉はよく聞くが、普通の男子高校生の感と言うのは、自分で言っておきながらビックリするくらいに信憑性のないものである。

 しかし、この時ばかりはこの普通の男子高校生の感は当たっていた。いや、当たってしまった……と悲壮感溢れる風に表現するほうがいいだろう。

 銀色の宇宙船から出てきたのは、耳の尖った美少女風宇宙人でも、クリクリお目々で愛玩動物的な宇宙人でもなく、《侵略者インベーダー》と形容するのがピッタリな存在だったからだ。

 地球の昆虫をイメージさせるテラテラとした質感を持った歪な肌? いや外骨格と呼ぶほうが正しいのか? 大きな目は明らかに人類とは違い、これもまた昆虫の複眼をイメージさせる。

 もしこの宇宙人が年頃の女の子だったとしても、俺はお付き合いするのは無理、完全に無理!

 それ以前に、どれが女でどれが男なのか判別すら付きゃしない。

 銀色のUFOから出てきた宇宙人は三人。

 鋭い下顎を震わせて、低周波のような音を出してコミニュケーションをとりあっているようで、『キュキュキュ』だの、『ギュルギュルギュル』だのといつた耳障りな音が、鼓膜に響いては背筋をゾワッとさせた。

 しかしこんな状況下でありながら、俺は思ったよりも落ち着いていた。心臓の鼓動だって、リズムを崩すことなく脈打っている。

 まぁ実際のところは、あまりにも現実ばれした光景に『これはきっと夢だ。夢に違いないんだ』と現実逃避をしてしまっているせいなのだけれども……。

 兎に角、俺は物音を立てることなく茂みの中に潜み続けることに成功していた。

 ここで、もし見つかったらどうなるだろう? といったネガティブな想像をしなかったことがパニックに陥らなかった所以かもしれない。

 大した動きのないまま時間にして五分ほどが流れた。

 俺は宇宙人と遭遇した翔子を残すために、スマホでの撮影を試みようとしたが、レンズを宇宙人に向けてみても、画面上にはノイズが走るだけで宇宙人の姿を撮すことが出来なかった。

 あれだろうか、宇宙船から発せられているナンタラカンタラ波が邪魔をしている、なんてそんな感じなのだろうか? SF映画とかではよくあるアレだな。

 等と、勝手に自分自身で納得すると、せめてこの奇妙な音声だけでも録音しようとボイスメモ昨日を起動させた。

 ちょうどその時である。

 

「よくもまぁ、そんな宇宙船を使うような低レベルな文明しか持ってないくせに、しゃしゃり出て来てくれたわね」


 俺は目と耳を疑った。

 どこぞの特撮ヒーロー宜しく、昆虫型宇宙人の前に颯爽と姿を表したのは、地球人の女性! しかも、これまた特撮ヒーローのように身体のラインがくっきりと分かる全身タイツ姿の女性だったのだ!

 その全身タイツ? には謎の紋様が描かれていた、漫画などである魔法陣? そんなもののように見えなくもなかった。

 しかし、出るところはきっちりと出て、引っ込んでいるところはきっちり引っ込んでいる、素晴らしいプロポーションだ。少しばかり小柄なのが、トランジスタグラマーと言う具合で、むしろ個人的にはとても良い!


「ん……? ちょっと待てよ……」


 俺はこの声に聞き覚えがある。この少しばかりイントネーションのおかしい喋り方にも覚えがある……。

 まさか!?

 この時の俺は、自分が隠れていることも忘れてつい上半身を乗り出してしまっていた。

 そして、俺の予想は確信へと変化していった。

 いま目の前で、異形の宇宙人相手に啖呵を切っているのは、今日やってきた転校生に間違いないのだ。

 大きな眼鏡もつけていないし、一昔前の三つ編み姿でもなく髪を下ろしているが、転校生に間違いない。


『なるほど、女の子は髪型と眼鏡の有無だけで、これだけイメージが変わるものなのか……』


 自分自身でもわかっている。今はこんなことを考えている場合ではないと……。

 兎に角、全身タイツの転校生の登場に、宇宙人たちは一気に慌てふためきだした。

 

「あなた達に、アレは渡さないわ。とっとと尻尾を巻いて帰りなさいな!」


 どう見ても、外見だけで判断すると昆虫型宇宙人のほうが圧倒的に有利に見えるのだが、転校生のこの口ぶりは圧倒的上から目線以外の何者でもなかった。

 この状況で、どちらが正義でどちらが悪なのか? シンプルに外見から判断すれば、転校生が正義で、昆虫型宇宙人のほうが悪、と思えなくもないのだけれど、世の中ってのは侮れない様に出来ている。もしかすると真逆なのかもしれない。

 そして気になるのは、転校生の言う『アレ』の存在である。 

 『アレ』とはいかなる物なのか? 

