最強転生者はかませ犬!? 体験版
今更ですが私の作品集は、世界観を共有しています。
ですので、「俺はこの世界で」にて登場している存在も登場します。
分からない方は、「裏側の人物なのか?」とでも思っていて下さい。
では、どうぞ
『……え?自動転生ですか?』
『みたいだね。『冥界』を通さずに転生する。極稀な例らしいよ』
真っ黒な空間にて、二人の女性が話し合っていた。見た目だけで言えば、大人と子供の会話に見えるだろう。
大人の女性は、その髪の毛を黒から紫色に変えながら、口を開いた。
『……で、その人の事はどうすればいいのでしょうか?』
手を自分の頬に添えながら、女性は首を傾げる。
それを見た白髪赤目の少女は、ケラケラ笑いながら口を開いた。その仕草は子供のそれと同じで、とても1000年近く生きている神とは思えない。
『やっぱりリィニアはそう言うよね。…まぁ、放っといて大丈夫じゃないかな?転生の影響でそれなりに記憶は消えてるだろうし、いざとなれば向こうの世界に居る神に頼めばいいしね』
『はぁ…世界を管理する神がこんなのでいいのでしょうか?』
大人の女性の髪が灰色になる。今、彼女は困惑していた。
彼女は責任感が強い神だ。だから、その異常事態を放置して良いのかという考えを持っていた。
その問いを聞いた白髪の神は、少し意地悪そうに返事をした。
『そうは言ってもさ、ここからじゃ僕たちには何も出来ないよね?』
『……まぁ、その世界の神に連絡でも入れておきますか。…どこの世界ですか?』
リィニアの髪が黒に染まる。どうやら、冷静さを取り戻したようだ。
『えーっと、『第4世界』だね。ディサーグが居る世界で、転生者の名前は……寺門銀里』
『分かりました』
リィニアは、知り合いの神の顔を思い浮かべながら、連絡を取り始めた。
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「どうしてこうなった」
俺の目に入っているのは、焼き払われた草原だ。足元を見れば、俺の周囲だけが被害がないことを確認出来る。
次に、辺りを見回す。周りに生物は居らず、植物が今も燃えていた。そのせいで、煙が発生していた。
だが、その煙も俺の周囲には届いておらず、薄い膜のようなもので遮られている。
何をしていいか分からなくなった俺は、取り敢えず俺の後ろで呆然としている少女に手を差し伸べた。
「あ、えーと、無事か?」
「え、あ、はい」
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少し、話を戻そう。
突然だが、俺は死んだ。確かに死んだ。トラックに跳ねられて死んだ。
知り合いの名前とかは忘れてしまったが、まぁ転生時のショックとでも考えればいいだろう。
まぁ、とにかく死んだのだ。
だというのに、気付けば森に居た。寝転がっていた。
死後の世界にでも来たのかとも思ったが、そんな雰囲気ではない。俺はとりあえず近くの水溜まりまで行って、自分の顔を確認した。何故そうしたのかと言われれば、何となくとしか言い様がない。
……で、絶句した。
別に自分の顔が醜く歪んでいたとか、逆に超絶なイケメンになったわけでもない。
俺が自分の顔を見た瞬間、頭の中にこんなものが浮かんできたのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
氏名:ギンリ・ジモン(寺門 銀里)
種族:人間
異能力:【識別の魔眼】
【全属性完全適正】×100
【身体能力超補正】×100
【魔法能力超補正】×100
【耐性超補正】×100
【自動回復】
【上限決め】
【限界突破】
【運命の前座】
危険度:皆無
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
どうみてもステータスです。本当にありがとうございました。
なんて、現実逃避にも似た感情が湧いてくる。
取り敢えず、【識別の魔眼】とかいうのに意識を集中した。すると、説明が流れてくる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【識別の魔眼】
対象に意識を向けることで、その者の名前、種族、異能力、魔眼保有者から見た危険度を知ることが出来る。
適正・補正系異能力は、熟練度の数値が高い程能力補正値が上昇する。最高100。
初回は自動発動。以降は任意発動。
この能力は、如何なる隠蔽、隠密系異能力も看破出来る。ただし、運命補正系異能力は看破不可能。
尚、魔眼という名称だが視界の外のステータスを見ることも可能。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
……成る程、このステータスのようなものは、この能力から来ているらしい。
【全属性完全適正】や【身体能力超補正】などは見なくても大体分かるから、後回しにする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【自動回復】
自動で傷が回復する。ここで言う傷は、物理的、魔法的なものだけではなく、一種の呪いや魂を縛る制約など、老化を除く全ての負傷、能力低下を回復する。
回復力は魔法能力に依存。
【上限決め】
自身の力に制限をかけることが出来る。
解除も可能。
【限界突破】
限界を超えて成長出来る。修行が必ず実を結ぶ能力。
一時的なら、限界を超えて体を強化することも可能。
【運命の前座】
とある相手と戦う時に限り、全異能力が使用不可能となり、全能力がその相手より圧倒的に劣る。
この異能力はどんな異能力をもってしても打ち消せず、この異能力による能力減少を他の存在に知られることはない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
………え?
俺は自分の頭を疑った。もう一度、【運命の前座】を見る。
だが、表示が変わることはない。
「……な、なぁあああああぁぁぁぁああ!!?」
最初にステータスを見たとき、正直言ってチートモノの転生かと思っていた。
この世界の基準なんて知らないが、それなりに上位の部類だろうと思う。適正・補正系異能力にどんな種類があるのかは知らないが、どれも最大値なのは間違いなく大きい筈だ。
筈なのだが……。
「どう見てもかませ犬じゃないか…」
最後の能力で全て台無しである。
───かませ犬。
大口叩いて実は弱い奴のことを一般的には指す。
例を上げるなら、ファンタジーモノの小説でやたらと粋がる冒険者や、悪役に挑んであっさり負ける奴とかだ。俺の偏見だが、ゲームモノなら、「あのボスモンスター強すぎんだろ!?」みたいに死に戻りしたあとに愚痴を言う一般プレイヤー。ファンタジーモノなら「ここにあんなモンスターが出るなんて、聞いてねぇよ!」なんて状況をかいつまんで説明しながらモンスターの餌食になったりする冒険者がメインだ。
似たような言葉で当て馬とかもあった気がするが、俺は聞きなれていないのでそっちは使わない。
まぁ、何が言いたいかと言うと、だ。
「絶対今死亡フラグ建ってるよ……」
「とある相手」が誰を指すのかは分からないが、このパターンは不味くないだろうか?
