第八部・夫の誘拐編
合成生物の夫が、一人で散歩に出てしまった夜。
「ぱぁぱ」
夫の不在に気付き、急に起き出す長女。
「パパは夜のお散歩。悪い人よね……ホラ、パパみたいに悪い人になりたくなかったら、さっさと寝るの」
「ぱぁぱー!」
「どうして怒るの……あ、そうか、パパは人じゃなくて合成生物だったわ」
「……まぁま」
次女も起き出した。
◇
いくらあやしても「ぱぁぱー!」と騒ぐ長女。
「しょうがないわね……じゃあ、一緒にパパ迎えに行こうかしら?」
ようやく笑顔の花が咲く。
「まぁま」
と、次女も私の袖を引っ張る。
はいはい、次女も一緒にね。
「おっぱい」
――急に目覚めた長男は、家の柱にくくりつけて、っと。
◇
長女と次女を連れ、家を飛び出すあたし。夫が言っていたコンビニに辿り着くが、夫の姿は無い。
「まぁま!」
と、次女が何かを見つけた。
なんと、夫が大事にしていた大玉!
夫がこれを捨てる筈が無い……まさか事件に巻き込まれたの!?
――って、何で大玉なんか持って来たのあの人。
◇
とある施設。真っ暗な一室で、今一度電話越しに、誰かと誰かの会話が交わされる――。
「目標は捕獲したか?」
「ええ、檻にも入れました」
「人目につかぬよう慎重に運べ」
「それは無理です」
「何……まさか誰かに見られ……?」
「ええ。さっきから電車の中で見られっ放しです」
「馬鹿! なぜ交通手段を鉄道にした!?」
「交通費安く済ませようと思って……!」
◇
行方不明の夫を探すあたしと娘たち。
とは言え、何も手掛かりが無い……。
「まぁまー!」
と、また何かを見つけた次女。
これは……夫が好きなマーブルチョコが、道なりに落ちている!
「勿体無い! 30分ルールでまだ食べれる筈」
「……まぁま」
不服そうな娘。何か違った?
あ、3秒ルール?
◇
マーブルチョコの跡を辿ると駅に着く。
「電車に乗ったのかしら……」
となると、どこへ向ったか見当もつかない。
お手上げか……。
と、アナウンスが。
「ただ今お隣池ノ上駅ホームにて、合成生物が暴れているとのこと。そのため、列車運休しております」
「あら、運休ならもう諦めて帰ろうかしら」
「……まぁま」
◇
檻に入れられ、電車で何処かへ運ばれようとしていた合成生物の私。
途中駅で扉が開いた瞬間勢いよく檻を倒して破壊し、逃げ出そうとしたが。
「誰か捕まえてください!」
「痴漢か!?」
「うわっ、変な格好している! 間違い無く痴漢だ!」
誤解され、追われの身に。
……理不尽だ!
◇
タクシーで隣駅へ向うあたし、斉藤ミヨコと娘たち。
直ぐに到着して降りようとするが、
「734円です」
電車だと120円なのに、その6倍もしちゃうのね……。
「カードは?」
「使えますよ」
「じゃあコレで」
見せると、運転手は困惑した表情を浮かべる。
「……え、これ……クレジット、じゃないですよね……」
「えっ、知らないの、これ。」
「ただの赤いカードじゃ……」
「何言ってるの、レッドカードよ。これ出されたら即退場でしょ」
「え、えぇっと……我々、別にサッカーやってるわけじゃないですし……」
「まぁまっ!(駄目よママ、この人ツッコミ下手過ぎ!)」
◇
オレはピエロ。だがそれは仮の姿。裏ではある方に仕え、工作員として働いている。
今、駅員のお陰で合成生物の再捕獲に成功。
「事務所へ来なさい」
「その必要は無い。オレが警察へ突き出すから」
「取り調べは駅で行う決まりです」
「いや、それは困る…オレが連れていかねば」
「え、あんたこのキメラの保護者かなにか? なら、あんたも一緒に」
ややこしいことになった。
◇
あたし、斉藤ミヨコの渾身のボケが運転手に通じず、渋々タクシー代を払って駅構内へ。
夫である合成生物の居場所を駅員に訊くと、駅の事務所で取り調べ中だと言う。
「痴漢に問われているようで……」
「夫が痴漢するわけない! そんなこと言うのはどこの女よ!」
怒って事務所に入ると、夫と一緒にいたのは男性。
「あなた……同性相手に痴漢したの?」
「そこで疑うんですか奥さん」
◇
オレはピエロ。だがそれは仮の姿で、本来はある方に仕える工作員。
折角、合成生物を捕獲したのに、やつの妻が取り戻しにきた。
こうなりゃ……!
と、隠し持つナイフを合成生物の首に近づける。
「こいつの命が惜しければ、誰も近寄るな!」
悲鳴を上げる駅員ら。
「しまった、痴漢はこの男か!」
「つまり合成生物は被害者? 凄い性癖だな…」
やかましい。
◇
あたしは斉藤ミヨコ。
今、夫が変質者の人質にされてしまっている。
「くそぉおお! 折角苦労して奪い返しに来たのに、コンチクショオォォ!!」
というのはあたしの台詞。
「……まぁま」
またも次女からのツッコミ。何か間違えたかしら?
「あ、夫は合成生物だから人質じゃなくてキメラ質よね♪」
「……まぁまっ!!」
◇
合成生物を人質に駅を飛び出したオレ、ピエロ。または工作員。
「近くのバーまで走れ。そこに車を用意している」
ボスの連絡を頼りに最寄りのバーへ。
が、車は無い。店を間違えた?
電話すると、
「そこにあるだろう、自転車が」
自転車!?
「不満か? 経費削減だ」
「どちらにせよニケツは無理でしょ!!」
◇
あたしは斉藤ミヨコ。
夫を人質に駅を飛び出した変質者を追うも、直ぐに見失う。
夫が何か手掛かりを残してくれていないだろうか……。
と、道端に落ちているマーブルチョコの筒。
そこに文字が。
〝私のことは心配するな。必ず自力で帰ってみせる〟
あなたったら……。
手がTレックスなのにまだ字が書けるなんて。
◇
サーカス団の仲間と思っていたピエロに捕まった、合成生物の私。
奴が逃走を図ろうとしたところ、ボスが用意したのは何と粗末なことに自転車。
これは逃げるチャンス!
……と思ったら、
「仕方ない。キメラは後輪に括り付けるか」
え?
……ギャアアァ! 背中が擦れる! もの凄い漕ぐのね、この人!
◇
あたし、斉藤ミヨコの夫がさらわれた。
妻として何をすべきか。〝自力で帰ってみせる〟という言葉……それを信じ、ただ待つしかないのか。
「……まぁま」
次女が袖を引っ張る。
そうだ……あたしはこの子達を守らないと。
「わかった……家へ帰るわ」
――いや警察に届けろよ、と心の中で呟く次女であった。