 と、想像を巡らせようとした時に、一人の宇宙人が口から謎の液体を吐き出しては、転校生に向かって吐きかけたではないか。

 咄嗟の事に回避することができなかった転校生は、その謎のドロドロとした液体を胸元に浴びてしまう。


「エロい!!」


 俺は思わず言葉に出してしまっていた。

 思春期真っ盛りの男子高校生なのだから、ドロドロとした液体を『アレ』と思って想像してしまうことは仕方がないことなのだ。

 しかし、胸元にかかったと思われたドロドロとした液体は、滑り落ちるようにすぐさま地面へと落ちてしまった。そして地面へと落ちた液体は、蒸気を上げながら地面を溶かしていき数メートルの大きな穴を作り上げた。


「そんなものが防御壁を破れると思ってるの? これだから原始人は困っちゃうわね」


 転校生はことさら胸を突き出して、自分の無傷さをアピールしてみせる。

 それがきっかけとなったのか、残りの二人の宇宙人は臨戦態勢に入る。

 節足動物のような節のある足で、人の域を軽く超えている跳躍を見せると、頭上から転校生に向けて牙を伸ばす。だが、転校生はそれを避けようともせずに、かかげた腕一本で受け止めてみせた。

 逆立ち状態で顎を押さえられた宇宙人は、そのままの姿勢で固まってしまい、手足をバタバタともがかせる。その仕草はひっくり返された亀を思わせた。

 どう見ても腕力があるとは思えない華奢な腕が、どうやって百キロ以上はあると思われる宇宙人を片手で支えているのか、俺の理解の範疇を超えていた。

 しかし、転校生が頭上に的に気を取られている間にも、矢継ぎ早に残りの二人が手に鋭利な突起物を持って左右から襲いかかる。


「危ない!」


 俺は馬鹿だ。脳みそが機能していない馬鹿だ。

 とは言え、目の前で転校生が、しかも女子が刺されそうになっている。こんな展開を見せられては、男としては体が勝手に動いてしまっても、仕方がないというものだ。

 気がつけば俺は茂みの中から駈け出して、どう考えても場違いな場所に自分の身を投げ出してしまっていた……。

 

「シールド全開!」


 転校生の口がその言葉を発すると同時に、強烈な発光現象が巻き起こる。

 宇宙人の一人がその光から逃げるように、大きく跳躍をしたのが見えた。これが俺が最後に見た光景だった。

 この後、光の中に包まれた俺は……全身が溶けていくのを感じた。

 


 ※※※※


 瞼がチクチクする。背中がチクチクする。あまりのチクチク加減に、俺は目を開ける。


「あれ? ここは……」


 瞼がチクチクしていたのは、朝日に照りつけられていたせいであり、背中がチクチクしていたのは、雑草の上に寝転んでいたからだった。


「えっと……」


 俺はどうしてこんなところにいるのか、記憶の糸を手繰り寄せてみる。

 

「たしか俺は、マウンテンバイクに乗ってここまで来て、そんでもって流れ星を見て願い事をして……。そのまま寝ちゃった?」


 どうやら、寝転んで星を見ていてそのまま寝こけてしまったらしい。

 何やら変な夢を観たような気がするが、全く思い出すことが出来ない。

 

「やべっ! 急いで帰らないと親にバレるわ! それ以前に学校にも遅刻しちまう!」


 俺は急いでマウンテンバイクを止めてあるところまで駆け出すと自宅までの帰路についた。

 何がか喉に刺さった小骨ように引っかかるのだが、それを考えようとすると頭が痛くなるのでやめておいた。

 しかし、真冬の寒さの中あんなところに寝ていたというのに、不思議と身体は軽く絶好調だった。



 ※※※※


「はぁ……」


 俺は青空を仰いでグラウンドで大きなため息を付いた。

 なぜなのか?

 今の体育が授業が野球だからだ……。

 いや、野球は嫌いじゃない。バッティングだけならば今でもむしろ大好きだ。

 しかし、左肩がこんなになった状態では、大好きな野球も満足に楽しめることは出ない。

 

「元野球部員なんだから、頑張れよ!」


 との無責任なクラスメイトの言葉を退けて、俺は外野を守ることにした。

 キャッチングだけならばまともにすることも出来るし、山なりの緩いボールならば投げられないこともない。

 

 ――出来ることなら、ボールが飛んできませんように……


 そんなネガティブな願い事がかなったのか、授業終盤になってもボールが俺のところに飛んで来ることはなかった。

 俺はあまりの退屈さと、眠さに、大きなあくびをしていると……。


「おぉい! 星宮ほしみや! ボール行ったぞぉ!」


 最後の最後で俺のところにボールが飛んできたではないか。しかも、状況を確認してみると、ワンナウトでランナーが三塁。しかも同点の状況。

 

 ――あれか、あれだな、これはタッチアップをされて逆転負けで終わっちまうってやつか……。


 負ける……。そう思うと何だかしゃくに思えてきた。俺は難なくフライをキャッチすると、ものは試しとばかりに、おもいっきり振りかぶってボールを投げてみたのだ。

 無残にもボールは弧を描いて飛ぶことなく、その場にコロコロと力なく転がる……はずだった。なのに、ボールは矢のような軌道を描いて、キャッチャーミットに一直線に向かっていくではないか!

 ボールは見事キャッチャーミットにワンバウンドすること無くダイレクトに収まり、三塁から飛び出してきたランナーはアウトに。

 そして授業は終了のチャイムを鳴らした。


「痛く……ない。投げられる!?」


 俺は自分の左肩を、すこしばかり強引に回してみた。

 全く痛くない。何ともない。

 その時、昨日流れ星に願い事をかけたことを思い出した。

 俺の願い事は、叶ってしまったのだ!


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