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銀の騎士

 青を基調として白銀のラインが入った法衣を羽織る。同じ色調の帽子を被り、ロザリオを首に提げればいつもの彼女の格好だ。

 旅に出立する前に急いで作ってもらった《エルメ・クロス》のオーダーメイド品は、意匠がやや古風であった。

 それもそのはず、曾祖母が彼女と同い年ぐらいのときに、旅をしていた際に着用していた法衣と同じデザインにしたからである。およそ七十五年前。一回りして流行しているというわけではなく、今どき年配の僧侶でもこの服装はない。

 だが機能性に関しては折り紙つきだった。伸縮性に富んでおり、激しい運動でも比較的動き易い。さらに特殊な素材と縫合技術により、見た目とは裏腹に並みの鎧よりも頑丈なのだ。刀剣でも断つことが容易ではない。

 とはいえ、完全防御とまではいかない。斬撃や魔法には耐性があるのだけれども、打撃にはそれほど強くはなかった。

「さて、と……」

 姿身の前で身だしなみの確認をしていると、ふとトランプが視界に入った。

 彼女はそっと手の平をトランプの上に置くと、瞑想を始めた。

「………………」

 思考の全てを一つの事象を思い浮かべることに集中する。

 雑念を振り払ったあと、すっと、ごく自然な所作で一番上のカードを一枚引いた。顔の前まで持ってくると、閉じていた瞼を開き、絵柄と数字を確認した。

「ん? 一つズレちゃいましたか……」

 カードはスペードのキングだった。

 やはり曾祖母のようにはいかなかった。まだまだ未熟であることを再認識して、一段と気を引き締める。

「よし!」

 これで準備万端だ。あとは外側から施錠されたドアを破ればいいだけである。全てはこの部屋から出ないことには始まらない。

 しかし、さすがはゴールドクラスのドアだけあって、ちょっとやそっとの衝撃では壊れそうになかった。その点は既に確認済みだ。

「特等クラスの部屋を破損させてしまうのは気が引けなくもないですが、仕方ないですよね」

 どうせ下のカジノの儲かりようならば、ドアの一つや二つたいした損害ではないだろう。

「それでは、」

 彼女は首から提げているロザリオを手に掴むと、法力を注ぐ。ロザリオは法術を使用するための触媒なのだ。

(そう言えば、勇者さんや精霊さんはともかく、マホツカさんはどうして触媒を持たずに魔法が使えるんでしょうか……)

