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ⅩⅩⅠ.バトル・虫ボス

「砂……?」

 最上層の大扉から続くラストフロアは、魔法のテントと同じく外からの見た目よりも数倍広かった。一面白桃色の砂が敷かれており、その柔らかい感触に足がとられそうになる。

「来るぞ!!」

 戦士が剣を抜きながら言い放つ。

 今回はわたしもすぐに敵を察知できた。当然だよね、最後のフロアで敵が立ちはだからないなんてことは、名探偵の赴く先に事件が発生しないぐらい、ありえないことだ。

 砂の床の一部が、まるで海面のごとく波打つ。獲物を捕捉した水中のハンターのように、何かが砂の中を潜行しながら急接近してきた。

「うわっ」

 例えるのならばクジラのブリーチングだ。砂海から巨体が飛び出し、大量の水ならぬ砂の飛沫が舞い上がる。爆弾を使用したわけでもないのに。


 メタルマンティスが 現れた!


「こいつがピラミッドのボス?」

「サンドワームかと思ったが、違ったようだな」

「…………」

「つくづく面白い敵が出現する建物だな」

 笑う石像、火を吹くカエル、そして最後は泳ぐカマキリですか。

《メタルマンティス》――第三層を生息地とするキカイヘッド同様に、いかにもメタルな質感を輝き放つ機械系モンスター。シンプルなシルバーグレーではなく鮮やかなライトグリーンのカラーリングが非常に眩い。カマキリの象徴たる細長く鋭利な二本のカマをガキンガキンと打ち鳴らしながら、わたし達を威嚇してきた。

「……随分と大きなカ、カ、カマキリじゃない……」

 全長は十メートルぐらいだろうか。二つの複眼が索敵するかのようにぐるぐると動く。わたし達を侵入者と認識したのか、鉈を振り回すように、右腕で攻撃してきた。

 !

 先端にいくにつれて黄色へとグラデーションする前足がわたしへと迫る。

「おわっ」

 咄嗟の横っ飛び緊急回避――わたしがいた場所にカマが突き刺さった。

 危ない危ない。あんな大きなカマでは、痛いだけじゃ済まないよ。

「また機械のモンスターか」

「ふっ、芸がないな」

 カマを引き抜いている隙を突いて、戦士と盗賊がカマの攻撃範囲外である左右から敵の胴体部に攻撃を仕掛けた。

 キカイヘッドと同じく、やはり防御力が高いのだろうか――、

「くっ!」

「何っ?」

 だがダメージを与えるどころか、二人の剣撃は二本のカマによってガードされてしまった。

 メタルマンティスの後部はムカデのような複足形状となっており、まるで地を這うようにして、高速でその巨体を後退させたのだ。

「こいつ、やるな」

「ならばこれでどうだ。《龍爪符》!」

 鉄よりも硬い五本の龍の爪がメタルマンティスを襲う。

 そのうち四枚は巧みなカマ捌きの前にズタズタに切り裂かれてしまう。時間差をつけて投げた最後の一枚は胴体部分にヒットしたが、硬い装甲に突き刺さることはなかった。

「馬鹿な、龍の爪の一撃だぞ!?」

 例によって符は色褪()せると同時に爆発したが、その衝撃でもかすり傷一つ負わせられない。破かれた符は書かれた印が切れてしまったせいか、爆発は発生しなかった。

「剣の一撃ではダメージを与えられそうにないな」

 それ以前に、あのカマに攻撃を阻まれてしまう。

 しかし、その鋼鉄のカマごと敵を貫く技を使える人物がこちらにはいるのだ。

「マホツカ、頼んだよ!」

 昨日使用した雷槍のフルカロリーバージョンを叩き込めば、簡単に倒せちゃったりして。最上層だから、天井が崩れても何とかなるでしょ。

「…………」

 あり? マホツカさ~ん。

「どうしたマホツカ、敵に臆している場合ではないぞ!」

 メタルマンティスを凝視しながら顔を青くするマホツカ。何かデジャブ。

「まさか、魔法が使えない空間だったり……する?」

「…………ち、違う」

「何が違うんだ?」

「ダメ、なの……よ」

 へ?

「何が?」

「何がって、だから虫よ! 虫以外に何があるのよ!!」

「「またかよ……」」

「?」

 確かにメタルマンティスは正面から見れば巨大なカマキリ以外の何者でもない。名前もマンティスって付いているぐらいだから、製作者も意識して造ったはずである。

 でもさ、サンドワームはまだ生き物だったから分からなくもないけど、こっちはただの機械じゃん。潰したら変な汁が出てくるわけでもないし。

「昔家の近くにある総合公園で拾ったカマキリの卵を、大事にしようと思って押入れにしまって、そのままほったらかしにしちゃったのよ。そして冬を越したある日、春物の服を取り出そうと押入れを開けたら…………ギニャーーー!」

