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Ⅳ.遊び人の理想郷(コロシアム)

 太陽が()平線へと沈み、夜の帳が街を覆いつくすと、ライトに彩られた舞台の幕が開けた。わたし達は金と欲望が混在した、混乱と混沌の地へと足を踏み入れた。

 そこそこ大人な喫茶店には一人で入れる勇気はあるけれど、さすがにカジノへはみんながいなければ無理だったかな。高級ブティックとは属性の違う入りづらさがここにはある。

「ここが地下なのか。信じられん広さだな」

「平日なのに、人がいっぱいですね」

「ほんと、暇人はどこの街にもいるわよね」

 陽気なBGMが流れるカジノ場には、ダンディーな紳士からエレガントな淑女まで、老若男女遊び人がたくさんいた。地下だというのに、目が痛くなるほど大量の照明が乱反射され、客たちの欲心をかき立てている。

 スロットマシンが奏でる奇跡のワルツ、ルーレットがかき鳴らす波乱のロンド、コインが弾ずる魅惑の不協和音が、人々の喧騒と混ざって場内へと響き渡っていた。

「耳が痛くなる……」

「この騒音も修行の一環だと思えばいいのか。心頭滅却すれば雑音もまた福音……」

 いや、無理でしょ。

「ふふん、この音が軽快な16ビートに聞こえないうちは、まだまだよ」

 そういうもんですかね。ん? なぜか僧侶ちゃんがこくりと頷いたような気がしたけど……見間違いだろう。

 とりあえず、四人で入り口付近をたむろしていても通行の邪魔になるだけだ。二十四時間営業とはいえ、さすがに日付をまたいでまでここにいるつもりはない。

「戦士はどうするの?」

 運を鍛えるなどという餅を絵に描く戦士。もうここまできたら本人の自由にさせてあげよう。そして現実を熱いうちに喉へ通してくれ。そもそも運など鍛えられるわけがない。

「私はスロットマシンに挑戦してくる。必ず、かのスリーセブンを揃えて見せる!」

 と、真紅のドレスの裾をはためかせながら、戦士は己との闘いに挑みにいった。

 ちなみに腰に提げた剣は受付にて没収されている。戦士は食い下がろうとしたが、追い出される心配があったので結局は諦めた。但し、短剣は隠したままである。ザルすぎるでしょ、チェック。

「マホツカは?」

 遊び人の素質を十二分に兼ね備えたマホツカは何に挑むのだろうか。

「ワタシはブラックジャックで元手を増やしてくるわ」

 と、とんがり帽子を揺らしながら、マホツカはディーラーとの闘いに挑みにいった。

 ちなみに腰を置くはずの釣竿袋は受付にて没収されている。理由は剣と同じで危ないからだとか。

 でも、服装に関してはローブのままで大丈夫だったんだよね。ハロウィンはまだだいぶ先なのに、カジノ側の基準がよく分からん。

「僧侶ちゃんは? 何か遊んでみたいものとかある?」

 直視すると思考領域の九分九厘を奪い取られてしまうので、顔はあさっての方角に向けた状態だ。うわ~ん、もったいない。

「えっと、私は…………。いえ、勇者さんのお供をします」

 普段と比べてトーンが低いのは気のせいだろうか。どこか強く自粛している感じがしないでもない。さすがの僧侶ちゃんも、カジノが発する魔性のオーラにあてられて、興奮しちゃっているのかな? でもそんな僧侶ちゃんもかわいいからOK!

「勇者さんは何かやりたいゲームでも?」

 にゅー! その服装で下から見上げてこられると昇天しそー! むむむ胸が、決して大きいというわけではないけど――(やっぱわたしより大きい)――その胸が、ぐはっ! 落ち着け、落ち着くんだ。

「はあ、はぁ、ええっと、特にないかなぁ」

 資金稼ぎのためにカジノへ訪れたのだけど、世の中ギャンブルで財を成したのはギャンブルを営む側だけであると、わたしはよーく理解している。ので賭博には手をつけるつもりは毛頭ない。

 大人な遊びの世界はそんなに甘くない。ほとんどの人は散財する末路に行き着くはずだ。

 気合満タンな戦士とマホツカには悪いけど、あまり期待はしていない。せめて借金をしない程度に遊んできてほしいところである。

 旅の資金は……別の手段を考える必要がありそうだ。やっぱ初心に返ってモンスター狩りですかね?