《触媒》とは、法術ならば法力、魔法なら魔力――言い方が違うだけで同じ力――を溜め込むことのできる物質の総称を指す。

 そして溜め込んだ力を、己の精神力をもって物理的な事象へと変換させるのが、法術や魔法の原理であるのだ。

 僧侶である彼女は、《水》と《光》の属性を習得している。

 そしてもう一つ、《セルゴード》が代々受け継がせてきた力があった。

「形を成せ、《銀の尖槍術(パルチザン)》!」

 ロザリオに注がれた法力が解放され、飴細工のように伸びては長い棒へと変化していく。先端には刃が形成され、柄は硬質化して銀の光沢を放つ。

 彼女の手に銀に輝く槍が握られた。

「まずまずですね」

 意匠は適当であるが、強度は申し分ない。

「でも、もう少し軽くてもよかったですね……」

 法力で創り出されたといっても、重量は実物の銀製の槍と同じぐらいあった。銀の硬度で紙の質量といった非現実的な物を創り出すのは、法力のコントロールが難しいからだ。

 くるくるとバトンのように槍を器用に回しながらウォーミングアップをする。そして、

「はっ!」

 両手持ちから力いっぱいの突きを繰り出した。法力の効果が上乗せされたその一撃によって堅牢なドアがいとも容易く破砕する。

「な、何だ!?」

「なっ、貴様!」

 部屋の外では彼女の見張りをしていた警備員二人が突然の事態に驚きを露にしていた。

「お勤めご苦労様です。私のせいで退屈な仕事をさせてしまって申し訳ありませんでした」

 床に散らばるドアの破片を避けながら、彼女は部屋から廊下へと出た。

「いつまでもここにいるわけにはいかないので、これで失礼します」

 茫然自失する二人に、目にも止まらぬ突きと払いを放つ。一人は廊下の奥へ、もう一人は部屋の中へと吹っ飛ばした。

 ちなみに穂先で突いてはいたが、そこは法術の槍だ、突き刺さらないよう加減はある程度の調整ができる。のだが――、

「少し威力が高すぎたような……」

 一応大きな怪我がないか確認した後、彼女はエレベーターへと向かった。

「よかった、エレベーターはちゃんと動いているようですね」

 専用エレベーターに乗ってホテルの一階を目指す。それ以下のフロアに行くには、階段を使うか地下用のエレベーターに乗り換える必要があった。

 限りなく揺れと音のないエレベーターが目的の階に到着したことを音で告げた。

「これはこれはお客様。どちらに行かれるのですかな?」

 エレベーターの扉が開くと、そこには五人ばかしの警備員が待機していた。四人は扉を囲うような半円状に広がり、残りの一人が彼女に問いかける。言葉や態度は慇懃(いんぎん)であったが、いつでも彼女を取り押さえようとする意志が目に宿っていた。

「仕事が早いですね……」

 ドアを破壊してからまだ五分と経っていない。

「大金を扱うカジノで仕事をする上では、これぐらい当然のことでございます」

 不必要なエレベーターの動作で気付かれてしまったようだ。さすがは一流のカジノホテルである。彼女は素直に舌を巻いた。

 だが、好都合でもある。

「オーナーからは丁重に持て成すよう言付かっております。どうかお部屋にお戻りになって頂けないでしょうか」

 眼光から放たれる鋭い視線。ホテルの警備員というよりかはマフィアの構成員だ。そこらのゴロツキならば、それだけで竦んでしまうだろう。

 だが、彼女も易々と引き下がるわけにはいかない。

「申し訳ないのですが、無理な相談ですね」

 手に持った槍をぐっと握り直す。

「やれやれ、それは残念ですね」

 大袈裟な仕草をしてみせるが、全然残念そうな様子ではなかった。

「あなたのような若い女性に力ずくという手段を講じたくはなかったのですが、無理と言われてしまっては致し方ありません」

 警備の主任らしき男性は折りたたみ式の鉄鞭を取り出した。殺傷能力は低いとはいえ、下手をすれば骨も折れる。

 一撃でももらえば、瞬く間に取り押さえられてしまうだろう。

「この店を荒らす者は、たとえ上客であろうと容赦はしませんよ」

 鉄鞭を片手に肉迫する警備員。

(速い――)

 回避は無理だった。

 だが、端から避けることは考えていない。

「纏え、《銀の籠手術(ガントレット)》!」

 ガキン! という金属同士が衝突する音。

「?」

 彼女の右腕へと振り下ろされた鉄鞭が、接点から凹んでいた。警備員はその事実を受け容れられない表情となって固まる。

「はっ!」

 がら空きとなったその胴へと突きが炸裂した。

「ごはっ」

「失礼しますよ」

 倒れる主任の姿に一瞬怯みを見せた残りの警備員のうち二人に払いを叩き込むと、彼女は地下への階段へと進む。

「ま、待て!」

 地下へと降りると、広大なカジノ場は一昨日(いっさくじつ)訪れたときとは打って変わって静けさに包まれていた。照明も所々しか点いておらず、まだまだ開店前とあって準備する従業員の姿もちらほらとしかいない。

「そいつを捕まえろ!」

 新たな巨影が彼女の前に立ちはだかった。

 見た覚えのある顔が二つ。サングラスにダークスーツ姿な巨躯の男性二人だった。彼女の小柄さと比べると、まるで熊と子ウサギである。

「取り押さえろ!」

「「了解した」」

 阿吽の呼吸で迫る相手に槍で応戦しようと試みたが、彼女の膂力(りょりょく)では如何せん攻撃に重さが足りない。法力が施されているとはいえ限度はある。

「ふんっ!」

 案の定片腕で槍を抑えられてしまった。

「でしたら、」

 槍から手を放し、再び触媒に法力を込める。

「「無駄だ」」

 二人の大男に捕まえられそうになった瞬間、彼女の全身が銀色に光り出した。

「少し痛いかもしれませんが、我慢してくださいね」

「「!?」」

「打ち抜け、《銀の槍撃術(ファランクス)》!」

 放出されたのは銀の衝撃――彼女を中心として、鋭い光の槍が全方向へと飛び出した。

「「ごはっ」」

 前後から手を伸ばしてきた大男二人は体の面積が広いせいか槍撃を何本もその身に受ける。そしてその巨躯がピンポン玉のように吹っ飛んだ。

「ふぅ。さあ、次は誰が相手ですか?」

 頼りの二人が呆気なく倒されたとあって、警備員たちは攻めあぐねている。

 しかし、対する彼女にもそれほど余裕があるわけでもなかった。

(そろそろ姿を見せてほしいんですけどね……)

