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01 転校生と俺の左肩

 

 やれ青春がどうだとか、こうだとか言うけれど、俺達にとっては青春なんてモンはただの日常でしか無い。

 青春にこだわる奴ってのは、昔を懐かしがってる奴に違いない。

 高校生なんてもんは、『うわー青春してるわ−』なんて思いはしない。

 ただ学校行って、部活してるだけで、何か特別なのかよ? 

 更に恋なんかしちゃった日にゃ『うんうん、青春だね』なんて言われてさ。

 それってただの普通の生活だろ? 違うの?

 もしそれが違うのだとすれば、歳をとって青春なんて言葉を使うようになるのは、少し怖いと思えてしまう。

 友人とも過ごせずに、恋もできずに、何にも打ち込めない。

 そんな日常を学生生活の数十倍もの時間を過ごすのかと想像するだけで、鳥肌の一つも立つってもんだ。

 

 つまるところ、花の命が短いように、青春なんてもんもきっと短いものなのかもしれない。

 

『うわー、やべぇ、俺自身が青春について語っちまったよ……。我ながら気持ち悪い事この上ないわ』


 そんなことを考えながら、教室の窓から真っ青な空を見ていた俺だった……。

 まぁ始業前の時間なんてものは、ボーッとしてるのが普通だ。

 んでもって振り返ってみると、教室の窓際の一番後ろの席に空きができている。

 とすると、これはきっと転校生とやらがやってくる前触れに違いない。

 俺の席は窓際の一番後ろからひとつ前の席だ。

 始業のチャイムが耳障りに鳴り響くと、担任の教師が教室に入ってくる。

 相も変わらずに冴えない顔をした教師は、『はぁ……』と小さくため息を付くと、気だるそうに口を開いた。

 

「えー、転校生を紹介する」


 俺の予想はどんぴしゃりだった。

 教師の言葉に呼応して、教室のドアが開く。そこからは少しおどおどしながら入ってきたのは、女子だった。

 少し古めかしい三つ編みにした髪型に、大きめの眼鏡。まだ着慣れていないであろう、うちの学校の制服姿は、サイズが上手く合っていない様に見えた。俺の勝手な妄想だが、見た感じ小柄な彼女はきっと母親に『すぐに大きくなるんだから、大きめの制服にしておきなさい』なんて事を言われた口に違いない。

 少しダボッと制服を着た少女は、一生懸命に笑顔を作りながら俺たちに向かって挨拶をした。


「は、はじめまして、谷川咲たにがわさきです。よろしくお願いします」


 練習してきたような台詞を、一言一句間違わないように言いました。そんな感じの自己紹介だった。

 本人は上手く言えたと、小さくガッツポーズをしていた。

 ただ少し残念だったのは、イントネーションがおかしかったことだ。きっと、方言のある地方から引っ越してきたにちがいない。

 まぁそれはそれで、むしろ可愛らしい雰囲気を演出しているので、むしろプラス要素だと思えた。


 ――可愛い……? いや! ちげえよ? 少し可愛いとか思ったりとかしてないから! マジでして無いから! そんな一目惚れとか、何処の都市伝説だよ! あぁ、そんなのないないない!!


 俺は頭の中の妄想にワンツーパンチをくらわせる。ふざけた妄想はノックアウトされてテンカウントを迎えようとしていた。


「それじゃ、席は窓際の一番後ろの開いている所で」


 教師がそう言うと、谷川咲は小さく頷く。そしてその指図通りに少しぎこちない足取りで歩いて行く。

 クラスメイトの視線は、歩いている谷川咲に集中される。転校生ってのは目立ちたがりにはいいかもしれないが、内向的な奴にとっては辛い状況以外の何者でもないだろう。

 そして、俺の横を通り過ぎる。

 俺は敢えて目を合わさないようにした。

 後方にガタッという椅子を引く音が聞こえる。谷川咲が椅子に座った音に違いない。


 こうして新たな転校生を迎えて、銀之峰ぎんのみね高校二年二組の三学期が始まろうとしていた。

 

 

 ※※※※


 放課後。

 

 俺は教室を後にすると、野球部が練習しているグラウンドの横をワザと通る。

 この糞寒い中、白い息を吐きながら熱気ムンムンで白いボールを追いかけている姿は、マゾヒストに見えなくもない。実際、こういう特訓めいたものに快楽を感じている奴も居るはずだ。

 

 ……かくいう俺も、その中の一人だったのだから……。


 高校に入学して俺は、すぐさま野球部に入部した。

 

「希望のポジションはピッチャーです!」


 中学時代に野球をやっていなかったにも関わらず、俺はピッチャーを希望した。

 何故ピッチャーだったのか?

