第九部・夫の秘密編
気がつくと、合成生物の私は牢屋の中。
「ようやくお目覚めか」
外には私をさらった元ピエロ。
「ワンギョ(私をどうする気だ……!?)」
「落ちつけ。先ずは食事だ」
差し出されたパンを見、涙を零す私。
「どうした、惨めな気分になったか」
「ギョ(いや、無職時代、暫く乾パンしか食べさせて貰えなくて……それよりはマシだったから、逆に嬉しくて)」
◇
猿ぐつわに手錠までかけられ、牢を出された合成生物の私。
連れて行かれた先は、仮面に黒いマントの男のもと。
「遂に会えたな3号」
3号……?
「ググッ……(一体何のことだ?)」
「むっ、こいつは今何を言った?」
「トイレ行きたい! 漏れそう! ……と言っています」
何故そう解釈した。
◇
オレはピエロ、もとい、工作員。
「トイレなら仕方ない」
ボスの好意でキメラをトイレへ連れていくことに。
手錠のままだとやり辛いだろうと、それだけ外す。
コイツ手は短いし大丈夫……と思っていると、伸びた爪で猿ぐつわを外した!
「貴様、爪を……何と不衛生な、ちゃんと切っておけよ!」
「ワンギョ(私の妻みたいなこと言うな)」
◇
猿ぐつわを外した合成生物の私。
もはやこっちのものと盛大に炎を吐く。
相手が怯んだ隙に逃亡だ!
……が。
「待て、お前は秘密を知りたくないのか!」
そう言えば仮面の男が3号とか……立ち止まる私に再び手錠が。
「素直で結構。では教えるぞ、ポリンキーが三角形の秘密を」
だ、騙されたっ!
◇
あたしは斉藤ミヨコ。
家に帰り、娘たちと一緒に布団に入るもなかなか寝付けない。
やはり夫のことが心配なのだ。
頭の中でずっと、夫の声が聞こえる。
――私のことは心配するな、きっと帰ってくる。愛しているよ、君の……。
「おっぱい」
――長男、今晩は柱に括り付けられたまま寝なさいね。お休み。
◇
「誰がポリンキーの秘密を教えると言った!」
合成生物の私と元ピエロが戻るなり、怒鳴る仮面の男。
「我が輩が教えるのは、お前が3号と呼ばれる所以だ」
「ググッ……(そうだ……それを知りたかったんだ)」
「むっ、こいつは今何と言った?」
「ポリンキーの秘密の方がいい……と言っています」
少し黙れ元ピエロ。
◇
あたしは斉藤ミヨコ。
目覚めると長男がいなくなっていた。
刃物でスッパリと切られたロープ……間違い無い、さらわれたんだ!
と、電話が鳴る。まさか犯人から身代金の要求!?
恐る恐る受話器を取ると……
「子ども虐待防止センターです。昨晩お宅のお子さんが虐待されていると通報を受けまして――」
◇
子ども虐待防止センターからの電話を切り、絶望に震えるあたし、斉藤ミヨコ。
長男は彼らが預かっていると言う。
それよりも、私が虐待!?
……と、裾を引っ張る次女。長女も私にしがみ付いてくる。
私が、こんなに可愛い子たちを虐待なんか……!
「おっぱい」
――今、一瞬殺意が湧いたけど、空耳?
◇
私は斉藤たかし。平凡なサラリーマンだった筈が、ある日、合成生物に変身してしまった。
そして今、遂に仮面の男の口から、ある秘密が語られ出す。
「我が輩は、ある組織に頼まれ、動物実験を開始した……異なる動物同士を組み合わせ、新たな生命を生み出す、つまり合成生物の製造だよ……」
やはり私の変身はそれと関係が!?
「……というのは、私が最近執筆中の小説の話だが」
違うんかい!
◇
仮面の男の話は二時間にわたった。
「……つまり、小説のネタのために私はお前を捕えたのだ!」
が、結論は結局そこへ至った。
「ググ……(もう帰らせて)」
「むっ、こいつは今何と言った?」
「腹減ったからポリンキー買ってくる。外に出して……と言ってます」
もうその訳でいいわ。
◇
「残念だが、外には出さん。小説のネタとして、私に一生その身を捧げるのだ!」
勝手な台詞を吐く仮面の男に、遂に怒り心頭の私。
喉の奥に溜めた炎で猿ぐつわを燃やした。
「ワンギョ!」
「こいつ、まだ抵抗を……!?」
「舌火傷した! 熱い! って言ってます」
……それは事実だ。
◇
「が、これでも抵抗出来るか?」
仮面の男が指を鳴らす。
「お呼びですか」
と、背後に巨大なトカゲの顔。
手に、我が息子を抱えている!
「我らの技術が生み出したリザードマンだ。貴様の家に侵入させた」
「ワンギョ(小説のネタ、彼で足りるんじゃ?)」
「む、何と言った?」