その相手が模擬戦とかじゃなくて本気で殺しにかかってきたら軽く死ねる。
そんな感じに早くも絶望しかかっていたとき、女の子の悲鳴が聞こえてきた。
「誰か、助けてっ!!」
迷ったのは、一瞬。
俺は殆ど本能的に、声の場所に向かって飛び出した。現実(正確には前世)ではありえない急な加速が俺を襲うが、それに対する恐怖や痛みはない。まだ飛び出したばかりなので何も言えないが、車酔いみたいな症状も今のところはない。
あまりの速さに、真横の景色が線となって後ろに流れる。だが、それでも前の景色ははっきり捉えられているようで、俺はタイミングよく障害物を避けながら駆けていった。
目的地に辿り着くのに、十秒も要らなかった。
視界に広がるのは四つん這いになりながらも逃げようとしている少女と、その少女を見て涎を垂らす、豚の顔をした大男。恐らくオークだ。
オークを見て、ここが前世とは違うということを改めて実感するが、それに感慨を抱いている時間はない。
オークは少女しか見ておらず、直ぐ近くに居る俺を認識しようとはしていない。
少女は、肩で息をして、左足を引き摺りながら逃げていた。目には涙が浮かんでいる。
俺は一回ジャンプし、オークと少女の間に割って入った。
「……え?」
「グリュ?」
オークも少女も驚きの声を上げるが、俺はそれを無視して手に力を込める。
魔法の発動方法なんて知らないが、それは自分の異能力がどうにかしてくれることを信じて、俺はただ、イメージをした。
炎の剣。全てを焼き付くし、薙ぎ払うような剣。普通はあり得ない、存在しえない、物語だけの産物。
それを今、創造する。
「えっと……《薙げ!炎・剣型》!」
俺の声に答えるかのように、俺の右腕から炎の剣が生える。光が強くてどれだけ大きいのかは分からないが、俺はその剣を力の限り横に一閃する。
その瞬間、森が吹き飛んだ。
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…………で、今に至る。
俺は少女を立ち上がらせたあと、もう一度森だった所を見た。
やはり何度見ても目の前の光景が変わることなんてなく、俺の視界にはただ荒原が広がっている。
それにまた俺の現実感が消えていくのを感じながら、妙に納得した。
(俺、最強かも)
当然であるが、まだ確定したわけでもない。
だが、これだけの力を易々と使っておきながら全く疲労感を感じない。これは凄いことではないのだろうか?
自信を持ちたかった俺は、内心で申し訳ないと思いながら少女のステータスを覗いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
氏名:シャーラ・ヘロイック
種族:エルフ
異能力:【水属性適正】×20
【光属性適正】×27
【魔法能力補正】×17
危険度:皆無
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
………よし!やっぱり俺は強い!
この少女のステータスがこの世界でどのレベルなのかは知らないが、彼女を基準にすると、俺は間違いなく最強だと言っていいだろう。
そんな感じに脳内で舞い上がっていると、少女が話しかけてきた。
「あの、ありがとうございます」
「え、あぁ。どういたしまして。そっちは大丈夫か?」
確か、足を引き摺って逃げいていた筈だ。
俺は少女の両足を見ながらそう言うと、少女は明るく笑いながら返事をしてきた。
「この足は……大丈夫です。ちょっと擦り剥いちゃってですね」
「?」
擦り剥いた。
そんな彼女の言葉を聞いた瞬間、急激な違和感に襲われた。
なんと言えばいいかは分からないが、何となく彼女が嘘を吐いている。そんな感じがしたのである。
そう思ったらすぐに行動するのが俺の人間性だ。
「お前、嘘吐いてるだろ。ちょっと足見せろ」
「あ、押さないで……痛っ!?」
少女のた肩に手を置いて、そのまま下に向けて力を込める。
普通なら全然耐えられる程度の力にも、彼女は耐えられなかったようだ。ケガをしていない右足を折り曲げて、その場に倒れこむ。
少女の左足を見ると、大量の血に塗れている。どう見ても、擦り剥いただけで流れる血の量じゃなかった。
…..で、それが分かったところで、俺はどうすればいいのだろうか?
消毒液なんて持ってないし、包帯のような物もない。少なくとも、現代的な治療方法はこの場で行えなかった。
俺が治療方法に悩んでいると、少女の両手から白い光が放たれた。それからは何となくだが、癒しの力を感じる。
だが傷が深いのか、彼女の力が足りていないのか、傷が治まる気配はない。
…..あ、そうか。
魔法があるじゃないか!
それを理解できた俺は少女の目の前に座って、癒しをイメージしながらそれっぽい名前を呟いた。
「《癒せ、光・治癒型》」
俺の手から眩い光が放たれる。眩しすぎるので目を逸らしてそれを続ける。
一瞬してから少女の足を見ると傷がすべて消えていた。だが、相変わらず血塗れた足はそのままだ。
「待ってろ。洗い流すから。…《放て、水・無型》……うわっ!?」
「きゃっ!?」
だからその血を洗い流そうとしたのだが、加減を間違えてバケツをひっくり返すような勢いで水が溢れてしまった。
結果的に血は洗えたが、お互いびしょ濡れになってしまった。
「……悪い」
「いえ、元はと言えば自分の過失ですから」
そんなことをしてしまったにもか関わらず、彼女は笑顔で許してくれた。
暫く、沈黙が続く。
俺はじっと少女を見ていた。
背中まで伸びた長い白髪は、俺が知っている老人特有の老いを感じない。今も風に流されていて、見るだけでさらさらとしているのが伺える。
つぶらな瞳は、流水のような澄んだ水色だ。まるで穢れを知らないような目。大袈裟かもしれないが、この目だけで彼女を見る価値は上がるだろう。
【識別の魔眼】で表示された『種族:エルフ』を象徴するように、小さく尖った耳が髪がなびく時にチラリと見える。
顔だけ見ても、相当美人だ。こんな綺麗な女の子と直ぐ近くに居ることを今更意識して、俺は息を飲んだ。
俺は、視線を顔から下へ向けた。
間接部を稼働させやすくするためか、肩から先に服はない。胴体にも胸以外に金属部分はなく、他は革製だ。
腕は細いが、病的な感じはせずに、艶があり至って健康的である。腰には綺麗なクビレがあった。
俺は、更に下へと視線を移す。
これも動き易くするためなのかは知らないが、ズボンではなくスカートを履いている。
右の太股にポーチが取り付けられていて、そこにはナイフのようなものが刺さっていた。
足も太すぎず、細すぎずで丁度いい。狙っているのかいないのかは分からないが、黒いニーソとスカートが生み出す絶対領域も絶妙で、男の目を惹くだろう。少なくとも、俺は惹かれる。
そんな感じで少女の姿を隅々まで観察していると、二歩程後退りされた。
不思議に思って顔を見ると、少し恐がっていることが窺える。
「あ、あの……助けて頂いたのは嬉しいのですが、そんなに、見ないで下さい」
(………あ)
あまりにも可愛いから魅入ってました、なんて事は言うべきではないだろう。初対面の人に「君可愛いね」なんてナンパじみたことを、俺はしたことがない。
だが謝るにしても何にしても、理由が必要だ。
と言っても、言い訳は全然思い付かない。俺は気恥ずかしさを抑えながら、素直に白状した。
「あー、いや。……お前みたいな奴、見たことないから……魅入ってた」
「……魅入る、とは、どういう意味でしょうか?申し訳ありませんが、学舎へ通えなかったので分かりません」
(そのパターンか!?)
