Ⅵ.カジノ・de・ボコチョ
「なぜだ……、なぜ……」
スロットマシンとの闘いに敗れた戦士。放心状態のままボソボソと呟く姿は、もはやお決まりのパターンだった。とりあえず放っておいてもあれなので、一緒に――半分引きずりながら――マホツカを探すことにした。
「マホツカは大丈夫かな……」
「勝負運は強そうな人ですからね」
うーむ、仮に戦士と同じ目に遭った場合、マホツカなら意気沈没などせず、怒りフルスロットルで店を破壊するかもしれないからね。一人にしたのは失敗だったかな……。負けていないか別の意味で心配だ。
ブラックジャックは人気のゲームなのか、プレイテーブルがフロア全体にドミナント出店していた。どうにかマホツカが歩いていった方向を思い出しながら探すこと数分、
「アンタたち、なーに湿気たマッチみたいなツラしてるのよ?」
と、目立つとんがり帽子の黒いクリスマスローズが、欣喜雀躍な顔で現れた。どうやら一通り遊んで引き上げてきたみたいである。
「いや、戦士がスロットマシンで大負けしちゃって」
「なぜだ、なぜ……」
壊れたレコードみたいに同じセリフを繰り返す敗戦士。これに懲りて、二度とギャンブルには手を出さないでほしいところだ。
「それで、マホツカの釣果は?」
まあ、訊かずとも表情で判断できるんだけどね。
「ふふん、見ての通りよ♪」
シュッと、マホツカは見せびらかすようにローブの袖から何かを取り出した。
「あれ? それって」
つい一時間ほど前に景品交換所で出会ったジョアブルパピーが所持していたカードのブロンズ版だった。どうやらこの店専用のコインカードらしい。確かに、たくさんのコインを持ち歩くのは大変だからね。
「それっていくらぐらいなの?」
「んー、ブロンズは一万コインからだったかしら? このカードには五万入ってるけど」
!?
ご、五万コイン!?
「い、一時間ちょっとで五万!? ええー!?」
「すごいですね、マホツカさん」
「ふっふふーん、ワタシにかかれば楽勝よ。それに今日はやたらツいてたのよね。気分はまさにテンホー・チーホー・チューレンポートンって感じかしら♪」
えっ? それって死亡フラグなんじゃ……。
「でもよかった。それだけあれば、ウィーハ島までは間違いなく行けるね」
ふっ、母直伝の極貧サバイバル術を発動させれば世界一周も夢じゃないけどね。但し軽度のトラウマを覚えるから、この宝刀だけは抜くつもりはないけど。
「はあ? 何言ってんのよ。これは元手よ、も・と・で! 本番はこれからなんだから」
へ?
「まだ続けるの? もう十分なんじゃ……」
「ノンノンノン、まだまだいくわよ! ツいてるときに稼がないで、いつ稼ぐのよ。幸せの赤と緑のリンゴはすぐ逃げちゃうのよ」
深追いは死亡フラグと相場が決まっているのでは……。
「まあ見てなさいって」
ズカズカと人ごみを分け入って分け入って進むマホツカ。その勇ましい背中を追って下の階へと降りる。まだ地下があったんだ。
螺旋状の階段を下りること数十段。その光景は突然目に飛び込んできた。
「こ、ここは――」
サンバとマンボとテクノが混ざった、とにかくうるさい曲が流れるベースメント2は、それを上書きするほどの熱狂と歓声が地響きを鳴らす。そしてさらに、歓喜のファンファーレと悲哀のタンゴが沸き起こった。その理由とは――、
「《ボコチョ》!?」
広大な地下空間の中心部には楕円形のレース場があった。そこには色取り取りのボコチョが騎手を背中に乗せて激しいデットヒートとオーバーテイクを繰り広げている。
「何、ここ?」
「どうやらレースの会場みたいですね」
ゴールラインを八頭のボコチョが順々に駆け抜けると、紙吹雪が舞うわ舞うわ。
「そう、ここは《ボコチョレース》のゼガス会場よ!」
ボコチョレース?