 まあ、それは後でいい。今日はせっかくなので、せめて雰囲気だけでも堪能しておかないとね。わざわざゼガスまで足を運んだのだから。

「とりあえず、回ってみよっか」

「はい、そうですね」

 バニーガールのお姉さんや、カクテルグラスをトレイに乗せるウェイトレスさんたちを眺めながら、目的もなく僧侶ちゃんとぶらつくことにした。

 派手な装飾ときらびやかなシャンデリア。マシンゲームに夢中になる女の人から、テーブルゲームで大勝利をしてチップをどっさり置いていく気前のいいおじさん……。

 ああ、世界は平和だ。大魔王討伐の旅とか、まじで忘れたくなってくる。特に金銭的な面での事情を。

 ふと、隅っこのスペースにて、何やら人気の少ないカウンターが目に止まった。

「あれは?」

「きっと景品交換所ですね」

 おお、なーるほど。稼いだコインを物品と交換できるシステムなのか。

「ちょっと覗いてみよ」

 カジノ交換所か。いったいどんなアイテムが用意されているのだろうか。

 僧侶ちゃんと二人でカウンター上の貼り紙を仰ぎ見た。


 《世界樹の葉》   1,000コイン

 《メリガンメイル》 5,000コイン

 《はやぶさの短剣》 10,000コイン


 おおっ、何かすごそうなアイテムがたくさんある。ほしいなー。

 と、さらに下の段を見てみた。


 《自爆の腕輪》 5,000コイン

 《自壊の鉄球》 5,000コイン

 《自滅の盾》  5,000コイン


「何、あれ……」

「何やら『捨て身』な波動を感じますね……」

 非常に怪しげなネーミングの景品だ。装備したらソッコーで戦闘不能になりそうな予感が臭ってくる。

 わたしが懐疑的な眼光を放っていると、子供連れのジェントルメンがやってきた。

「わあー、パパー! あの一番下のほしいなー! 買って!!」

 一丁前にネクタイを締めた少年が父親にねだり始める。

「どれどれ……模型か? そうだな、せっかくの誕生日だ。何でも買ってやるぞ」

 微笑ましい光景だ、けーど子供のうちから贅沢(タクゼー)を覚えさせるのは感心しませんねお父さん。

 けれど、誕生日では大目に見てもいっか。わたしもバースデーには母がフンパツしてくれて特売品ではない獲れたて新鮮なお肉をげふんげふん。

「どうしました、勇者さん?」

「ううん、何でもない、何でもないよ」現実は本当に残酷だ。

 それよっか、少年がおねだりした景品はどんなんだろう。模型だなんて、いかにも子供っぽくっていいね。確か一番下のって言ってたっけ。


 《1200分の1往海艇・ヒルデガルーダ参号》 1,000,000コイン


 !?

 はいー!? 何だこの値段! だってただの模型でしょ? 確か1コインが20セントだから…………って、どんだけボッてんだよ!!

「よし、これをくれ」

「かしこまりましたお客様」

 いやいやいやいやいや、ええー!! マジで買うの?

「わーい! パパありがとー!! わーいわーい」

「ハッハッ、安い買い物だ」

「ママにはないしょ?」

「ママには大好きなカッパのぬいぐるみを買ってあるから大丈夫だよ」

「さっすがパパー!」

「さあ、買う物買ったし、そろそろ帰るぞー、ハッハッ」

 まじ……かよ。

 コインではなくゴールドなカードで支払っていったジェントルメン。さすがはラスゼガス、わたしと住む世界が異なる人がふつーにいる。

 しかし、あの値段はやっぱおかしくないかな。

「僧侶ちゃんはどう思う? やっぱ高いよ――」

「いえ、打倒なお値段かと思います」

 へ?

「あの模型は、伝説の原型師《シシド・リンドブルーム》氏が設計した《ヒルデガルーダ》シリーズの参号機です。二十万ドルではまだ良心的ですね」

 そ、僧侶ちゃん、詳しいね……。

「私も壱号機と参号機、それとシリーズの前身である《ヴィドルガンス》を所有しています。ただ本当にレアなのは弐号機なんですよ。シシド氏が完成した作品を前にして設計ミスがあったと述べ、販売中止となった幻の弐号機。初回ロット分が闇ルートに出回っていると耳にしますが、まだこの眼で見たことがないんですよね。もしオークションにでも出品されたら、全財産を投げ打ってでも……」

 住む世界が違う人がこんなにも近くにいたことを失念していた。

 ほんと、お金持ちな人の考えはよく分かりません。

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