まさか、魅入るという言葉が通じないとは思わなかった。
直接的な表現を避けるためにほんの少し、ほんの少しだけ難しい言葉を使ったのが裏目に出た。
俺は「魅入る」の意味を教えながら、再び言い直した。
「魅入るっていうのは、良い意味で目が離せなくなるっていう事だ」
「……はい」
「つまり、俺はお前が可愛いから、お前から目が離せなかったんだ」
「……え、あ、あの!その…。い、いきなりそんな事言われても、心の準備が…」
「いや待て。別に告白した訳じゃないぞ!?」
予想通り。いや、予想以上に、彼女は照れた。
その白い顔を赤く染めて、頬に手を当てて首を振っている。
その挙動を見た俺は、彼女が誤った解釈をしていることを察して慌てて訂正を入れた。
「…そ、そうですよね!いきなり告白なんて、おかしいですよね!」
「まぁな」
彼女が冷静さを取り戻したので、俺はもう一度辺りを見回す。
別にまたあの荒原を見たい訳じゃない。街を探しているのだ。この世界のことを知るにも、宿に泊まるにも、街に行かなければ始まらない。
俺は彼女に向き直り、問いかけた。
「……なぁ、街ってどこにあるんだ?」
「え?」
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「ギンリさんって、別の国から来たのですよね?」
「まぁな。特徴がありすぎて何を言えば良いか分からないけどな」
俺と少女は、互いに自己紹介してから街へ向かって歩き出した。
まぁ、シャーラの名前はステータスを覗いた時に知っていたのだが、それを言うべきではないだろう。
……で、肝心の自己紹介だが、俺は別の国の人間だということで無理矢理押し通した。異世界から来ましたなんて言っても信じてもらえるか微妙だし、強ち嘘でもない。
シャーラは、所謂新米冒険者らしい。父親は戦死して母親は病気で寝込んでいるので、今までは酒場でアルバイトをしていたようだ。
最も、それは今でも続けているらしい。冒険者としての稼ぎの一部を酒場に払って、冒険が終われば酒場で働いているそうだ。うん、相当の働き者だな。
因みに、宿もその酒場を利用しているそうだ。シャーラ曰く、「ちょっと行き過ぎだけど優しい場所」との事だ。
酒場ではそこそこ儲かっているらしい。それにも納得出来る。酒場がどんな雰囲気なのかは知らないが、シャーラが居るならそれだけで入り浸る男もいるだろう。
シャーラ自身はそうは思っておらず、「これも『ウィルヘイム亭』のお酒が良いからですね!」と言いながら酒場の自慢をしていたが。
「そうですか……。あの」
「なんだ、シャーラ?」
シャーラから聞いた情報を整理していると、シャーラが声をかけてきた。
返事をすると、シャーラは俺の前まで走って頭を下げる。そして、俺にお願いしてきた。
「ギンリさん。私を弟子にしてください!」
「……は?」
予想外の言葉に、俺の頭はフリーズしかける。
まさか、目の前の少女から「弟子にしてくれ」なんて言われるとは思わなかった。
俺は動揺を隠そうともせずに、シャーラを拒絶する。
「いや、無理だって!俺だって今の今まで自分の力を知らなかったんだからな!?」
「お願いします!私に出来ることなら何でもしますから!」
「え、何でも!?……ってそうじゃなくて、そもそも俺は教える自信すら…」
「私の近くで、その戦いを見せて頂くだけです。だから、お願いします」
そう言いながらシャーラは顔を少しだけ上げる。多分、断られるのが恐いのだろう。顔はどちらかと言えば俯き気味だ。だが俺の返事をちゃんと聞きたい気持ちもあるのか、目だけは俺を見据えている。
言ってしまえば上目遣いだ。こちらが目を逸らしたくなるほどに、可愛い。
元々シャーラと関わることが嫌じゃなかった俺に、この上目遣いに打ち勝つ力は無かった。
返事は……言うまでもないだろう。
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「師匠、着きました!ここが『ウィルヘイム亭』です」
「ここが……思ったよりも綺麗だな」
冒険者が集う酒場だというからもっと荒れた所を想像していたのだが、どうやら違ったらしく見た目は小綺麗だ。
扉の上には、力強さを感じる筆圧で『ウィルヘイム亭』と書かれている。
扉には看板があって、『酒場:空席 宿:空席』と掲げられていた。
「師匠、早く入りましょう!」
「ちょ、シャーラ!?引っ張るなって!?」
シャーラは俺の手を引きながら、酒場の中に入っていった。
「お帰りシャーラ。今日は早かった………ね」
酒場に入ると、恰幅のいいおばちゃんがシャーラを迎え入れていた。それと同時におばちゃんの目が俺の目と合う。
おばちゃんは少しフリーズしたあと、手に持っていたお盆を落とした。
ゴトッと大きな音が酒場に響くが、他の冒険者が酒を呑んで騒いでいるためか、その音に反応する者は誰も居ない。
だが、おばちゃんの次の発言に、酒場が静まり返った。
「シャ、シャーラが男を連れてきたよぉぉぉおおお!?」
思いっきり動揺した声を聞いた冒険者たちは少しの間沈黙する。
ほんの少しの静寂の後に、けたたましい騒音が響いた。
音の出元は、さっきまで仲間と語り合っていた冒険者たちだ。
「シャーラちゃんに男が!?」
「こりゃめでてぇ!酒だ、酒持ってこい!!」
「とりあえず飲めや、歌えや!今日は俺の奢りだー!」
「マジか!?嘘じゃねぇよな!?」
この光景だけ見ても、シャーラがこの冒険者たちに愛されていたのは、何となく分かる。
まぁ、ただ単に酒を飲みたいだけなのかもしれないが。
冒険者はさっき以上に騒がしくなり、あるものは歌い、あるものは飲み、またあるものは、財布を確認したりシャーラを見たりしながら涙を流している。
冒険者たちをボーッと見ていると、おばちゃんに背中を押された。
「座りなって。主役はあんたたち何だからさ」
「あ、はい」
無理矢理俺とシャーラは隣り合う席に座らされて、向かいにおばちゃんが座る。
そして、にやつきながら問いかけてきた。
「…で、あんたはシャーラのどこを気に入ったんだい?」
「お、女将さん!ギンリさんはですね……」
「恥ずかしがらなくていいんだよシャーラ。大方危ない所を助けて貰って、一目惚れしたんだろう?あんたも運が良いねぇ。シャーラみたいな出来た子とお近づきになれてさ」