ちなみに《ボコチョ》とは、簡潔に述べると馬みたいな鳥のことだ。翼が退化した代わりに足の筋肉が発達したとかなんとかで、陸上で最速を誇る生き物とのこと(瞬発的ではなく継続的な)。
生物学の先生曰く、馬の仲間なのか鳥の仲間なのかは、レースさながらの白熱した不毛な議論が、どこかの国際会議で行われているとかいないとか。
「勇者は知らなかったの? まだ一般人には認知度が低いようね」
普通の競馬なら知っているけど、ボコチョレースは知りませんでしたね。
ボコチョといえば、主に陸路の旅にて移動手段として活用される温厚な動物だ。まさかこんな賭け事に駆り出されていたとは、ボコチョも大変だな。
「ようするに賭博レースってことだよね? 競馬みたいな」
「そゆこと」
「噂には聞いていましたけど、これほど熱狂していたとは」
ふーむむ。
「でもレースって、当てるの難しいんじゃないの?」
個々の能力差はあるかもしれないけど、やはり不確定要素が大きいのでは?
「ふふん、心配無用よ。何つったって耳寄りな情報を手に入れたのよね。かの《マートヤのつぶやき》で見たんだけど、最終レースにあの《セイホーフハイ》が出走するのよ!」
と、言われましても。何のこっちゃ。
「知らないのは無理もないわね。聞いて驚きなさい、セイホーフハイはボコチョレース界に君臨する無敗の帝王なのよ! 久しぶりの参戦ゆえかオッズは三倍になってるけどね」
それってどう考えても死亡フラグだよね?
「そんじゃレース券買ってくるわ。アンタはこれ読んで少しは勉強してなさい」
と、マホツカからタブロイドサイズの競馬新聞ならぬボコチョレース新聞を手渡された。見れば何やら赤いペンでいろいろと数値データが書き込まれている。どうやら二番のセイホーフハイ一点張りに決めたのだと読み取れた。
「他にどんなボコチョが出走するんでしょうか」
「確かに、ちょっと気になるね」
ラスゼガス スプリングカップ
最終レース 障害3000メートル
1.ツンツンヘッドデイトナ
2.セイホーフハイ
3.ゲキアマセンベエ
4.ゲレゲレパンサー
5.イクシオンフォスラー
6.マルコヴォーミリオン
7.サンダーカノープス
8.ハリボテナッソス
何か、名前がコいな。
「どう、少しは理解した?」
レース券を購入してきたマホツカ。どんなの買ったんだろ。
「モチ二枠の単勝よ。全額賭けてきたわ」
全額って、五万コイン全部!?
「ふふん、これで一気に十五万コインね」
もう分からん、何もかも。考えるのをやめて楽になろう。
「ギャンブルは時として大胆にならないといけないのよ。コソコソチマチマやってたらお金が腐るわ!」
さいですか。マホツカ先生マジパネェっす。
「あ、そろそろ始まるみたいですよ」
八頭のボコチョがスターティングゲートへと入る。なぜか五頭目だけやたらと時間を要したみたいだけど、それも終わって準備完了のようだ。
『レディースえーんどジェントルメーン! 今宵の最終レース、運命はあなたが託したボコチョ次第。笑って豪華ディナーをゼガスの夜景と共に満喫できるか、はたまた泣きながら貨物列車の中でブタと一緒にわら束の上で寝ることになるのか。
それではボコチョレースぅー、レディー……――ゴぉー!!』
ピンクのスーツに真っ赤なシャツ、小指以外を全部立ててマイクを器用に握る司会者の掛け声とともに、ゲートが一斉に開いた。無責任な願いを託された七つの流れ星が、ダートなコースへと降り注ぐ。
「オラー! 絶対に一着で入りなさいよ! アンタに全賭けしてんだからね。負けたらローストチキンにするわよ!」
隣で激を飛ばすマホツカ。ただの迷惑客です、本当にありがとうございまし、た。
しかし、わたし達の旅の成否が懸かっているのだ。一応は応援しておかないと。
『さて、まずレースはロングストレートから第一カーブ――通称ニーベルンリンクのヘアピンカーブへと突入する!』
えっ、ヘアピンカーブなの? あっ、本当だ。あんなの曲がれるんですかね?
