ⅩⅩⅡ.崩落の果て
夢って目が覚めた途端に内容が忘却しちゃうよね。僧侶ちゃんが出てきたことは覚えているんだけど、話の流れをまったく……あれ? 何かデジャブだな。
「こ……ここ、は?」
気が付けば晴天の下で仰向けに倒れていた。照りつける太陽が眩しい。
どうやらしばらく気絶していたようだ。
「そっか、崩落に巻き込まれて……」
ピラミッドは完全に見る影を失っており、周囲には瓦礫の山が築かれていた。
「みんな、大丈夫?」
気絶していた時間はほんのわずかのようだった。近くで倒れていた戦士と盗賊が頭を押さえながら立ち上がる。
「ああ、どうにかな」
「四季の花が咲き乱れ、舟が浮かぶ川が見えたような……」
それあの世じゃないっすか!?
「ん、マホツカは?」
マホツカの声だけ未だに聞こえてこない。
昨日はタライの落下が直撃しても大丈夫だったマホツカのことだ。たとえ岩の塊が降ってきたとしても、とんがり帽子が助けてくれているはずである、と信じたい。
と、わたしは近くでうつ伏せに倒れているマホツカを発見した。
「おーい、マホツカ~」
ペシペシと年季が入ったとんがり帽子を叩く。帽子に巻かれたピンクのリボンは、帽子に比べるとまだ新しい感じだった。変に可愛いところがあるよね。
「ん…………ん?」
あ、起きた。
「どう、起きられる?」
「ここは、どこ? ワタシは……って虫は!」
起きて第一声がそれかい。
「てか何なのよこの残骸の山は? ピラミッドはどうなったのよ」
えー……っと、覚えてないの?
「《麒麟符》によって精神力を無理やり活性させた副作用だ。効果が及んでいたときと、その前後の記憶は、本人はほとんど覚えていない」
ふむふむ、なるほど。
まあ、とりあえずみんな大事に至らなくてよかった。
「しかし、よく助かったものだな」
偶然なのだろうか、わたし達が落下したスペースには瓦礫が上から降ってきていない。どんだけ悪運が強いんだか。《デス・ハード》をリアルで演じている気分だよ。
「ボスも倒したし、盗賊の目的も達成できたわけだし、あとは帰るだけかな」
「勇者、《黄金の爪垢》を忘れているぞ」
うぐはっ! そういえばそうだった。
「ふん、端からそんなモノなかったのよ。このワタシを騙すなんて、あのカレーオーナータダじゃ済まさないわよ!!」
確かに、どこかわたし達をからかう様な雰囲気がしていたからね。それに僧侶ちゃんに用事があったような感じだったな。やはりロリコン――、
「ん? これは……」
瓦礫の山を退けると、赤と橙のツートンカラーの宝箱が出てきた。
もしかして《黄金の爪垢》が入っていたりして?
「えーい、開けちゃえ!」
わたしは思い切って宝箱を開けた。戦士が何か言いたそうだったけど、ここまできたらもう怖いものなど何もない。宝箱の中にモンスターが入っていようが、宝箱自体がモンスターだろうが、ドンとこいや!
「はてさて、最後の宝箱に希望は入っているのか――」
《黄金の爪》を 手に入れた!
…………、
「爪……だね」
「爪……だな」
「爪……よね」
宝箱の中にはずしっと重い、黄金に輝く格闘武器が入っていた。これはかなりレアなアイテムなのでは――、
って、爪じゃねーんだよ! 爪『垢』がほしーんだよ! 一字足りないよ!!
「盗賊、いる?」
「いや、遠慮しておく。わたしには愛用の《カイザーファング》があるからな」
チラッと懐から出した物は、どう見ても《鉤手甲》だった。
まあ、せっかくだから記念に持って帰るか。
結局《黄金の爪垢》は入手できなかったわけである。
「これからどうするんだ、勇者」
「とりあえずゼガスに戻ろう。こうなったら自力で僧侶ちゃんを奪い返すしかない!」
「とんだ骨折り損だったわね」
本来の目的から考えれば、マホツカの言う通りだ。
でもさ、こうして盗賊に出会えたわけだし、けっこう楽しい冒険だったでしょ? 僧侶ちゃんがいなかったのは残念だけど。
「勇者らしい考えだな」
「思い出だけじゃ、お腹いっぱいにならないわよ」
「ふっ、わたしもそれなりに有意義な時間を過ごすことができた」
そう言ってもらえると嬉しいな。
そんじゃ、ゼガスへ帰ろう――、
の前に、
「ところで盗賊さん。一つお願いがあるんですけど」
「どうした、改まった言い方などして」
「マホツカに投げた、馬の絵が描かれた符なんですけど、一枚譲ってほしいなって」
「何だ、そんなことか。まだ数枚あるからな、いいぞ」
まじで? よっしゃ!!
《麒麟符》を 手に入れた!
やった、これさえあれば一風変わった僧侶ちゃんのかわいさを――、
「没収!」
と、横からマホツカに符をふんだくられた。な、なぜ!?
「少し思い出したわ。アンタ、この紙でワタシに変なことさせたでしょ!」
ぎくっ。
「へ、変なことじゃないって。ちょっと虫を克服してもらっただけだよ」
それに実行犯はわたしじゃなくって盗賊なんだけどな。
「怪しいわね……。勇者に持たせておくとロクなことにならなそうだから、ワタシが責任もって預かっておくわ」
ええー、そんなー!
「何を遊んでいるんだ、二人とも。早く帰らないと日が暮れてしまうぞ」
くそー、マホツカのいけずー。
太陽が西へと傾こうとしている中、わたし達はゼガスへの帰路を歩き始めた。