「はい、正直シャーラと関係が持てて良かったと思ってます」
「師匠も恥ずかしいからからかわないで下さい!」
こういう騒ぎは結構好きだ。
なのでこの場の勢いに任せてシャーラをからかう。シャーラは顔を真っ赤にしながら怒ってきた。
それが余計可愛く見えて、俺は更にからかってしまう。
俺は、シャーラの肩に腕を回した。そしてそのまま、こちらに引き寄せる。
シャーラは一度だけ肩を跳ねさせたが、直ぐに俺にその体を委ねてきた。彼女の腕が俺の体に密着し、彼女の温もりや匂いが伝わってくる。
「……ぁ、ぅ」
………正直、凄く恥ずかしい。
やり過ぎた感は否めないが、やってしまった手前直ぐに放す訳にもいかない。俺はシャーラが自発的に離れてくれることを期待したのだが、当の本人は誰にも顔を見られないように俯いている。
俺は助けを求めておばちゃん改め女将さんを見た。
だが女将さんはにやつきを止めようともせずに、その場から立ち上がる。そしてカウンターまで歩いて行って、こちらに鍵を投げ渡してきた。
「シャーラの部屋の鍵だよ。優しくしてあげな」
「────っ!?ち、違うんです!これは……」
「別に隠さなくても良いじゃないか。防音はしてあるから、気にする必要はないよ。さぁ、行った行った!」
俺とシャーラは無理矢理女将さんに背中を押され、シャーラの部屋まで連れていかれた。
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「ごめん、シャーラ」
「もういいですから、顔を上げてください」
シャーラの部屋にて、俺はシャーラに土下座していた。
祭りのような雰囲気だったのでつい……なんて言い訳は通用しないだろう。
「でも、俺のせいで余計な誤解が……」
「気にしなくても大丈夫です。私と師匠は、もう特別な関係じゃないですか」
「特別……って待て待て。その言い方は止めろ」
特別な関係と言われて、一瞬ドキッとする。
けれども直ぐに師弟の関係だと気づいて、安堵すると同時に悲しくなった。
別にシャーラのことを好きだと思っている訳でもないが、遠回しとはいえ自分を恋愛対象として見ていないような言い方は少し傷付く。
「ま、まぁ折角ですし、師匠!」
そんな感じでへこんでいると、シャーラから声が投げかけられた。
顔を上げると、シャーラが少し照れながら手を差し出している。
「一緒に冒険行きませんか?私、一人は不安で……」
「元々そう言う約束だし、気にしなくて良いぞ」
俺はシャーラの手を取って、そう宣言した。
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黒い空間。
世界の中で最も強い存在と死した霊魂以外の存在を否定された世界で、初老の人物が少し楽しそうに呟いた。
背後には、白髪赤目の少女が床の無い空間に椅子を作り出して、腰かけている。
『………ほう、強いな。我と同格か、それ以上か』
『リィニアも驚いてたよ。まぁ銀里は並の神よりも強力な力を持ってるから……驚くのも無理ないね』
『よく言う。我よりも遥かに強力な、規格外の神が』
規格外の神。そう言われた少女は少し困ったように口を開いた。
どうやら、自分が規格外と呼ばれるのが気に入らないらしい。
『そんな言い方止めてよ、ディサーグ。僕は精々最強クラスだよ。大体、僕が規格外なら破壊神や創造神は何なのさ?』
少女は二柱の神を思い浮かべながらディサーグに問いかける。
その顔には苦笑が浮かんでいた。いつもけらけら笑い、余裕の表情を見せる彼女にしては珍しい。
それほどまでに、破壊神と創造神は規格外なのだ。
……以前、破壊神のくしゃみで世界一つが吹き飛んだ。それを創造神が一瞬で直した。
きっと創造神が居なければ、この世界群は全て破壊されつくしているだろう。尤も、その事件以降破壊神も【上限決め】を使い始めたようだが。
それをすぐ側で見たことのある存在からしてみれば、何故彼らが語り継がれないのか不思議なくらいだ。
少女の心情を察したのか、ディサーグは小さく溜め息を吐いた。
『ブレイトスとメイナー……奴ら程自由な神を我は知らんぞ』
まぁ、その神々は今頃世界群のどこかでひっそりと過ごしているのだろうが。
ディサーグは、自分の世界に破壊神たちが来ていないことを幸せに思った。
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あれから一ヶ月くらい経った。
俺とシャーラの仲は急激に深まり、遂に大人の階段を───なんてことはなく、俺たちは普通に冒険者として活躍している。
……というか、シャーラの適正・補正系異能力のレベルが全部50を超えた。
かくいう俺も【限界突破】のお陰なのか、【全属性完全適正】【魔法能力超補正】のレベルが101になった訳だが。
今回も適当な雑魚魔物の討伐クエストを受けて達成し、帰っている途中だ。
……うん。最初は《炎・剣型》で森を吹き飛ばさないように気を付けたものだ。五回目くらいで【上限決め】を使えば良いことに気が付いたのだが。
因みに、ちょっと前から短剣を使い始めた。装飾品として耐性上昇の指輪も付けている。必要ないが、念のためだ。
それはそうと、今、俺は違和感を感じていた。
辺りを見回しながら首を傾げていると、シャーラが少し心配そうに話しかけてきた。
「師匠?どうしたんですか?」
「あ、いや。何でもないぞ」
ほんの少し。ほんの少しだが、嫌な予感がする。
そんな雑な事は言えないので、俺は適当に言葉を濁した。
そうしている間にも、俺は【識別の魔眼】を使いながらもう一度辺りを見回す。
だが、やはり何も見つからない。
気のせいだったか?と判断して【識別の魔眼】を解除しようとした瞬間──────
視界にノイズが走り、【識別の魔眼】が強制解除された。
「……なん!?」
それだけではない。
何時もと比べるまでもなく、身体能力が劣りまくり、当たり前のように感じていた生物の気配も消え去った。
流石に異常だと思った俺は、辺りの被害を考えることなく全力で魔法を使おうとした。
「《貫け!炎・槍型》!……出ない」
「あの、師匠?具合でも悪いんですか?」
シャーラが俺の額に触れながら、そう呟く。
まるで、俺が魔法を使おうとしたことに気付いていないかのように。
(……なんでだ?何で…見覚えがある?)
