Ⅱ.オアシスの街
「デッか!!」
ホワイトストーンのビルディングは、青と緑がオアシスを連想させる噴水広場の南側に建っていた。飛沫を上げる噴水よりも、その最上階は遥かに高く、横の長さはクラーケンの魚(?)拓といい勝負ができそうである。
赤い壁ならぬ白い壁が、わたし達を見下ろすように待ち構えていたのだった。
ラスゼガスに列車が到着した頃には、わたしの原稿はボツの山を築き……じゃなくって、お昼近くになっていたので、まずは適当な飲食店で腹ごしらえをすることにした。
東西豊富なバリエーションのメニューが揃う瀟洒なレストランで、わたしと僧侶ちゃんはスパゲッティを、戦士とマホツカはライス物を注文した。観光客で賑わう街だけあって、バブリーなぐらいのお値段ぼったくり……じゃなくって、外来客の舌を満足させるすばらしい味だった。
昼食ついでに、どこのカジノを今宵の戦場とするか話し合うことにした。わたしと戦士は知識ゼロ、僧侶ちゃんはどこか遠慮がちな姿勢だったので、結局はマホツカが提案したゼガスで一番カモ料理が美味しいと有名な……じゃなくって、景気の良い店となった。
満場一致で目的のカジノへ下見に行こうと地図を確認しようとしたとき、僧侶ちゃんが場所を知っている(ホワイ?)と言ったので、こうして最短ルートでマネーコロシアムへと赴いたわけなんですけど、
「これがカジノなのか……。シンヨーク城以上の大きさだな」
「そうですね。私も初めて訪れましたけど、これほどとは」
「いーじゃんいーじゃん。ワタシたちを客と迎えるに相応しい店ね」
とにかく圧倒される巨大さだった。さすがは百店舗近くカジノ場があるゼガスで、堂々のナンバーワンを勝ち取っている店とのことである。
だがしかし、それだけこの店でお金をスッた人がたくさんいるということになる。ビルの建材には、きっと夢追い人の悲嘆と絶望と怨念が含まれているに違いない。世の中とは真に無情である。ギオンショージャの鐘の音が聞こえてきそうだ、字は違うけど。
さて、わたし達は店のエントランス前にいるわけだけど、まだ入店はしない。ここ《コルッネオ》は、二十四時間営業のお店なんだけど、正装もしくは正装に近い服を着用しなければ門前払いされると僧侶ちゃんの解説。エントランスをラフな格好の人が頻繁に出入りしているが、それはこのお店がホテルを兼業しているから(さらにテナントでレストランが二軒入っている)との僧侶ちゃんの講説。これだけ高くて広い建物の地上部分は、なんとホテルとレストランのスペースで、本業のカジノ場は地下にあるという僧侶ちゃんの熱のこもった力説には二つの意味で驚いた。僧侶ちゃん詳しいね、まるで取説のようだ。
ところで、わたし達は四人揃って未成年なのだけど、ギャンブルの街であるゼガスには未成年入店禁止という甘っちょろいルールは存在しない。ので然るべき服装で来店すれば、初等学校に通うハナタレ小僧でもスロットマシンを回せるのだ。
それに加えて、ヌバタシティの州律はお金に関してかなりユルイため、気を抜くとスリに遭ったわけでもないのに財布が空になっているというから恐ろしい。武器屋防具屋などは、昼と夜と店員の気分で値段が変動するらしい。
全く持って、何につけても油断できない街である。
「ついに私の運を鍛えるべき時がきたのか……」
「ディーラーさんやウェイトレスさんのチップを用意しておかないと……」
「やっぱブラックジャックが一番儲けやすいかしら。それとも……」
みんな思考がダダ漏れしているけど大丈夫かな?
