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Ⅲ.ドレスアップ!

 なぜだ?

 あぁ、わたしはこのセリフを何回言わなくてはならないのか。

 しかし、それでもこの状況で言わないでいられるのか? 否、言わなければならない!

「なぜだ!?」

 まずはビシッと、アイロンの決まったシワ一つない白のシャツ。

 つぎにサラッと、手触りの良い上質な黒のベスト。

 そしてシメッと、アクセントとして赤の蝶ネクタイ。

 これで穴だらけの高級腕時計を装備すれば完璧に違いない。

「よくお似合いですよ、お客様」

 着替え室から出ると、店員さんがマーベラスな営業スマイルでお出迎えしてくれた。

《旅立つ人の服》などというパチ物を脱ぎ捨て、男なら誰もが憧れるフォーマルスタイルとなったわたし。店員さんもわたしの姿に思わず魅了されたに違いない…………って、わたしは女なんですけど!

 大きな姿身の前で改めて自分の身なりを確認する。肩幅なんて広いわけじゃないんだから、別にそこまで似合ってないでしょ? 髪の毛はワックスでバリバリに固めちゃってるし。もう何だよこれ、大道芸人か? チンドン屋か?

「いってらっしゃいませ」

 腰を四十五度に曲げる丁寧なお辞儀姿に見送られ、とりあえずわたしはみんなとの待ち合わせ場所へと急いだ。

 ここはラスゼガスにあるレンタル服屋である。カジノ場へ入るためにはスーツかドレスじゃないと駄目なので、こうして店で借りることにしたのだ。節約、節約!

 そんで、どうしてわたしは男性の衣装を着ているのかというと、店内のドレスコーナーへ足を踏み入れた瞬間「お客様はあちらですよ」と、強制的に紳士服コーナーへしょっぴかれ、有無を述べる前に試着室へと放り込まれたのだ。

「まあ、こっちの方が微妙にレンタル料金安いから、いっか」節約、節約?

 それにいざというときに動きやすいからね。

 と、無理やり自分を納得させる。旅立って一週間ちょいであるが、だいぶ扱いに慣れてきてしまっている気がする。いいのか、これで?

「それにしても、みんなまだかな?」

 女の着替えと化粧は長いから巻かれろって言うからね。わたしは髪を固めるてんぷるしただけで、化粧の類など一切しなかった。簡素だな。

「何だ、まだ勇者だけか」

 ガラス張りになっている壁から沈む夕日を眺めていると、戦士の声が掛けられた。

「えっ、戦……士?」

 声の方を振り向くと(よくわたしって分かったよね)、そこにはベルベットレッドのイブニングドレスを着たあでやかな女性が、スラリと背筋を伸ばして立っていた。つややかな長い黒髪がアッジアンテイストの香りを漂わせる。

「す、すごく綺麗……」

「え、あっ、そうか? 何だか恥ずかしい気もするが」

 顔を紅潮させる戦士。いや、まじグッドですよ!

 高身長に加えてヒールの高い銀革の靴。大人びた色香を醸し出す戦士は、とてもわたしと歳が一つしか違わないと思えない。周囲の男性客も、珍しい黒髪美女に目を奪われている。

 がしかーし。その理由はもう一つあった。

「何で剣を提げてるの?」

 ドレスには決して組み合わさることのない鋼の剣が、剣帯と共に腰から吊ってあった。ミスマッチ過ぎるでしょ、それ。

「こいつだけは手放せなくてな」

 まあ、そんなに大事な一品なら文句は言えないけどさ……。

「たとえ街中でも丸腰は危険だ。念のためドレスの下には短剣を隠してある」

 どこのスパイだよ!

 ああ、でもいいなー。わたしもこんな大人な女性になりたいな。でもその前に『おとこ』をどーにかしないといけないんだけど、性別設定変更アイテムとかってないの?

「ところで勇者。一つ質問したいことがあるのだが……」

「ん? なに――」

「お待たせしました。勇者さん、戦士さん」

 何か言いたげな戦士であったが、着替えを済ませた僧侶ちゃんが現れたので、口をつぐんだ。

 さて、素朴な法衣姿でも女神なオーラを放つ僧侶ちゃんのドレス姿とは――、

「ドレスは久しぶりなので、少し手間取ってしまいました」

 !! そ、そ、そ、そ、僧侶ちゃん!?

