Ⅶ.はるか夢の後
「どむぅ!」
「ぐふっ!」
「ぎゃん!」
有無を言わさずしょっぴかれた部屋に三人揃ってぞんざいに放り込まれた。戦士とマホツカに潰されるように下敷きになるわたし。酷い、わたしは無罪なのに!
洒落たオフィスの応接室といった感じの部屋は完全防音設計なのか、カジノ場やレース場の喧騒が幻であったかと思えるほどの、耳がキーンと痛くなる静かさだった。
「だ、大丈夫ですか、皆さん!?」
あぁ、僧侶ちゃんのエンジェルフェイスを見られれば、どんな不遇な環境に陥っても雑草のごとく立ち上がれ……ないよ! 上の二人早く退いて!
「う、ん? ここは……どこだ?」
記憶が曖昧な状態の戦士。まぁ、無理もない。
ボコチョレースの結果がお気に召さなかったマホツカが激昂したのはすぐのことだった。怒り心頭で司会者兼解説者の人に不服を申し立てに行こうとしたのだ。
マホツカ一人だけなら、わたしと僧侶ちゃんでどうにか抑えることはできなくもなかったのだけど、スロットマシンの変な仕様に悩まされていた戦士が覚醒し、あろうとことかマホツカに同調したのだ。何でこういうときだけは息がピタリと合うんでしょうかね、この二人は。
ちょっとした騒ぎの波紋がレース会場に広がりそうになったのを、わたしがどうにか二人を宥めることで解決を図ろうとしたが、やはりとういか無理だった、だったよ。
その結果、なぜかわたしまで黒服のお兄さんたちに連行され、こうして別室へと隔離された次第である。
「くあー、何すんのよ! それが客に対する態度!」
マホツカは起き上がるとすぐに、扉の前で阿修羅像よろしく阿吽と仁王立ちする黒服の警備員さんたちにくってかかる。だがお兄さん二人は微動だにしなかった。プロや。
まあ、問題を起こしたのはわたし達だからね。もはや客扱いは見込めない。
だがしかし、
「あの~、わたしは無罪なんですけど……」
「「…………」」
完全無視かよ。サングラスの下に隠された表情がまったく読み取れない。
「ふふん、一人だけ助かろうとしても無駄よ、勇者」
「よく分からんが、ここは皆で協力して乗り切るべきだ」
あーもう、何でこんな面倒なことになっちゃったんだよ。だからカジノなんて嫌だったんだー――と嘆いたところで後悔先にも後にも立たない。
この後いったいどのような処分が下されるのだろうか。ブラックリストに登録され出入り禁止になるぐらいなら全然カモンなんですけどね。
「とにかく、これ以上問題起こしたくないから、向こうの出方を待とう」
暴力行為はさすがにまずいからね。この年齢で《ズールトベイル監獄島》送りにはされたくなどない。
そして待たされること数分後、マホガニーの重厚な扉が外側から開かれた。
「これはこれはお客様方。何か当店に御不満でもありましたでしょうか?」
そう述べながら入室してきたのは白のジャケットを羽織った老人だった。両腕に高級そうな時計を五つもはめ、鷹の金細工が付いた杖をついていた。
あれ? どこかで見たことのある人だな…………って、昼にこの店の前で僧侶ちゃんにイチャモンつけてきたおっさんではないか。
「おや、どこかでお会いしましたかな」
言葉遣いはくそ丁寧だったけど、顔は半笑いで、明らかにわざと口にしているのが窺える。
「アンタ、昼のカレーじゃない!」
「どうしてこんなところで出てくる」
ほんどだよ。二度と会わないと思っていたのに。
「そう言えば自己紹介がまだでしたね。わたしはここ《コルッネオ》カジノホテルのオーナーを務めている者です」
オ、オーナー!?
まさかトップがいきなり出張ってくるとは、そんなにヤバメな状況っすか?
「ちょっとー、さっきのボコチョレースおかしいでしょ! 何でゴールのタイミングでドーピングの話が出てくるのよ!!」
「私が遊んだスロットマシンもおかしかったぞ! なぜコインが吸われるんだ!!」
オーナーを前にして余計にヒートアップする戦士とマホツカ。まあ、理不尽さは共感できなくもないけどさ、とりあえず握った拳を緩めなさいって。大人の社会というのはね、先に手を出した方が負けになるから。
「とんだ言い掛かりですね、お客様方。当店は至って健全な運営を行っているカジノですよ。あくまでもルールに則ってのことです」
「何ですってー!? アレのどこが健全なのよ! この店爆発させるわよ!!」
「貴様、場合によっては、斬る!」
一触即発な状態に、オロオロしている僧侶ちゃんがチョーゼツかわえぇー……って、今はそれどころではない。
「御不満があるようですね」
「当たり前じゃない!」
「当たり前だ!」
二人の殺気に当てられてもオーナーは冷静にして沈着だった。
そしてゆっくりと、まるで狙っていたかのように次の言葉を紡ぎ出した。
「それでは、ここはわたしと一勝負しませんか」
勝負?
「どういうことだ」
「ここはカジノですよ。全てはゲームによって解決するべきでは?」
え、そうなの? 普通に反省文書いて終わりにした方が……。
「ふん、面白い考えじゃない」
「あなた方が勝てば、負けた分を十倍にして返しましょう」
じゅ、十倍!?
ってことは、一、十、百、千……ご、ゴゴゴ、五十万コイン超!? 十万ドルオーバー!!?
「ま、負けたらどうなるんですかね……」
皿洗いぐらいなら全然OKなんですけど、まさか下界にパージされないよね。
「そうですね、負けたら……」
そこで言葉を切ると、オーナーはわたし達一人一人に順に目を向ける。そして最後に僧侶ちゃんに視線を合わせてしばらくじっと見つめた。やっぱロリ――、
「お客様が負けたら、わたしの頼み事を一つ叶えていただきたい。なに、たいした内容ではないですよ。ほんのお遣いみたいなものですから」
あ、怪しい。カビ臭い破邪石を取ってこいとか言われそう。
「ふん! 何だっていいわよ! どーせ負けるつもりはないんだからね」
いや、一応内容を確かめておかないと。契約書だって最後まで読まないと痛い目見るし。
「ギャンブラーはね、負けたときのことなんかイチイチ考えないのよ! 負け犬の発想はお金とツキを逃がすだけよ!」
だから、それは死亡フラグ……。
「面白い。それで、何で勝負するんだ? 剣か、槍か?」
ほんと『勝負』って言葉に弱いんだから戦士は。いつもの心配性はどこ吹く風って顔してるよ。
「そんな物騒な道具など使いませんよ。ここはギャンブラーの集まる場所、当然これで……」
と、オーナーは胸ポケットの中に手を入れると、中からトランプの箱を取り出した。しっかりとセキュリティーシールが貼られてある。
嫌な予感しかしないのは、激しく気のせいであってほしい。