 まーた自分でトラウマスイッチ押しちゃったよ。

「どうしたんだ、あの魔法使いは?」

「放っておけ。眼前の敵が先だ」

「でも、わたし達物理攻撃組だけじゃ厳しいんじゃ……」

 攻撃を当てるのも難しければ、当てたところでたいしたダメージになりそうにない。八方塞がりとはまさにこのことだ。

「どんなモンスターとて弱点は必ずあるはずだ。何も労さず諦めるだけでは、そこで成長が止まってしまうぞ」

 戦闘に関しては強気の戦士が、弱気になっているわたしに喝を入れる。

 そうだね。いつもいつもマホツカばかりに頼るわけにはいかない。

「勇者、敵は私が引き付ける。その隙に頭部を攻めてみてくれ」

 なるほど。いかにも防御が薄い部分っぽいね。

「よし、まかせて!」

 その言葉を合図に、単身でメタルマンティスと刃を交え始める戦士。

 回避に専念しているためか、攻撃はまったく仕掛けない。その代わりとして、触れれば肉だけでなく骨まで断たれそうな大カマによる連続攻撃を紙一重で全て回避する。すげー。

 おっと、戦士の戦いに見惚れている場合じゃない。

「いくよ、盗賊!」

「承知した。盗賊の七投擲道具のひとつ《アビゴルソード》をくらわせてやる」

 盗賊が懐から取り出したのは八方向に刃が突き出た手の平サイズの手裏剣だった。ああ、風魔手裏剣ってやつね。世界史の別冊資料集で見たことがあるな。

 余談だが、その改名は《幽霊騎手》を読破したわたしじゃなければピンとこないよ。

「《雷の狂化魔法(バーサーク)》!」

 機械といっても、構造は動物と同じなはずだ。まずはその視覚を奪う!

 戦士に気を取られている敵へと近づき、その体をよじ登る。途中でタゲされてしまったが、遅いよ。こちらに顔を向けた敵の複眼へと全力の振り下ろし攻撃を繰り出す。本当は刺突にしたかったんだけど、ショーテルじゃ無理。だけど、これでどうだ――、

「っく!」

 激しい金属同士の衝突音。敵は嫌がるように顔を遠ざける。少しはダメージを与えたようだが、まだまだだ。

「くらえっ!」

 間髪入れずに盗賊が手裏剣を投擲した。手裏剣は真っ直ぐメタルマンティスの胴体へと突き刺さる。しかし、それだけでは痛くも痒くもないだろう。

「それは百も承知。いくぞ、昨日の汚名返上だ。盗賊の七遁術のひとつ――」

 目を凝らして見ると、手裏剣には金属の細い糸が結ばれていた。

「雷に縛られるがいい! くらえ、《雷遁・稲妻旋風の術》!」

 巻物に描かれた翼竜が吐く雷息(ブレス)が、糸を伝ってメタルマンティスへと流れる。

「二人とも離れろっ!」

 バチバチッと襲い掛かる墨色の雷に、わたしと戦士は敵から距離を取った。

 雷は大蛇のごとくメタルマンティスへと複雑に絡みつくと、動きを止めずに回転し続ける。それが徐々に速くなり、雷の竜巻を発生させた。

 舞い上がった砂が電熱で焼き焦げる。なんつー威力だよ。

「や、やった……?」

 さすがの鋼鉄ボディとて……、

「「「!?」」」

 美しいライトグリーンのボディは傷だらけとなったが、機能停止とまではいかなかった。

 二つの複眼が怒りを露にしたかのように橙から赤へと変色する。

「や、やばい!」

 メタルマンティスはその場で二本の大カマをなぎ払う。

 二つの刃が生み出す乱気流が、わたし達を呑み込んだ。

「ぐわっ」「っがは」「ぐ、カマイタチの術だと……」

 風刃による斬撃と、風圧による衝撃。部屋の壁まで吹き飛ばされたわたし達に、オマケと言わんばかりの砂の雨が横方向から降り注いだ。

「い、いくら何でも強すぎでしょ……」

「くそっ、撤退するしかないのか」

「それは無理なようだな。いつの間にか扉が閉じている」

 な、なんですとー!?

 やばい、やばいやばいやばい。

「マ、マホツカー! トラウマなんかに負けないで!!」

 もはや最後の希望に託すしかないのだが、

「カマキリ……タマゴ……カマキリ……タマゴ……」

 だめだこりゃ。

「トラウマか、それを克服させればいいんだな」

「そうだけど、そんな精神治療とかできるの?」

「治療は無理だが、一時的に忘れさせることは可能だ」

 そう述べると、盗賊は馬みたいな生き物の略絵が描かれた符を取り出した。

「いくぞ、《麒麟符》!」

 と、盗賊は符をマホツカへと投げつけた。

「カマキリ……タマゴ……カマんぶっ」

 ええ、どゆこと?

