第三部・オーディション編
サーカスのオーディション用の衣装を買おうと妻に提案。
「熊の体のあなたに合うサイズ、どこで売ってるの?」
そうか、オーダーメイドじゃなきゃ厳しいかもな。
「と言うか……前々から疑問だったんだけど」
と、妻。
「会社用のスーツは、なぜ熊の体になった直後でも着れたの?」
それは私も疑問だ。
◇
今日はサーカスのオーディション。
見栄え良くバリっとした特注品の燕尾服を身につけるが、不服そうな妻。
「それ、支配人の格好?」
やっぱりピエロかな……慌てて着替える。
「似合わない。いっそ、こうしちゃったら」
バリっと服を破かれ、私は裸に。
これってまさか……猛獣役?
◇
俺の名は否衛路まさお。世界一のピエロになるため、幼い頃から芸を仕込まれてきた。
そして今日は、誰にも負けられないサーカスのオーディション。
昨日までの稽古も万全、メイクも完璧。
どんな奴でもかかってこい!
……と、俺より一つ前の演技者。
顔は猫で体は熊、足は象で手はTレックス。
芸を始めると火種も無いのに口から火を噴いている。
……こいつ、勝てる気がしねェ!
◇
私の名は斉藤たかし。今年の夏期休暇中、なぜか合成生物に変身した。
今日はサーカスのオーディション。
実技では、火を吹く技が評判を勝ち得、見事面接へと進んだ。
しかし、言葉は通じるのか……
「家族構成は?」
「ワンギョウ」
「以前は何してたの?」
「ギョギョエ」
「なるほど……天涯孤独の身で、派遣切り……泣かせる話だ」
いや、そんなこと言ってませんが。
◇
サーカスの面接にて、言葉が通じないながらも団長に気に入られた合成生物の私。
いよいよ採用決定かと思いきや、副団長の「待った」の声。
「一つ確認だが、あんた一体何の生き物なんだ?」
ええぇ! 今更!?
すると団長、
「宇宙ヒーローだと言っておるよ」
いや、言ってないです。
◇
サーカスの面接を終えた合成生物の私。
帰り道にオーディションで見かけたピエロと出くわす。
私の後の出番で玉乗りをしていたな……落ち込んだ表情だが不合格だったのか。
巧いのに惜しかった……あの玉。
あの玉のことを考えると私の頭……
あたま……あのたま……玉……
いや落ちつけ、私。
◇
俺の名は否衛路まさお。
オーディションは結局、猫面の化け物の圧勝。
俺の十八番の玉乗りは不評に終わった。
「ワンギョ」
そこへ猫面の化け物。
慰めてくれるのか?
「あなた、いい化け物なんですね……」
「ギョエェ(君の玉が欲しい)」
「ありがとう……お気持、嬉しいです……」
「ワンギョ(玉とじゃれたい。玉くれ、玉)」
◇
あたしの名は斉藤ミヨコ。今年の夏、夫が合成生物に変身した。
今日は夫のオーディションの日。帰宅した夫へ、早速結果を尋ねる。
だが夫は、持ち帰った玉にじゃれるのに夢中。
まるで猫。
腹が立ち、麺棒を床に叩きつけるあたし。
「折角料理しながら待ってたのに、あなたったら!」
と、突然麺棒に飛びつく夫。
口に咥えて私に差し出し、尻尾を振る。
……そう、どっちもイケる口なのね。
◇
翌日。
合成生物の私へ、サーカスの団長から電話が。
「君を雇うことに決めたよ」
喜び勇んでサーカス場へ。
が。
「君は誰かね? 普通のサラリーマンなど呼んではおらん」
気づくと私は元の人間に……そんな!
――というところで目が覚めた。
「あなた、良かったわ。まだ合成生物よ」
……本当に良いのかコレ?
◇
朝食の最中。
「あなたが寝てる間電話があったわ」
「……ワンギョ(サーカス団から!?)」
「違うわ。お宅に宇宙ヒーローいます? なんて変なこと聞くから切っちゃった」
へぇ、宇宙ヒーロー……
カチャン。
「箸落ちたわよ。ドジね」
「ギョエェ(違う、それサーカス団からだ!)」
◇
「あなたが宇宙ヒーロー? おっかしー!」
ケラケラ笑う妻。
「ワンギョ(向こうが勝手に思い込んだんだ……)」
「ヒーローってこんな熊みたいなずんぐりした体?」
「ギョエェ(む……いいじゃないか別に……!)」
「でも、ヒーローは食事中に箸落としたりしないわ」
ごめんなさい。
◇
サーカス団の元へ向かうと、副団長と団長の言い合う姿。
「彼、電話に出なかったのだが……」
「ヒーローは敵が多いから、自分の居場所を安易に言わないのだ」
「では電話に出た女性は……天涯孤独の筈……」
「愛人だ。孤独なヒーローには付きものだ」
何やら誤解が酷くなっていた。
◇
「だが本当に彼を入れるのか? ヒーローを見せ物にしていいのか!」
団長に異議を唱える副団長。
「当然だ! 彼を使えば沢山の客が集まる筈!」
な、何だって! ひょっとして騙されたのか!?
……しかし、ふと我に返る。
私はヒーローじゃない、ただの合成生物。
騙してるのは私だ!
◇
「だが本当に彼を入れるのか? ヒーローを見せ物にしていいのか!」
団長に異議を唱えるワタクシは副団長。
「当然だ! 彼を使えば沢山の客が集まる筈!」
「結局金目当てか!」
「無論! 金も得られなければ、震災復興支援公演の意味が無い!」
ガタッと物音。
振り返るとそこに、涙を流す例の宇宙ヒーローが。
◇
震災復興支援チャリティサーカス団に入団を決めた合成生物の私。
「いいのか?君のギャラは出ないかもしれないが……」
「ギョ(構いません!)」
帰宅し、妻に報告。
「良かったわね。晩ご飯にしましょう」
……が。
出されたのは乾パン1枚。
「ウチも復興支援必要なの、知ってた?」