実際、それを現実として見たのは今回が初めてのはずだ。
にも関わらず、俺はこの現象に心当たりがあった。しかし、肝心なところまでは思い出せず、喉元に引っ掛かっている。あと一つ。何か一つで思い出せそうなのだが。
そして、その声は響いてきた。
「……ほう。まずは二人、か」
突然、空から男が降りてくる。
血のように赤い髪と瞳。頭には太くたくましい二本の角が生えている。
身長は俺よりも少し高く、見た目年齢は二十代後半だ。
確か……種族名はデーヴィルだっただろうか?
デーヴィルの男はこちらに向かって歩み寄ってきた。
そしてシャーラを見て、嬉しそうに呟く。
「……いや、やはり一人にしよう。この女には俺の玩具となってもらう。その男は……まぁ、精々苦しみながら死ね」
……何故だろう。
分かってしまった。俺は、この男に勝てないことが。
【識別の魔眼】を使おうとする。しかし、ノイズ音がするだけで発動しない。
魔法を使ってデーヴィルを焼き払おうとする。しかし、炎の剣はおろか火花すら出てこない。
きっと、発動してしまっているのだ。
チートのような力を手に入れた俺の、全てを否定する力。
どんな修練も努力も無に帰す力。
死に役の運命を背負う、【運命の前座】が。
それを理解すると同時に、俺の口は素早く動いた。
「シャーラ。十秒だけ時間を稼いでやるから直ぐ逃げろ」
「え?どういう……きゃっ!?」
案の定、シャーラはフリーズして俺を見る。
だから、俺はシャーラの背中を突き飛ばした。彼女はバランスを崩すだけで、倒れはしない。
この程度の力しか、俺には残っていなかった。
(最悪、だ)
まさか【運命の前座】がここまで強力だとは思わなかった。
これじゃあ【限界突破】でどれだけレベルカンストを超えようと全く意味がない。
これが、噛ませ犬の宿命とかいう奴だろうか?
……いや、今となってはそれはどうでもいいか。
今、大切なのは───。
そう思いながらシャーラを見る。
彼女は訳が分からないという顔をしていたが、それでも不安と恐怖が読み取れた。
「し、師匠?何言って……?」
「はぁ……。大丈夫だ、シャーラ。直ぐに、追い付くから」
シャーラを説得するために、俺は適当な言葉を選んだ。
奇しくもそれは、俗に言う「死亡フラグ」なのだが。
だが、それは効力を発揮したのか、シャーラの顔がほんの少しだけ和らいだ。
「そう、そうですよね!師匠が負けるわけ…死んじゃうわけないですよね!」
それは、きっと確信なんかではないだろう。
現に今、シャーラは泣きそうになりながら俺と話を続けている。
まるで、俺が死ぬと察しているかのように。
まるで、彼女自身に言い聞かせているかのように。
「………走れ!」
俺は、もう振り返らなかった。
叫んだあと、俺はデーヴィルに向かって駆け出す。「十秒だけ時間稼ぎする」とは言ったが、相手は俺が苦しむように殺すつもりらしいので数分はかけるだろう。
それだけあれば、きっとシャーラは町に戻れる。
むしろ、そうなってくれ。
「喰らえぇぇぇぇぇぇ!!」
俺は、拳を振りかぶった。
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『十秒だけ時間を稼いでやるから直ぐ逃げろ』
そう言った時の師匠の顔が、頭から離れない。
私は走りながら、ずっと不安感を抱いていた。
あの師匠は、何かがおかしかった。
何と言えば良いかは分からないけど、何時もある自信が、今の彼には無かった。
あの、『直ぐに追い付く』という言葉もどこか遺言じみていて、とても信じられない。あの時は無理に笑顔を浮かべたけど、実は今も恐怖に押し潰されそうだ。
彼の事を思い浮かべる。
オークから助けてくれたこと、からかってきたこと、謝ってくれたこと、笑顔を見せてくれたこと。
数えればキリがなく、端から見ればどうでもいいことでさえも、私は覚えていた。
それほどまでに、彼を見ていたのだ。
「……ギンリ、さん」
彼の名前を呟く。たったそれだけのことなのに、何故か涙が零れてきた。
このまま逃げれば、彼を呼ぶ機会はもう、きっと永遠に来ない。
私の足は、とっくに止まっていた。
「…嫌です。私は、あなたを失いたくない」
それを面と向かって言えれば、彼も一緒に逃げてくれたのだろうか?
きっと違うだろう。彼は、私に優しすぎる。
迷ってる時間なんてない。私は踵を返して、師匠の下へ走り出した。
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「……がはっ!?」
鳩尾に衝撃を感じた俺の体は血を吐いた。
辺りに鮮血が飛び散り、緑色の植物たちを赤く染める。辺りには、似たような血痕が大量にあった。それらは全て、俺の物なのだが。
結果として、俺はデーヴィルにかすり傷一つ付けられなかった。魔力を持たない一般人が、デーヴィルに勝てる道理はない。
「つまらないな」
「ア゛ァァァアァァアアア!!?」
片腕をへし折られ、両足が砕かれる。悲鳴を上げるが痛みは収まらない。
いっそのこと意識が飛べばまだ幸せなのだろうが、そうもいかない。
反応をしなければ、俺は直ぐに殺される。そうなれば、シャーラの身も危ない。
だが残念なことに、デーヴィルはそろそろ俺に飽きてきたようだ。
「あー、さっさとあの女を襲いたい。無理矢理組伏せて、嫌がる顔を眺めながら服を剥いで、俺の───を──────して────」
「この、変態、が」
「………」
生々しいことを口走っているデーヴィルを、視線だけで蔑みながら俺はそう口にした。
怒ったデーヴィルは、俺の首を締め上げる。
呼吸が出来なくなり、意識がだんだんと遠ざかる。それでも俺は、デーヴィルを見下ろし続けた。
それも気に入らなかったのだろう。デーヴィルは俺を勢いよく地面に叩き付けて、闇の剣で俺と地面を縫い付けた。
───これでいい。
俺に怒りを向けろ、俺を憎め、俺を苦しめろ。時間をたっぷりかけて、じっくりと。
それだけで、あの少女は救われる。
だが、何故かデーヴィルは嬉しそうな顔をして、その場から姿を消した。
何となく嫌な予感を覚えて首を動かすと、見覚えのある少女がこちらに向かってきている。
「シャー、ラ?」
「師匠!?し、しっかりしてください!」
シャーラは俺の下に駆け寄って、血塗れの俺に向かって《光・治癒型》を発動させる。
しかし効果は気休め程度だ。とても、俺が体力を回復出来る量の力じゃない。
俺は折れていない方の手を伸ばして、シャーラの頬に触れた。
柔らかくて温かい、確かに生きている人の温度を感じた。これは、幻覚じゃない。
「なん、で……?」
「師匠が、消えちゃいそうでしたから……」
「そうじゃ、ない」
俺が聞きたいのは、そんな事じゃない。
俺が死ぬであろうことは、シャーラだって分かっていたはずだ。
それなのに、どうしてシャーラがそれを分かった上で戻ってきたのかと言うことを聞きたいのだ。
その問を口にしようとするが、全身が痛んで中々声がでない。だがシャーラはそれを察してくれたのか、泣きながら答える。
「私は、あなたを失いたくないんです!」
「だか、ら。……どう、し、て?」
「だって──────」
この会話をしている間、《光・治癒型》はずっと発動している。しかし、俺の傷が癒える気配はない。
俺は最早気合いだけで、シャーラに語りかけていた。
そんなシャーラはぼろぼろと涙を溢し、訴えるように叫んだ。
「だって、私は、ギンリさんが好きですから。愛して、ますから!」
(……そう、か)
納得した。してしまった。
俺のどこが良かったのかは分からない。でも、それでも彼女は俺を想ってしまったのだ。
好きな人と居たい。そう思うのは、ごく当たり前のことだ。それを中々言えないのも、何となく分かる。
返事を、するべきだろうか?