「まあ、黙ってみていろ」

 キョンシーみたいに符が額に貼り付いたマホツカ。まさかマホツカを操るとか?

「き、き、き……」

 ?

「きたーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 閉ざされた空間にマホツカの狂声が轟き渡る。

「えーっと……」

「見ての通り、あの符は肉体と精神を活性化させる効果がある」

 なるほど。でもさ、ちょっとハイテンションすぎない?

「ふふーん、あんな節足動物に手こずるなんて、アンタたち言葉通り虫以下ね。まあ、『身体を鍛えて物理で殴れ』な連中は黙ってワタシの活躍を見てなさい。魔法による芸術的な駆除を披露してあげるわ」

 あと、何かすげーむかつく性格になってんですけど。

 ドスドスと、トラウマが演技だったかのように、巨大な虫へと一人挑むマホツカ。

「巨兵を従える氷の王よ、覇道の力を我に与え下賎な者をひれ伏させろ!」

 氷の属性なのだろうか。魔法が発動する前なのに、急激に部屋の温度が下がっていく。

「時を奪え! 《ダイヤモンド・オベリスク》!!」

 !

 マホツカの背後に巨大な花崗岩(かこうがん)ならぬ氷塊のオベリスクが地面から出現する。先端付近に刻まれた聖刻文字が輝き出すと、碧氷色の光が部屋を埋め尽くした。

「うわっ」「っ!」「ぬぬ――」

 あまりの眩しさに目を閉じられざるをえない。

 時間にすれば刹那にも満たなかっただろう。目を射す光が弱まると、わたしはそっと(まぶた)を上げた。すると――、

「え?」

「これは、」

「氷……なのか」

 砂と岩の無味乾燥としていた部屋から一転して、鏡のような氷に覆われた神秘的な世界へと変貌していた。

 床の砂はスケートリンクに変わり、メタルマンティスは穴に落ちた氷河期のマンモスのように氷付けとなっていた。かなり早めの冬眠だね。

「ははーん、所詮は虫ね。新生代の初期から歴史をやり直しなさい」

 マホツカがパチンと指を鳴らすと、メタルマンティスが砕け散った。

「相変わらずの規格外っぷりだね……」

「ったり前でしょ、ワタシは天才なんだから。どーよ盗賊ちゃーん。これを盗んでみなさい」

「むむ……」

 ほんと調子に乗った若者風になってるな……は!

 もしも僧侶ちゃんに符を付けたら……すごく見てみたい!

 まあいいや。そんなことよりもお宝が先である。

 高笑いするマホツカを放置して、部屋の奥へと滑りながら移動する。まさか砂漠に来てスケートができるとは。

 舞台ほどの高さの場所には台座があり、そこにいかにも貴重なものですと主張している四角い石の板が嵌め込まれていた。なぜかここだけマホツカの魔法の効果が及んでいない。

「どうぞ」

「いいのか?」

 わたし達には必要のないものだからね。

「そうか、では」

 遠慮しがちに宝へと手を伸ばす盗賊。


 盗賊は 《魔法の石版》を 手に入れた!


「これだ、これさえあれば」

 よかったね、盗賊。

「ああ、おまえ達のおかげだ。わたし一人の力では――」

「ちょっと何よ! こんなデッカイ墓造っておいて、そんなチンケな石コロしかないの!? もっと金銀財宝置いておきなさいよ! まったく貧乏でケチな王様が眠ってるのね」

 何とゆーか、

「うざいね」

「うざいな」

「そうだな」

 たまーにご近所で出会う絶望オバサンみたいなオーラを放っているよ。

 と、マホツカに貼り付いた符の色が褪せていくのが確認できた。まさか――、

「ちょいと失敬」

「んべっ」

 わたしはマホツカの額から符を引っぺがすと、固く丸めて放り投げた。

 すると、符が盛大に爆発を起こす。

「ぬおっ、すっかり忘れていた」

 いや、あの符は効果的に爆発させる必要ないだろ!?

「まあ、何はともあれ一件落着――」

 肩の荷を降ろそうとしたとき、ゴゴゴゴゴと、部屋が激しく揺れ始めた。

「これは?」

「まさか?」

「ピラミッドが――崩れる!?」

 天井の氷が砕けては氷岩となって床に落下してくる。それに同調するかのように建物全体が崩壊し始めた。

「まさか、さっきの爆発が原因だったりする?」

 しまった、丸めず破けばよかった。

 と、

「「「!!」」」

 床の砂が凍ったままひび割れ、穴を開けた。当然上にいるわたし達も自由落下を開始する。

 昨日は三層分だったけど、今度は六層だ。しかも天井や氷塊まで上から降ってくるではないですか――ッ。

 これでは生き埋めになるかもしれないと思ったとき、どこからか威厳のある声が直接頭に入ってきた。この非常事態にいったい誰!?

『南の山でお前たちを待っている……』

 …………。

 なんですか、それ!?

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