02 昂凪翼と夜空
真冬の寒さが俺の身体に染み渡る。
俺は肩をすぼめながら、マフラーを持ってくればよかったと、今更どうにもならない後悔をした。
一人帰路につく俺を『寂しいやつだ』とか『友達いないのかよ?』とか思う人もいるだろう。
一人イコール寂しい、そう考える奴こそ想像力の欠如であり、友だちがいたとしても四六時中一緒にいるわけなど無いのだということを考えることも出来ない愚か者に違いない。
まぁ実際のところは、俺が野球漬けの高校生活を送っていたために、野球部以外での人間関係が驚くほどに乏しくて、今や帰宅部となってしまった俺には悲しいくらいに交友関係が少ない、というのが事実なのである。
とすると、俺は『寂しいやつ』だし『友達のいない奴』でもあってしまうわけだ。
まぁまぁ、そんな悲しいことを考えて帰り道を歩いていても、軽く死にたくなるだけなので、他のことを考えて歩くことにしよう。
そうだな、俺が好きだったと思われる『昂凪翼』の話でもしよう。
三百六十度どこから見ても元気で構成されている昂凪翼だが、アイツも俺が肩を壊したのと同時期に大きな事故にあっている。どんな事故だったのかはよく知らないが、命にかかわるようなスゲェ事故だったことだけは聞かされている。それなのに、この元気百パーセント女は、傷一つ残すこと無く見事に生還してのけたのだ。まさに奇跡だ! と病院の医者が腰を抜かしそうになりながら言ったとかどうとか……。とは言え、事故のショックで幾らか記憶の混濁はあったらしく、暫くの間は入院をしていた。
「お? お互い怪我人じゃん! 仲間、仲間!」
偶然病院の中で会った時に、背中をバンバンと叩きながら、昂凪翼は満面の笑顔でそう言ってきたのだ。
昂凪は俺の肩のことを知ってはいたようだ。みんな腫れ物にでも触るように、『大丈夫か?』『頑張れよ』等と神妙な顔つきで言葉をかけてきたのに比べて、この昂凪のなんと豪壮な事か。
その時の俺は、左肩がダメになったことで、下手したら自殺を考えていたかもしれないレベルの落ち込みように突入していたのだが、こいつの元気パワーに当てられて踏みとどまることが出来た。と、そこまで言ってしまうと言い過ぎではあるけれど、嘘ではないのだ。
余談ではあるが、昂凪には双子の姉がいる。
ほとんど面識はなく、何度か廊下ですれ違ったくらいだ。なぜ面識が殆ど無いのに、すれ違ったくらいでわかるのかというと、双子故に顔立ちが似ているのからだ。
しかし、顔立ちは似ていても性格は全くの正反対のようで、妹に元気パワーを全て吸い取られたかのように、大人しい感じの人だった。悪く言えば弱々しい感じがする。
あれだ、放課後図書館で本なんかを読んでいるのが似合うタイプといえばわかりやすいだろうか。
そんなことを考えているうちに、俺は自分の家へと到着する。
どうでもいい街並みを描写するよりは、女の子のことを考えている方がよっぽどマシだろ?
※※※※
「よし!」
家に帰った俺は、机に向かって勉強を……始めるはずもなく。
もはや意味など無くなってしまったというのに、自室で筋トレを始めてしまっていた。
身体に染み付いた習慣っていうものはなかなか抜けてはくれないようで、野球部をやめた後でも筋トレだけは続けてしまっているのだ。
筋トレのメニューを終えて一息をつくと、母親の夕飯を知らせる声が響いた。
俺は夕飯をどんぶり飯で平らげると、脳みそを空っぽにしてソファーに寝転がり、くだらないテレビ番組にツッコミを入れたりしてみる。
そしてお腹が良い感じに消化を終えたかなぁというタイミングで、ジャージ姿に着替えるとマウンテンバイクに乗って家を飛び出した。
マウンテンバイクを漕ぐこと約三十分。
俺は街から少し外れた小高い丘にやってきていた。
ここにはちょうど良い感じの勾配のあるサイクリングコースがあるために、自転車を使っての足のトレーニングには最適なのだ。
とは言え、一番の目的はトレーニングではない。
この丘から見下ろす街の風景が綺麗だからだ。
大都会でもない俺の住む街は、まばらに電気の光が灯っている。交通量の集中する駅前の交差点でチカチカと点灯する車の明かりが美しく思えた。
ひとしきり街の風景を堪能した後は、俺は大の字になって草の上に寝転がり、星空を見上げる。
今度は吸い込まれてしまいそうな夜空の深淵と、星明かりに目を奪われる。
――ああ、こんなにたくさんの星があるなら、俺の肩を一瞬で治してくれる星もあったりするんだろうなぁ……。
そんな都合のいいことを考えながら星を見ていると、夜空に一つの星が流れるのが見えた。
流れ星は流れ落ちる前に三回願い事をすると叶うという。
俺はヒョイっとブリッジの体勢から身体を起こすと、神様にでも祈るように手を合わせる。
「俺の肩が治りますように!俺の肩が治りますように! 俺の肩が治りまちゅように!」
最後の一回は噛んでしまったが、これくらいはセーフだろう。
しかし、この流星はなかなかに粘り強いようで、俺が三回言い終えてもまだ流れ続けていた。
「うーむ、まだいけるのか……。ならば……可愛い彼女が出来ますように! 可愛い彼女が出来ますように! 可愛い彼女が出来ますように!!」
なんと俺は強欲にも二個目の願い事に突入したのだ。
しかししかし、二個目の願い事を言い終えても、流れ星の野郎は未だに流れ続けている。それどころか、だんだん大きくなってきてるような気がしないでもない……。
あれ、それ以前に何かこっちに向かってきてないか!?
そう気がついた時には時既に遅かった……。
流れ星だと思った物体は、あきらかに不思議な軌道をとりこちらに向かってきているではないか!!
俺はポカーンと立ち尽くしてしまった。
そんな俺の頭上を、流れ星は轟音とともに通りすぎては、数十メートル先の茂みの中に落ちていった。
俺は耳を抑えながら、
「なんだこれ……」
ここで俺の取るべき選択肢は、すぐさまここから逃走する。これがきっとベストな選択に違いないはずだった。だが、俺の好奇心はムクムクと起き上がってくると、自然と足をその流れ星の墜落現場へと運ばせてしまっていたのだ。
俺は茂みをかき分けながら、一直線に流れ星の墜落現場へと向かう。チクチクと木々が衣服に突き刺さったが、そんなことは今は微塵も気にはならなかった。
そして、茂みの数メートル先から眩いばかりの光が漏れ出ているのを確認すると、俺はそこで足を止めて身を低くすると辺りをうかがった。
そこで俺は見たのは……銀色に光り輝く涙滴型の宇宙船? だったのだ。