俺は、多分長くは持たない。なら、最期にこの少女の想いに答えても良いのではないだろうか?
……だが、俺が死んだあとはどうなる?
愛する人に答えを貰って、そいつが直ぐに死んでしまったら、俺はどう思うだろうか。
多分、後悔するだろう。なんでもっと早く言わなかったのかと。
なら、答える訳にはいかない。どう言っても、必ず彼女を傷付けるから。
一人の男としてでなく、シャーラの師として死ぬことを、俺は選んだ。
俺は折れている手、その指から指輪を抜き取る。痛みが走るが、何とか堪えた。
そして、短剣も合わせて、それらを差し出す。
「シャー、ラ。これ」
「ギンリ、さん?」
「これ、ぐらいしか、出来ることが、ない」
俺はかませ犬でいることには、きっと意味がある。そう信じないと死に役なんてやってられない。
だったら、偶々通りかかった勇者様が、シャーラを助けても良いじゃないか。
勇者がシャーラを助けて、お礼にとシャーラが旅に着いていって、いつか勇者に恋をする。…うん、それっぽいな。
そのイベントの一つで、俺のことを語ってくれ。それが、その未来を彼女が生きる可能性こそ、俺が今一番欲しいものだから。
武器と指輪は、その為のまじないだ。形見があれば、過去だって語りやすくなるだろう。
(呆れた。俺はここまでマンガ脳だったのかよ)
だが、悪い気はしない。
師匠の死を受けて、シャーラの物語は始まるのだ。そう思えば、今俺が受けてる傷も、少しだけ納得出来る。
───そう。
俺が死亡フラグを背負うなら、誰かに生存フラグを与えても良いじゃないか。
不幸な死は、代わりに俺が受け入れる。結局、一回死んでるし。
だから、もう一言言わないと。きっとこれを言うことで、彼女の生存率は上がる。
俺は彼女に語りかけると同時に、この世界に語りかけた。
……いや、後者に関しては叫び散らしたという方が正しいだろう。
「…生きろ。おまえ、だけでも」
(生存フラグを、シャーラに与えやがれ!)
どっちも本音で、どっちも真面目だ。
でもやはり後者はふざけてるように思えて、思わず苦笑する。
そして、俺は意識を手放した。
「ぎ、ギンリさん?起きて!起きて下さい!?」
最後に、胸にチクリとした痛みを感じながら。
---------------
ギンリが意識を失って直ぐに、デーヴィルの男はこの場に戻ってきた。
シャーラはギンリに呼びかけ続けていて、デーヴィルに気付いた様子はない。
それが気に食わなかったのだろう。デーヴィルはシャーラを後ろから抱き締めて、その体をまさぐった。
だが、抵抗はない。悦んでいる様子もない。
デーヴィルは、それが不気味に思えた。それでも、彼の欲望が勝ったのか、デーヴィルは彼女を引き倒し、その上に覆い被さる。
その瞬間、シャーラと目が合った。
「…なん、だ?何なんだ、その目は!?」
それに恐怖を感じたデーヴィルは、慌ててシャーラから飛び退く。
シャーラの目は、色が変わっていた。
澄んだ水色から、血のように淀んだ赤色に変わっていたのである。
その目からは生気を感じず、まるで意識すらないように思えた。だと言うのに、彼女は静かに起き上がる。
そして、静かにデーヴィルを威圧した。
「ねぇ。君がギンリを殺したのかな?」
言葉遣いも変わっている。シャーラはまるで怨念を捩じ込むように、視線をデーヴィルに突き刺す。
デーヴィルは恐怖を感じたものの、自分が上だと思ったのか、表面上は余裕の表情で話しかけた。
「あぁ。貴様の師は俺が殺した。貴様には、俺の玩具になってもらう」
「……そう」
小さく、シャーラは呟いた。その瞳には、やはりデーヴィルの姿は映っていない。
彼女は一瞬ギンリを見ながら、デーヴィルに向かって手を差し出した。
そして、呟く。
「《壊せ。破壊・無型》」
「ブレイク?何を言う。そんな魔法あるわ……け」
───精神が壊れたか?
そう思ったデーヴィルは小さく笑う。
それが、最期の嘲笑になるとは知らずに。
彼女がそれを使った瞬間、デーヴィルの体にヒビが入った。それだけには止まらず、まるで崩れ去る建造物のようにその体を崩壊させていく。
痛みも、衝撃もなかった。にも拘らず、デーヴィルの体は死へと歩み続けている。
「なん……!?なんなんだ!?やめろ、やめろぉ!!?」
「止めないよ。君は、ギンリを、私の愛しいこの人を奪ったんだ。だから……壊れて消えろ」
「あ、ぁ、アアアアアアアァァァァァァ!?死にたくない死にたくない死にたくない…….俺は、俺は!?」
「黙りなよ」
差し出した手を、シャーラは強く握り締める。
それだけで、デーヴィルの体は砕けた。だが、それだけではない。
砕かれたデーヴィルの体は辺りに散らばらず、心臓があった場所から現れた黒い穴に吸い込まれて消えていく。
そして、デーヴィルの姿が跡形もなく消えた。
それと同時に、シャーラはその場に倒れて意識を失った。
---------------
「……ここ、は?」
見慣れない天井を見て、俺はそう呟いた。それと同時に、呟けたことに少し驚愕する。
何故なら、それは生きていることと同じだからだ。……多分。
「生きてる、のか?」
「ああ、やっと目が覚めたのかい?」
現実なのか夢なのか、はたまた死後の世界なのか話からないでいると、横から声がかけられた。
振り向くと、黒髪赤目の少年がこちらを見ている。
さっきまで絶体絶命だった俺は、殆ど反射的に【識別の魔眼】を発動した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
氏名:ウィルア・エンゾード
種族:人間
異能力:【火属性適正】×74
【闇属性適正】×80
【身体能力補正】×62
【覚醒】
危険度:皆無
【覚醒】
条件を満たすことで、限界以上の力を引き出すことが出来る。
引き出せる力は、【覚醒】保持者の想いに比例する。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
お、おう。強い。
まぁ、完全適正能力レベル1が適正能力レベル20と同レベルらしいから、俺の足元に及ばないわけだが。
…それでも、仲間になってくれるとありがたいな。俺が使い物にならないとき、シャーラを守れる人が居ないし。
そういえば、シャーラはどうしたのだろうか?