しっかしカジノですか~。母の話が本当なら、前勇者であり我が不肖の父は魔王討伐の旅で貯めた資金を全てカジノに寄付しているからね。そのリベンジとなるか、はたまたミイラ取りがソンビになるか。
それはそうと、
「いつまでも店の前にいたら邪魔になるから、とりあえず宿屋を探そっ」
正装に着替える必要もあるけど、寝る場所の確保も重要だ。またメリガンシティみたいに激安宿屋ないかな~、全国展開してないっすかね?
「ふふん、すでにいい宿屋見つけてあるわよ。しかもここからすぐ近く」
さっすがマホツカ先生。ありがたや、ありがたや。
と、わたし達が宿屋へ行こうと白い壁に背を向けたとき、黒塗りの客車が付いた二頭馬車が広場の前で止まった。御者がわざわざ客車のドアを開けると、白髪とスーツで固めた年配の人が出てきた。腰は曲がっていなかったけど、鷹の金細工が取り付けられた杖をつき、傍らには黒服でガタイのいいボディガードを二人伴っていた。いかにもファザーな感じの人だ、愛のテーマと太い葉巻がとても似合いそうである。
こういう人とはあまり関わらない方が人生を安穏と過ごすためのコツだと瞬時に脳から命令が下り、道を譲る(逃げる)ように移動した――んだけど、なぜかご老人は足を止めると、こちらを見て……、
「!!」
え? 何だろう、驚愕な表情で目を見開いているんですけど。
「おい、そこのお前達」
しゃがれた声は明らかにわたし達に向けられていた。
なぜだ? わたしは今回何もしていませんよ!?
コツコツと杖で地面を叩きながら歩み寄ってきた老人は、臆するわたしを――ではなく、僧侶ちゃんを見つめていた。え、まさかロ――、
「そこの僧侶、そのロザリオをどこで手に入れた!」
ロザリオ? 僧侶ちゃんが装備している装飾品のことですか? そういえばいつも大事そうに首から提げているよね。名称も確か『形見』ってなっていたはず。
「え? これですか? これは……」
怪しいおじさんに睨み付けられても僧侶ちゃんは落ち着いていた。さすがは僧侶ちゃんだ、わたし達パーティーの中で一番大人かもしれない。
エルメ・クロスのロゴマークではなく正真正銘の銀製の十字架を手に乗せる僧侶ちゃんと、それを見極めようと顔を近づけるおじさんの間に、一番子供なマホツカが立ちふさがる。
「ちょっとちょっと、何よオッサン。何か用があるわけ?」
ずいっと、マホツカが不審なおじさんにガンを飛ばす。戦士も僧侶ちゃんを庇うように前へ一歩出た。この二人がいれば、ジェットとシャークが縄張り争いを繰り広げる西側街も、大手を振って闊歩できそうだ。
まてまて、わたし一人だけ傍観しているわけにはいかない! 僧侶ちゃんに難癖つけるような輩はたとえ神様であっても許さん! ここはガツンと何か言わなければ――、
「ああのの、なな何か御用でしょうか?」
って滅茶苦茶ビビってるよわたし!
やっぱ無理です。それにご老人は労わらないとね(言い訳)。
「…………ふん、まあいい」
わたし達の威圧に屈したのか、老人は興味を失くしたかのように、それだけ言い残すと、ボディガードを顎で促して立ち去っていった。
何だったのいったい? あれ、お店に入っていった。
「随分と不躾な態度だったな」
「ふん、ただのボケたオッサンでしょ。いちいち相手してたら加齢臭が感染るわ」
相変わらず辛口評価のマホツカである。
とりあえず何も起きなくてよかった。わたし達の旅もそんなに暇ではない(はず)、きっと二度会うこともないだろう。
「僧侶ちゃん大丈夫?」
「ええ、はい。何かされたわけではないですから」
神聖で敬虔な僧侶ちゃんに汚い指一本でも触れたら、わたしはそいつが泣くまでデコピンを止めない!
ああ、娘さんを持つお父さんの気持ちが分かってきたかも。
そういえば、わたしも一人娘のはずなんだけどな~。ま、いっか。