 胸中で弱音を吐く僧侶の少女。

『例外属性』に該当する《銀》の属性は、そこまで適正がない彼女にとっては法力の消費量と身体への負担が激しいのだ。普段仲間のいるときにこの力を使用しないのはそのためだった。あくまでも戦闘支援を主とする僧侶の自分が真っ先に消耗しては本末転倒だ。

 ゆえにこの状況、圧倒的な数で攻め込められれば詰み(チェック)だ。それを気取られないように余裕顔で再び銀の槍を構える。

「何をやっているんだ!」

 張り詰めた空気の中に、しゃがれた声が轟いた。

「お前、なぜこんな真似をした」

 昨日とは違うスーツを着こなしたオーナーが現れた。

「暴挙を働いたことは申し訳ありません。でも、こうでもしないとあなたが姿を現してくれなさそうだったので」

「何、ワシに用があるだと?」

「ええ」

 戦いの空気が去ったところで、彼女は銀槍を消滅させた。

「言ったはずだぞ。仲間の事は諦めろと」

「そうではありません」

「? では何だ」

 乱れた呼吸を整え、彼女は用件を告げる。

「私と一つ勝負をしませんか」

「勝負だと……?」

「はい。一昨日と同じく『ドロー・ポーカー』で私と勝負してください」

 ゲームで全てが決定するのならば、ゲームで勝負をするまでのことだ。

「私が勝てばここから出してください。負けたら…………好き勝手にどうぞ」

「そんな一方的な勝負など」

「逃げるのですか?」

 槍を担いで大立ち回りをした少女が、次はカードで勝負しろと言っているこの状況。常識のある店ならば警察を呼ばれて終わりだろう。しかし彼女が口火を切る相手はカジノを経営するオーナーだ。

「ふん。そうまで言うのなら、乗ってやってもいいぞ」

 彼女の目的が半分達成された。あとは勝負に勝つだけだ。

「しかし解せんな。あの女と同じそれだけの実力を持っているのなら、どうしてそのまま逃げなかった。どうせこの街に長居はしないのだろう?」

 それは当然の感想だ。わざわざ逃げ場のない地下へ赴き、オーナーとギャンブルで勝負などリスクの高い博打でしかない。素早く玄関から出ればそれで話が済むことだ。オーナーも街の外まで捕まえにくることはないだろう。

 だが、そこは勝負事には(こだわ)りを持つ彼女。勝負で負けた負債を残したままでは勝負師としてのプライドが許さない。それに――、

「あなたが言ったことですよ。この街ではゲームによって全てが決まると」

 何よりも、このオーナーと戦ってみたかったことが大きな理由である。

「はっ、面白い! 近頃のガキは啖呵(たんか)の切り方も知らないらしいが、お前はそうではないらしいな。さすがはあの女の血が流れているだけはある」

 それは彼女にとって最高の褒め言葉だった。

「では、」

「ああ、勝負は受ける。しかし、こちらが勝ったときのメリットがない。小娘一人好きにしろと言われたところで、たいした価値にはならん」

 それは、ちょっとショックな一言だ。

「ワシが勝ったら、そのロザリオを貰う。それが条件だ」

(え?)

「そ、それは」

「どうした、逃げるのか」

 挑発に使った言葉をそっくりそのまま返されてしまった。

「いい……でしょう」

 元より負ける気などさらさらない。たとえどんな手を使ってもだ。

 それはオーナーも同じに違いない。

「では中央のテーブルだ。ワシはいつでも構わんが、お前はその格好のままでいいのか?」

 法衣姿でカードゲームに興じるとは人目を気にするところであるが、彼女は気にしない。

「構いません。これが私の(いくさ)衣装ですから」

 イカサマ師の技を受け継ぐ二人の対決が、ゼガスの街にて静かに幕を開けた。

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