「なぁ。シャーラ……じゃ伝わらないな。白髪の女の子は知らないか?」
「あ、あぁその子なら、隣の部屋で眠ってるよ。彼女の面倒も俺が見てる」
「そう、か」
それは、良かった。
俺の頑張りが報われたのか、それともただの運か、とにかくシャーラは生きているらしい。
それだけで、安心出来る。
「それよりもさ、あんたたち何があったんだ?二人して森の中に倒れてて、しかもあんたは血塗れだぞ?慌てて近付いたら傷はないし……周りには誰も居なかったし、その癖戦いの痕は残ってるしで、訳分かんなかったよ」
「……え」
周りに誰も居なかった?
あのデーヴィルは、退いたのだろうか?なんで?
疑問を抱くと同時に、嫌な予感が頭を過る。
──────まさか、シャーラを……!?
「な、なぁ。白髪の女の子、どうなってた?」
「どうなってたって言われてもなぁ……。別に、何も無かったぞ?傷は無いし、服にも血はあんまり付いてない。多分あんたに触れた時に付いたやつくらいだろ」
「そうじゃなくて……その、ご、強姦された痕、とか」
この少年が報告していることは至極真っ当なことだろう。
だが、シャーラを見て興奮しまくっていたあのデーヴィルを見ていた俺としては、ソッチ方向の心配をするしかない。
少年は怪訝そうな顔をしながらも、ちゃんと答えてくれた。
「それも、何も無かったな。服も乱れてなかったし、変な臭いもしなかった。血の臭いはしたけどな」
「そうか。……良かったー」
それを聞いて安堵した俺は、うんと背伸びした。
そして、シャーラの様子を見てこようと立ち上がる。
「おい、もう良いのか?」
「ああ。それよりも、シャーラが心配だ」
彼女には、中々ショッキングな場面を見せてしまった。
自分の師匠が、全身の骨を折られ、同じく全身から血を噴き出していて、更には剣で地面に縫い付けられていたのだ。俺なら卒倒する。
それに──────。
「返事も、まだだしな」
あの時は俺が死ぬと思っていたから、返事をしなかった。
でも、今は生きてる。死ぬ予定もない。
だったら、返事をするべきだ。
「悪いけど、暫くシャーラの面倒見るの代わってくれないか?」
「え、まぁ良いけど……。じゃあ俺はここで待機してるよ」
何かを察してくれたのか、少年は黙って椅子に腰かける。
それを見た俺は、シャーラの部屋へと向かった。
---------------
「え?………ししょ、う」
「起きてたのか」
部屋に入ると、ベッドで寝ていたシャーラが体を起こして俺を見てきた。
俺が生きてるとは思っていなかったのだろう。その顔が驚きに染まっていた。
それを見ると、何故か少し居づらくなる。
「何故か知らないけど、生きてた」
「……ふふっ。何ですか、それ」
少しふざけてそう言うと、シャーラは小さく微笑んだ。
───ああ、やっぱりこっちの顔が良いな。
「それよりも、大丈夫か?あのデーヴィルに何かされなかったか?」
「…いえ、何も。師匠に呼び掛けてる最中に意識が無くなったので」
こっちでも、詳しいことは分からずか。
まぁ、それはそれでいい。態々嫌なことを思い出す必要は無いのだから。
そんなことを考えていると、首に腕を回されて、そのままシャーラに抱きつかれた。
内心パニクっていると、シャーラが涙声で語りかけてくる。
「良かった、です。師匠が、生き、てて」
「……心配、かけたな」
俺はシャーラの背中と頭に手を回し、抱き締める。
自分の鼓動が彼女に伝わるような、そんな錯覚を覚えた。
ずっとこのままで居たい。そう思える程に、今の温もりは心地よかった。
だが、言わなければ。
俺はシャーラを体から引き離し、肩を掴んだ。
「シャーラ。伝えたいことがある」
「……師匠?」
彼女はまだ泣いていて、手で涙を拭き取っていた。
俺は息を飲んでから、言葉を続けようとする。ドクンドクンと、心臓が大きく高鳴った。
「あの時、俺はわざと答えなかった。死ぬだろうと思ったから、どっちにしてもお前を傷付けると思っていたからな」
「はい」
「でも、今なら言える」
「はい」
シャーラの返事は、期待と不安が入り雑じったような、そんな感じだった。
俺は息を調えて、シャーラを見る。彼女は顔を赤らめながらも、しっかりと俺を見ていた。
もう、後ろには退けない。
「シャーラ、俺も、お前が好きだ。付き合ってくれ。師弟としてじゃない、恋人として」
ただ、それだけのことなのに、俺の声は震えて、所々噛みそうになる。
それでも、言い切った。
シャーラの様子を見る。彼女は、笑っていた。
「ギンリさんって、意外と臆病なんですね。私が、断るわけないじゃないですか。私から、告白したんですから」
「いや、でもな?結構緊張するんだぞ?これ。………幻滅したか?」
弁解はするものの、全然否定出来る要素がない。
受け入れられる確率は100%だったのだから。
俺は目を逸らして彼女に問いかける。
少し、彼女に否定されるのが恐くなってしまった。
だが、それも杞憂に終わる。
突然体が重くなる。前を見ると、シャーラが俺に寄りかかってきていた。顔は直ぐ、目の前にある。
「そんな訳、無いですよ。貴方の弱さも、強さも、私は受け入れます。だから……。私に弱い所も、受け入れて下さいね?」
「当然、だ」
心に渦巻く欲に耐えきれなかった俺は、シャーラを抱き締めて唇を重ねる。
「んっ………!?」
「………あ、悪い」
唇を離してから、俺はシャーラに謝った。
幾ら恋人になったとはいえ、いきなりキスは失礼だろう。だが、それでも抑えが効かなかった。
俺はそっとシャーラをベッドに押し倒すと、その上に覆い被さる。
そして、シャーラの耳元で囁いた。
「シャーラ、いいか?」
「……ダメです。まだ、ダメですよ」
「そう、か」
なら、仕方ない。
俺はもう一度だけキスしようとシャーラを起こして、顔をゆっくりと近付ける。
シャーラも受け入れてくれるのか、目を瞑ってこちらに顔を近付けてくる。
そして、唇が合わさった瞬間に──────。
「おーい、夕飯の準備、が……。じゃ、邪魔したな!」
先ほどの少年が部屋に入ってきた。
彼は俺たちの様子を見て、悪いことをしたと思ったのか、大声で謝罪して部屋から出ていく。
……部屋に、沈黙だけが流れる。
唇を離してシャーラを見ると、顔を真っ赤にして、俺の胸板に顔を埋めてきた。
「~~~~~~っ!?~~~っ!?」
「……恥ずかしいよなぁ」
俺も、そう呟いた。
---------------
あれから数日後、少年ことウィルアも俺たちの仲間になった。宿は『ウィルヘイム亭』を利用している。
ウィルアも宿を使っていたらしいのだが、こちらに引っ越すことになった。理由は……酒場に行きやすいかららしい。俺と同年代かそれより下ぐらいなのに、どうやら酒好きのようだ。
「おーい、ギンリ、シャーラ。新しい依頼受けてきたぞ」
「そうか、ありがとな」
「ギンリに任せると俺が死にかけるからな。当然のことだよ」
因みに、ウィルアの実力を測ろうと適当なクエストを受けたら、明らかにレベルが違うドラゴンが出てきて、必死に逃げた。だって、【運命の前座】が発動したら、戦えないだろ?