「まがれえええええぇぇぇ!!」
マホツカの叫び声が通じたかどうかは不明だけど、セイホーフハイを含めた六頭のボコチョはスピードを落として無難にカーブを乗り切る。
『おおっと!?』
だが、ぶっちぎりでドンケツを走っていた一頭が曲がり切れずに転倒してしまった。
『六枠八番ハリボテナッソスが転がったぁ! これで公式戦二十三回連続転倒だ! 絶賛記録更新中なのは、わざとやっているとしか思えないぞ』
わざとやるなよ。何のメリットもないでしょ。
「あれ? そういえば五番のボコチョはどこに……?」
『おおっと! 五枠五番のイクシオンフォスラー、何とスターティングゲートから出られない! またしても減量に失敗したようだ』
またしてもって、何でそれで出走登録できるんだよ。
レース序盤にしてとんでも展開だ。
だが、まだそれは序の口だった。障害レースということもあり、中盤以降レースは波乱に満ち溢れる。わたしのツッコミも振り落とされないようにしなければ!
『おおっと! 六枠七番サンダーカノープス、雷平原エリアにて落雷が直撃! 油断してマバタキでもしてしまったのか? 見事なヤキトリ状態だ!』
どっからカミナリなんぞ降らしているんだよ!? 騎手もあぶねーよ!
『おおっと! 五枠六番マルコヴァーミリオン、ディアガの大穴ゾーンにてジャンプできずに落下! やはりただのボコチョだったのか? それでは世界の反対側までアディオース!』
いやいやいやいや、そこまで落下しないでしょ? 頭が余裕で見えてますけど。
『おおっと! 四枠四番ゲレゲレパンサー、騎手になついていなかったのか、突然暴れ出してコース外へと飛び出した! これは残念ながら失格だ』
きっと名前が気に入らなかったのだろう。
『おおっと! 三枠三番ゲキアマセンベエ、内海エリアにてまさかのカナヅチ発覚! 体が沈むよどこまでもー、フォーエバー~!』
溺れる深さじゃないじゃん! 他のボコチョは足の真ん中ぐらいまでしか浸かってないし。
リタイヤ続きのアップサイド・インサイド・アウト・レース。(生き)残っているのは頭の毛がツンツン尖った金色のボコチョと、我らの期待を背負う無敗の帝王だけだ。
『おおっと! 二枠二番セイホーフハイ、名に恥じないレース展開を見せてくれる!』
さすがは不敗を冠するだけはある。まさに『桁違い』のスタミナで最後の直線を突っ走る。
「よっしゃー! 勝ったわ!!」
そう誰もが思っただろう。実際二着とは一ボコチョ身以上離してゴールした。
しかし、勝利の女神は微笑まなかった。
『おおっと? ここで入った情報です。何とセイホーフハイの騎手ジョニー氏ですが、事前のドーピング検査で陽性反応が出た模様。本人は昼食に食べた変な肉のせいでお腹をこわし、そのとき飲んだ胃腸薬だと説明しておりますが、残念ながらこれは失格だ。
よって二着に入った一枠一番ツンツンヘッドデイトナが繰り上がりの一着になります。そして二着は……おおっと!? いつの間にか復帰していたハリボテナッソスがゴーーール!!』
そしてレースは終了した。
「ギャーーー!!」
儚くても、マホツカキャッスルは砂上の楼閣だったかのように崩壊した。