「似合うでしょうか?」

 うひゃああああああああああぁぁっぁぁぁあくぁいあああいいいいいきょ僧侶ちゃんまじかわいいいいいいぁぁっぁいいよマジ天使だよよよああああああああどうなってんんんんんだよこれはもうかみさまとかいらないよよううううううそうりょちゃんだけでいいいよよよよ。

「だ、大丈夫か勇者? いきなり倒れたりして」

「うげっ、ぐはっ、だ、大丈夫」

 ヤバイ! ヤバスグル!! 時間が、僧侶ちゃんのあまりの可愛さにわたしの時間が奪われた。何を言っているのか分からないかもしれないけど、それだけの破壊力がそこにはあった。

 いやさ、別に普通のフリルのドレスなんだけど、ちゅ、ちゅ、ちゅ、チューブトップって、トップって! ナマ足様もさいっこーなんですけど、ナマ鎖骨様がまじやべーよ! どうなってんだよこの光景! 極楽浄土か!? 竜宮城か!?

 セミロングの金髪をツインテールのアップにしてあるのも、キャー! もう駄目だ、目が、目がーーー!!

 僧侶ちゃんをこの姿にドレスチェンジしてくれた店員さんは、そのあまりの神々しい御身に失神したに違いない。わたしももう無理、精神体が分離しそう。

「あとはマホツカだけか」

「そうみたいですね。どんな服を選んだのか楽しみです」

 マホツカのことだから店員さんそっちのけでギャーギャー騒いでいるのかもしれない。ちょっと様子でも見に行こうかな。

「あ、あの勇者さん。お訊ねしたいことがあるんですけど……」

「ん? なに僧侶ちゃん?」あり、何かデジャブだな。

「えっと、その服装なんですけど――」

「おっまたせー」

 何か言おうとした僧侶ちゃんだったけど、ようやくにしてマホツカが現れたため、静かに口をつぐんだ。

 さて、露出を好まないマホツカが選ぶドレス姿とはいったい――、

「いやー、なかなかいい色のがなかったのよねー」

 ?

「ん?」これはわたし。

「お?」これは戦士。

「え?」これは僧侶ちゃん。

「何よ、三人して同じ目しちゃって」

 いや、だってさ。

「どうしていつもと同じ格好なの? ドレスは?」

 凱旋将軍(がいせんしょうぐん)な様子で合流したマホツカは、いつものとんがり帽子にいつもの黒のローブ姿のままだった。いったい何に時間をかけたのだろう。化粧も特にしているわけでもなさそうだし。プレートのゲートを通れなかったとか?

「はあ? 同じじゃないでしょーが。よく見なさい、よ・く!」

 いや、よく見ろと言われましても。

「同じ……じゃん」

「同じ……だな」

「同じ……ですね」

 三人揃って同じ感想。よって同じだ。証・明・完・了!

「まったく、これだからトーシロは。ローブの色が違うじゃない」

 え、そうなの?

 確かによーーーーーーーーーーく見ると、微妙に濃さが違うような気がしないでもないような気分だと思うかもしれない。

「でもさ、何で黒色のローブなわけ?」

 もしかして魔法使い(女性)は、黒いローブを常時装備していないと駄目なしきたりがあるとか? でも昔、紙芝居で見た《魔女の宅配便》では紫色のローブの女の子もいたよね。あれは正直センスを疑ったけど。

「いいでしょ別に、ワタシの自由なんだし。あくまでも『正装に近い服装』でいいんだから」

 まあ、カジノに入場できるのならそれでもいいけどさ。

 しかし、なぜ同じ黒いローブなのに一番時間を要したんだろうね。それにとんがり帽子はいつも装備している古ぼけたやつのままだし。そっちは変えないんだ。

 う~む、ちょっとは楽しみにしていたんだけどな~。

 まあ、何はともあれ、これで準備万端だ。

「じゃあ、《コルッネオ》のカジノへレッツらゴー!」

 わたしはカジノへの第一歩を踏み出した。どうして負けると分かっているのにカジノへ行くのかって? ふっ、それは、そこにカジノがあるから――、

「ねえ、勇者」

 ん? マホツカが、なぜか珍しい生き物を見るかのような視線を飛ばしてくる。

「何? 忘れ物?」

「そーじゃないわよ。アンタどうしてベストに蝶ネクタイ姿なのよ?」

 左右には同じ表情の戦士と僧侶ちゃん。

「その服装だとディーラーさんかボーイさんと間違われますよ」

「まあ、チップはもらえるかもしれないが」

 …………。

「も、もちろん気付いてましたとも! ただ何と言いますか、試しにちょこっと着てみただけだよ。敵を知るにはまず郷に従むにょ~」

「嘘をつくでない嘘を」

 すみません。とりあえずスーツっぽい感じなら何でも大丈夫かと思っていました。

 結局着替え直す羽目になり、わたしが一番時間をくった。

 そういえば、スーツであることへのツッコミはないんだ…………、

 なぜだ!?

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