 それはとても簡単な理由で、カッコイイと思ったからだ。

 どうせ部活をやるならば、カッコイイ役割をやりたいものだ。まぁ、今まで野球をやったことがなかった故に、野球がどう辛いとか、ポジションにおける役割とかを、よく理解していなかったせいもあっただろう。

 

「あ、星宮じゃん! おーい!」


 グラウンドをボーッと見ていると、バックネット裏からぴょんぴょん飛び跳ねてこちらに向けて手をふるジャージ姿の女子がいた。

 その女子はこちらまで勢い良くかけてくると、俺の目の前で急制動をかける。後で結ばれているポニーテールがその反動で大きく揺れた。


「おっす! 何してんの? って、家に帰るところだよねぇ」


 俺の右肩をバシバシと叩きながら、テンポのよく大きな声で語りかけてくる。

 大きな目に、よく動く口。元気がいいとはまさにこの事だ。

 彼女の名前は『昂凪翼たかなぎつばさ』俺と同じ高校二年生で、野球部のマネージャをやっている。一に元気、二に元気、三四がなくて、五に元気と言う、元気がジャージを着て歩いているような存在だ。

 俺は右肩を為すがままに叩かれながら、苦笑いを浮かべると


「まぁ、家に帰って猛勉強でもして、一流大学にでも入ろうかと思ってな」


 と思ってもいないことを口に出してみせた。


「またまた、アンタの頭じゃ、ぜぇ〜〜〜ったいに無理だよ! 千円賭けてもいいよ!」


「なら、俺は無理な方に一万円賭けるわ」


「おいおい、それじゃ賭けにならないじゃん!」


「そういうこった」


 俺と昂凪は顔を見合わせて笑いあった。

 

「そっちは順調なの?」


「うん? 今年こそは甲子園だよ! それでさ……星宮は……部活に戻る気はないの……?」


「うん、まぁいまのところはな……」


 俺は左肩をゆっくりと回してみせた。


「そっか……」


 昂凪は俺の左肩に視線を向けると、一瞬だけ寂しそうな表情を見せた。けれど、次の瞬間にはいつもの笑顔に戻り、俺の両頬に手を当てた。


「まぁ、人生色々だからさ! お互い頑張ろうぜっ!」


 そう言って、昂凪は顔の形が変わるくらいに、頬を両手で押し付けると『それじゃ、わたしもいろいろ頑張ってくるね!』そう言って、グラウンドに走っていった。

 俺はそれを手を振って見送る。

 グラウンドで汗を流して練習を続ける部員たち。

 そんなマゾヒストな光景が羨ましく思える。

 俺も、この左肩さえ壊していなければ、きっとあのグラウンドの中で泥と汗にまみれていたはずだったのに……。


 俺が左肩を壊したのは、二年の夏だった。

 野球経験のなかった俺は、入部してからというものみんなとの差を埋めようと、必至になって練習した。オーバーワークは身にならないと教えられていながらも、『いやいや、俺はスゲェからやったらやっただけ伸びるに違いない』とか『特訓なくして勝利なし!!』なんて事を思って、ひたすらに練習を続けた。

 

『あれ、肩が痛いな……』


 そんな違和感を感じたのは、二年生になった頭だった。

 しかし、少し痛いくらいで練習をやめるなんて、それは根性無しのすることだぜ! なんて思ってしまったのが運の尽きだった。

 蓄積された疲労と痛みは、俺の左肩を確実に蝕んでいき、夏にはまともに投げられないまでに至っていた。

 こうして、俺は公式戦のマウンドに一度も立つこと無く、ピッチャーとしての命運を立たれてしまったのだ……。

 そして、俺は二学期の後半で野球部をやめてしまった。

 

 特訓してパワーアップなんてものは、結局漫画だけのものでしか無い。ちゃんと計算した練習方法が必要だったのだ。

 総括すると、『俺がバカだった!』これに尽きてしまう。


 俺は名残惜しさを感じながら、グラウンドを後にして校門を出て行く。

 ちなみに、ちなみになんだが……俺は昂凪のことが好きだった。いや、今も好きなのかもしれない。

 あいつに褒められたいがために、頑張っていたような気がしないでもない。

 そんなあいつは、今のエースピッチャー様と付き合っているという噂を耳にしたことがある。

 

「はぁ……。エースピッチャーはいいよなぁ。俺だって、惚れるならエースピッチャーがいいわ……」


 そんなことを思いながら、俺はトボトボを帰路につくのだった。

 

 

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