第五話【お掃除は隅々まで】
――放課後。
私は、クラスの数名と教室を掃除していた。
掃除は班によって別れていて、本日の教室は私の班が当番だった。班のメンバーは、私・雪子ちゃん・エラ・ウィルソンちゃん・角原静也くんと妹の奈々ちゃんである。
「雪子ちゃんは、そこの机を片付けて。春菜ちゃんは、窓を拭いてくれる?」
「了解〜」
「うん」
エラちゃんの指示通りに動き、掃除を始める私と雪子ちゃん。因みに、角原兄妹は不在である。
「もうっ、あの二人も掃除手伝ってくれたらいいのに!ホームルームが終わったら、いつの間にか居なくなってたし……はぁ」
私の愚痴に雪子ちゃんがあしらうように手を振った。
「あ〜、あかんあかん。あの二人は、いつもこうやから期待せん方がえてよ。寧ろ、こっちに来たら明日雪降るんちゃうかってぐらい」
「ふーん、そうなんだ」
どうやら、あの兄妹は掃除サボり魔の常習犯らしい。故に、エラちゃんももう諦めているみたいだ。
「でも、妹の奈々ちゃんは良い子なんだけどね」
私は、ふと、あの兄妹について思い出す。
実は、角原兄妹は年齢で言えば、まだ11歳なのだ。因みに、双子の兄妹だ。
「そういえば、あの二人って飛び級生なんだよねぇ。すごいなぁ」
「すごく頭が良いんだよ。まだ11歳なのに、大学クラスの勉強も出来るしね」
(それは流石に凄すぎる)
「でも、学園長先生が二人の事を心配して、とりあえず、この学校に通わせることにしたの。あ、雪子ちゃん、次は黒板お願い」
「はいよ〜」
雪子ちゃんは黒板の方にいそいそと移動すると、窓を開け黒板消しを叩いた。
「そういえば、あの二人っていつも何処にいるの?教室でもあまり見かけないけど」
そう。角原兄妹は、滅多に教室にいない。
飛び級して来ただけはあるのか、教室に居らずとも成績は二人ともトップクラスなのだ。
エラちゃんは、箒で床を綺麗にしながら話しを続けた。
「ここね、広い庭園があるの。そこでいつもお茶をしたりしてるよ。あ、雪子ちゃん、そこも掃除しないといけないからね?」
「へ、ここも?」
雪子はチョーク入れを指す。
エラはニコリと笑い「粉が溜まっちゃうでしょ?」と言った。
そう言うと、今度はエラは私が拭いた窓の淵に人差し指を当て、ツツツーと指を滑らせた。
汚れチェックをしているらしい。
「春菜ちゃん、ここ、ホコリが溜まってるよ?それと、硝子の拭き方がマダラで汚いわ」
「え、あ。う、うん……ごめん」
私と雪子ちゃんは、せっせとエラに指示された事をこなす。
「じゃぁ、次は、黒板の上の埃と机と椅子の埃取りね」
「え?!ここも?!」
「……」
私は、そこまでやるの?!と内心思い、雪子は「来たか……」と目を閉じながら小さく呟いた。
そして、かれこれ掃除をして数分が経った時、雪子ちゃんが疲れている私に気を遣ってくれたのか声を掛けてくれた。
「んじゃぁ、春菜ちゃん。とりあえず、雑巾洗おうか」
「う、うん……」
「行ってらっしゃい♪」
エラはニコリと笑い、私は苦笑して雪子ちゃんと教室を出た。
扉を閉め、エラちゃんの姿が見えなくなると、私は「はぁー……」と大きな溜息を吐いた。
「エラちゃんって、掃除が好きなのかな……?」
「ん〜……あれは、もう生まれついた物やからなぁ」
疲れて項垂れている顔を上げ、雪子ちゃんに聞く。
「とういうと?」
「エラは灰かぶりや」
『灰かぶり』――それは聞き覚えのある言葉だった。
それは、シンデレラだった。
「え?!シンデレラの生まれ変わり?!」
確かに、エラちゃんは金髪美少女だが、まさかシンデレラとは思わず、私は唖然となる。
しかし、それも一瞬のこと。
あの掃除の指示といい、その後のチェックといい『シンデレラ』と言われれば納得したのだ。
(……なるほどぉ、だからか)
洗い場に着き、蛇口で雑巾を洗う雪子ちゃんは雑巾を洗いながら「あれ、まだマシやで」と言った。
私も隣で雑巾を洗いながら、雪子ちゃんの言う言葉に首を傾げる。
「それってどういうこと?」
「本気スイッチ入ったら、小姑並みに煩いし……」
「し??」
雪子ちゃんの言葉は途中で止まり、何やら口篭る。
雪子ちゃんは雑巾を洗い終わり、ギューッと絞ると眉を下げ苦笑した。
「……まぁ、悪どいというか……ある意味、世渡り上手というか……あははは」
「へ、へぇ……」
そしてお互い洗い終わると教室へと戻った。
すると、教室の方から可愛い声音のする歌が聞こえてきた。
どうやらエラちゃんが歌っているらしい。
私は思わず聴き惚れそうになり、「エラちゃん、歌上手いね!」と扉を開けて言おうとした瞬間、雪子ちゃんに腕を引っ張られ無理矢理しゃがみこまされた。
「しー!見てみ……」
雪子ちゃんが口元に指を当て、廊下から教室の中をソッと覗く。
私も雪子ちゃんの後ろでソッと教室の中を覗いた。すると、そこには床を隅々まで拭いているエラの姿があった。
「ラララ〜♪ララララ〜♪」
「……楽しそうだね」
「いや……これは、掃除が楽しいんちゃうで」
小声で雪子ちゃんと話す私は、エラちゃんをもう一度見る。やはり、どう見ても楽しそうに掃除をしているようにしか見えない。もう、何処からかネズミや鳥がやって来て、ミュージカルでも始まるのではないかと思えるぐらいだ。
しかし、それは、私の勘違いに終わった。
ふんわりとした金髪と青い瞳は、いかにもお姫様〜って感じの可愛いエラちゃんの顔が、突然、悪どい笑みを浮かべたのだ。
(っ?!)
「………ふふふ……あの、馬鹿なお姉様方を思い出すと、本当に掃除のやり甲斐があるわぁ〜。『ここも汚れているじゃない!』と言いながらも、ホコリが一つも付かない指を見て悔しい思いをするあの顔……ふふふ……ふふふふ……ざまぁないわねぇ〜……ふふふ」
「……」
「……」
雪子ちゃんと私は、エラちゃんを見るのを止め、床にお尻をつき、壁に背を預け窓の外を見ていた。
外は、もう夕方で「カァー、カァー」と烏が鳴いていた。
「ま、まぁ……あれが普段のエラや」
「な、なるほど……」
「……」
「……」
少しすると、お互い無言のまま立ち上がり、何も見ていないかのように扉を開け教室の中へと入った。
すると、先程までのエラの不敵な笑みは消え、いつものフンワリとした可愛い笑みを浮かべ「おかえりなさい」と言った。
その切り替えの速さに、私達は苦笑し、いつ終われるかわからない掃除を、再び始めたのだった。
(シンデレラって恐いなぁ……)
END




