Leaving my school
初めての純恋愛もの(?)なので、あらすじに書いた通り心の揺れが伝わるよう書けているか心配ですが、心を広く、読んでいただけたら幸いです。
「桜、咲くといいね」
「そうだね。やっぱり入学式は満開の桜で始まったんだから、桜で終わりたいよね」
友達とそんな話をしていた日から、早1ヵ月。
苦しまされた受験も終わり、ついに迎えたこの卒業の日。
去年までは長く退屈に感じた卒業式も、今日ばかりは何とも短く感じた。
すすり泣く声をすぐ近くに聞きつつ、卒業生退場、の声と大きな拍手で教室に戻る。
「千華子ぉっ!!」
教室に入った途端、おいおい泣きながら抱きついてきた同じクラスの親友、繭美が私の制服の肩を涙で濡らした。
「泣いてんのー?」
軽く笑いながらぽんぽんと繭美の頭を叩く。繭美は鼻をすすりながら言った。
「だってもう、みんなと全然会えなくなっちゃうんだよ? 千華子とだって……そんなのやだよぉ!」
そしてまた、私の肩に顔をうずめた。
私だって、みんなと離れるの、嫌だよ。悲しいよ。泣きたいよ。
でも、私は泣かなかった。いや、泣けなかった。人前で泣くのが、カッコ悪くて恥ずかしいと思っているから。だって、あからさまに弱さを見せることなんてしたくないんだもん。前にこの討論を繭美として、2日間口をきかなくなったこともある。私の方がおかしいのかもしれない。でも、嫌なものは嫌だった。
周りを見ても、思ったより泣いている人は多くて、少数の男子など男泣きをしていた。泣いていない人も顔が引きつっている。しかし、特に仲の良かった幼馴染の柊介は、全く泣いておらず、かつ全く平然と――いや、少し心ここにあらず、という感じで――1人でぽつんと立っていた。いつもは仲間とつるんでよく笑う柊(私は彼をこう呼ぶ)なのに、と少し心配になってしまう。
柊と繭美、私は小学生のころからいつも仲が良く、たまには喧嘩もしたけれど信頼関係はかなり厚い。でも、この2人とももうお別れ。私たちはそれぞれ、別の学校に進むことになった。
「柊、目、カラッカラだねぇ」
繭美の頭を撫でながら茶化すようにふざけてそう言うと、柊はこっちをちらっと見て、ぼそっと言った。
「別に泣かねーし。悲しくねーし。関係ねーし」
「何ねーしばっかり言ってんの? 何か柊、今日変だよ?」
朝から私と目も合わせず、繭美と、つるんでいる仲間とだけ軽く話していた柊。こんなのは初めてで、何だか壁ができてしまったように感じてしまう。
「変じゃねーし。あ、ちょっと繭美借りるから。来い、繭美」
「へ? ぐすっ……別に、いいけど」
急に話を振られ驚いた繭美は思わず泣き止むと、2人して教室を出て行った。教室がざわざわと騒がしくなる。
「柊介、告白じゃね?」
「だよだよ、絶対そうだよ!」
そっか。柊、繭美のこと好きだったんだ。
みんなの噂話を聞いていると、だんだんその気持ちが強くなってきて。
私、邪魔だったのかな。柊から、繭美を取っていたのかな。
そう思えてきて。
何だか、余計に泣きたくなってきて。
私たちの想いも虚しく――。
桜は、咲かなかった。
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最後のHRが終わり、帰りの支度をしようとアルバムを鞄に入れていると、いつもは一緒に帰る繭美が駆け寄ってきた。
「ごめん千華子、あたし今日、早く帰んなきゃいけないから先帰る! ほんっとごめん! じゃ、離任式ね!!」
本当に最後にみんなと会うのは離任式であって、今日ではない。でも、やっぱり今日は特別な日だったのに。繭美は私の返事も待たずに、屈託のない笑みを見せて走り去ってしまった。では柊と帰ろうかと思い、自分の席より後ろにある柊の席を見ると、もう彼はいなかった。つるんでいる仲間と帰ってしまったのだろうか? それとも。
もう、いいや。
じゃあね、と声をかけてくるクラスメイトに同じ言葉を返しつつ、私は一度しまったアルバムを出した。
仲良く3人でピースをしている写真。3人でふざけている写真。3人で実験をしている写真。
なんだかんだ、柊はつるんでいる仲間たちより私たちと一緒にいたんだなぁ、とほのぼのと思う。
そして最後のページに書かれた、友達からの寄せ書き。
繭美の言葉。
『今まで本当ありがと。千華子、大好き。メール待ってるからね。あたしもいっぱいメールする!これからもよろしく!』
私も繭美には同じような内容を書いた。彼女の字が少し震えているのが可笑しかった。
そして柊の言葉。
『喧嘩もしたけど、いろいろめちゃくちゃ楽しかった。これからも元気で頑張れ!』
いろいろって何? 思わず笑いそうになった。相変わらずアバウトな柊。
元気なのにクールぶっちゃって。後輩や同級生に告白されても絶対断って。遊ぶときは本当の柊で。本当は明るくて、面白くて、優しい、柊。今まで、絶対になくならないと思っていたもの。
教室にはもう、誰もいなかった。
今、やっと気付いた。私の本当の気持ち。
私、柊のこと――。
でも、もう遅い。柊は繭美が好き。繭美も、きっと柊が好きなのだろう。私と一緒で。
苦しくなる胸を気にしないようにしながら、私はアルバムを閉じた。
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下を向きながら、ぐっと涙をこらえて校門へ歩いていると、ふと声が聞こえた。
「何シケた面してんだ? 第一出てくんのが遅すぎんだよ。ずいぶん待ったじゃねーか」
びっくりしてその聞きなれた声のする方を見ると、そこにはいるはずのない、柊がにっと笑いながら立っていた。
「何で……?」
「何で、って。お前のこと待ってたの」
「いや、そうじゃなくて……てっきり、繭美と帰ったのかと……」
「ん? あいつは、先に帰らせた。許可もとってある」
「え? 何のこと?」
頭が混乱でぐるぐるする。私はゆっくり近づいてくる柊を見つめた。
「ちょっと、お前に用があってな。でもここじゃあ……」
事務の人が卒業式の看板を外し、学校内に戻っていった。私は何かと首を傾げた。そんな私を見て、柊は少し頬を染め、そして大きく息を吸って、言った。
「あーもう、いいや! 言う!!」
「何を……」
次の言葉は、春の風に流れてしまったけれど、唇の動きと態度が教えてくれた。私の頬もピンクに染まっていくのを感じる。
理由は聞かなかった。これだけずっと一緒にいたんだもん、理由なんか、いい。
「私も」
柊がびっくりしたように目を見開き、そして、何とも言えぬ嬉しそうな、あどけない笑みを見せた。
「……行こうか」
「……うん」
私たちは、横に並んで歩き出した。今までは全然気にならなかったのに、なんだか柊の存在をいつもより大きく、温かく感じた。
「許可って、何の許可?」
「お前を取る許可」
何それ、と軽く笑って、私はまっすぐ前を向いた。すると校門のすぐそばの桜のつぼみが目に入った。
きっと、離任式には咲くだろう。
「あと」
「何?」
「我慢は、大概にしとけよ」
ころん、と涙の粒が頬に落ちる。
そのとき、私は思った。
ああ、人前で泣くのは、弱くもカッコ悪くも恥ずかしくも、ないんだって。