その時は運良く条件が達成されたので、ウィルアの【覚醒】込みでなんとか倒せたが。
……うん。真剣に【運命の前座】対策をしないといけないな。
「ギンリ、シャーラ、置いてくぞ?」
「あ、ちょっと待てって!?……はぁ、行くぞ、シャーラ」
「あ、はい!ギンリさん」
考えるのは、後だ。俺はシャーラの手を引いて、ウィルアを追いかけた。
空は青く、太陽がさんさんと輝いている。
それが、俺たちの冒険を祝福するものなのか、それとも邪魔するものなのかは分からない。
それでもいい。幸運は分け、不幸は俺が受け入れよう。
俺は最強であり最弱、そんな存在だ。
だが、それでも───。
「?……どうかしましたか?」
「いや、何でもない」
それでも、俺はこの少女を守り抜きたい。そう、思った。
---------------
どこかの世界の草原で、とある青年が寝転がっていた。
傍には、人間とは思えない美しさを持つ女性が佇んでいる。
『………へ、へ、へくしょい!』
彼は大きく口を開け、一つ、くしゃみをした。
その瞬間、彼が寝転んでいた草原にビビが入り、崩れ去っていく。
物理的な破壊ではない。まるで草原という概念そのものを打ち消していくような、そんな衝撃だった。
それを見た彼女は小さく溜め息を吐き、手を振り上げる。
それと同時に、崩れ去っていた草原が元通りになった。
『ブレイトス!いい加減手加減を覚えて下さい!』
『そうは言ってもなぁ……。世界が吹き飛ばなかっただけ、マシじゃないか?メイナー。それよりも……』
スケールがおかしい弁解をしたあと、青年ことブレイトスは世界の壁をぶち破り、とある世界へと移動する。
メイナーはやれやれと頭を押さえながらも、ブレイトスに着いていった。
当然、ぶち破られた壁を修復してからだが。
『おー、リエイトにディサーグ!元気してるか?』
『げっ!ブレイトス…』
真っ黒な空間に移動したブレイトスたちは、軽い調子で白髪赤目の少女に挨拶した。
対する少女は、ひきつった笑みを浮かべている。それは、ディサーグの方も同じだった。
『何しに来たんだ?破壊神』
『いやー、俺の力の、片鱗を感じてな。放っておいても言いと思うんだが……念のため』
『貴方が行けば、更に状況が悪化するので止めて下さい!』
『で、それはどこの世界なんだ?』
問いかけるディサーグを見て、ブレイトスはほくそ笑んだ。
まるで、まだ気付いていないのかと、見下すように。
『やはりお前は気付かないか』
『いや、ここに居て気付けるなんて、貴方と私くらいですよ?運命が関係している訳でもないですし』
ブレイトスを軽く叩きながら、メイナーは真っ直ぐディサーグの世界を指差した。
手慣れた様子で画面を操作し、一人の少女を画面に映す。
『この子、ですね』
『破壊神の力か。……これはまた、厄介な』
『お疲れ様、ディサーグ』
『ふむ、意外に可愛いではないか。俺の力を持つくらいだから、もっと狂暴な顔をしていると思ったんだが』
『……ブレイトス?』
各々が感想を言い合う中、その少女に「可愛い」という評価を与えたブレイトスに対して、メイナーが声をかける。
その声はどす黒く、流石の破壊神も冷や汗を流していた。
『い、いや待てメイナー!これはただの客観的な評価であってだな……』
『問答無用です!こっちに来てください!』
弁解も虚しく、ブレイトスはメイナーに引き摺られて何処かに消えてしまった。
取り残されたリエイトとディサーグは互いを見つめて、溜め息を吐いた。
『はぁ、何いちゃついてるんだろうね?』
『我が知るわけないだろう?それよりも……はぁ』
規格外の少年に、破壊の力を秘めた少女。しかも、その二人が共に行動している。
一人でも厄介なのに、なぜ同じ時代に、同じ世界に、同じ場所に集まってしまったのか。
これでは、三人目のメンバーも何かあるのではと勘繰ってしまう。
『三人目は、普通で居てくれ』
『……無理じゃないかな?』
二人の神は、もう一度溜め息を吐いた。
「最強転生者はかませ犬!? 体験版」クリア特典
【神様連中&主人公たちのパワーバランス】
・「俺はこの世界で」の邪神、「普通を求める殺し合い」の『神』、「黒色の学園生活」の幼女神は除外
・実力がそれなりに近い者は不等号で表す
・そうではない場合、上に行くほど強力
・「俺はこの世界で」のキャラクターは31話、「普通を求める殺し合い」のキャラクターは一章五話時点のステータスを参照
では、行きます。
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【規格外】
ブレイトス > メイナー
《規格外の壁》
【最強】
リエイト
《常識の壁》
【上級】
銀里 ≧ ディサーグ > リィニア
【中級】
マリア > シャーラ(破壊)
【下級】
鈴音 ≧ 遊夢 >狩也
---------------
まぁ、こんな感じです。
……え?銀里が最強じゃない?
いえいえ、間違いなく銀里は最強ですよ。常識的な存在の中では。
流石に破壊神と創造神、進化神には勝てません。
邪神たちは……どこに入るんでしょうねー。
あ、【最強】以上にはまず入らないと宣言しておきます。
それでは、これにて終了です。もしこれを連載するとすれば…「俺この」が終わった後になりますね。
最後に、この短編に目を通して頂き、ありがとうございました!




