銀のロザリオ
日がな一日実に退屈であった。
旅立ってからの一週間が波乱と驚きに満ち溢れた日々であったため、余計に暇であることが際立ってしまう。
そう思う反面、昂ぶった心を落ち着かせたいと少なからず望んでいたので、結果的にはこれで良かったと思えた。
「もう少し、もう少し……」
一人で使用するには広すぎる部屋には、ダーツやスロットマシンなどの娯楽物が置かれていた。さすがは地下カジノの上に立つホテルなだけはある。
しかし彼女は、暇だと感じつつも、それらのゲームには手をつけなかった。
なぜならプレイヤーとディーラー――人と人との探り合いが介在しないゲームが嫌いだからである。そんな無粋なことに興じるぐらいなら、一人トランプで遊んでいた方がましだった。
よって彼女は、ホテルの一室には必ずといっていいほど机の引き出しに入っているどこかの教派の教典のように、ドレッサーの上にポツンと置かれていたトランプで遊んでいた。
「ふぅ、次で最後ですね……」
程よい緊張感に思考が引き締まる。
知っている限りのソリティア――一人用のトランプゲーム――をしていたのだが、いつまでも暇潰しができるわけではない。
難攻不落な『ゴルフ』もクリアしてしまい、ついにやることがなくなってしまった彼女は、トランプを使ってピラミッドの建造に勤しんでいた。
「これで一番上の段が完成ですね……」
そうっと、残り二枚となったカードで最上層を築こうとしたとき、コンコンと部屋のドアがノックされた。
「ひゃう!?」
「オーナーがお戻りになられました。下のフロアまでお越し下さい」
と、扉越しに用件を事務的に伝えられる。
突然の掛け声に手元が狂ってしまい、トランプで作られたピラミッドは上層部からバラバラと崩壊してしまった。
何かを暗示している? と考えが至るのは心配のしすぎであろうか。
「はい、すぐ行きます」
適当に返事をすると、トランプを片付けて準備に取り掛かった。
仲間の敗北によって、彼女は現在ホテル《コルッネオ》の最上階――ゼガスを一望できるゴールドクラスルームに幽閉(?)されていた。負債を抱えているはずなのに、最上級の待遇とはこれいかに。債権者であるオーナーの意図が分からなかった。
衣装棚を開けると、彼女の背丈と年齢に見合ったドレスが数着用意されていた。いつの間に揃えたのかと不思議に思いながら、一番シンプルであった黒のワンピースタイプのを選ぶ。
なぜわざわざ正装に着替えるかというと、これからオーナーと下の特別会員専用のレストランで食事をするからだ。
「う~……ん、そろそろ切りましょうか」
少し伸びてきた髪を後ろで括り、薄く化粧をして準備万端だ。
部屋を出ると長い廊下が続いており、このフロアの客専用のエレベーターに乗る。降りる階はレストランが営業している二階だ。
レストランの入り口で待機していたウェイターに特別個室へ案内されると、既にオーナーが座っていた。相変わらず値段の張るブランド物のスーツで身を固めていた。
ウェイターが椅子を引いて、オーナーと向かい合うように腰を下ろす。
しばらく無言のまま待っていると、食前酒が運ばれてきた。
彼女は未成年であったが、アルコール度数の低いカクテルであったため、ソフトドリンク感覚で飲むことができた。
「西海岸で見つけた一流のシェフだ。味に間違いはない」
「はぁ、そうですか」
気のない返事をする。それ程お腹が減っていないのだ。
前菜、スープ、魚料理……と、フルコースではなかったようで、締めのデザートが出てきた。オーナーは甘い物が苦手だったのか、彼女の分しか運ばれてこない。
(それにしても、会話を振ってこないですね)
食事中の会話を非としているのか、オーナーは彼女に話を振ってこない。ウェイターによる料理の説明を聞いては、適当に相槌と質問をするだけだった。
説明をするウェイターも、相手がホテルのオーナーとあってか、やや緊張気味だった。そのせいか個室はかなり気詰まりのある空間となっている。
そういった場にはある程度経験がある彼女にとっては、別段苦痛とは思わなかった。強いて述べるとすれば、せっかくの料理の味が落ちてしまったことが残念である。やはり食事とは、皆でわいわい騒ぎながら食べるのが楽しいと、この一週間で改めて思わされたからだ。
「おまえに一つ、訊きたいことがある」
食後の紅茶を嗜んでいたとき、ようやくにしてオーナーが本題を切り出した。
「何、でしょうか」
「その首から提げているロザリオだが、どこで手に入れた」
予想していた質問がしゃがれた声に乗って彼女の耳に届く。
昨日ホテルの前でも同じ質問をされたのを思い出す。あのときは仲間の人たちが割って入ったため流れてしまったが、今はゆっくりと話せる時間がある。
「これは……」
まるで赤子を抱くかのような柔らかい手付きでロザリオをかざす。
「この銀のロザリオは、私の曾祖母から譲り受けた大切なものです」
形見の品であったが、後生大事に首からぶら提げているアクセサリではない。法術を使用する際に用いる優秀な触媒であるのだ。
聞いた話では特殊な製法で創られたとのことだが、彼女は詳しくまでは知らなかった。
「曾祖母の名前は何という」
《セルゴード》の名を出すことは憚れたので、上の名前だけを告げる。
「そうか、やはりあの女の物か……」
「! ご存知なのですか?」
一瞬の逡巡のあと、オーナーの口から再び質問が飛び出る。
「その前に聞きたい。今はどこで何をしている?」
今度は彼女が躊躇う番だった。
「大おばあ様は、二年前に……」
今でもはっきりと覚えている。最後に触れた冷たくなった頬と腕。棺に収まったその姿は、ひどく小さく見えた。
せめて自分が祝言を挙げる姿を見てほしかったと思うのは、やはり贅沢なのだろうか。
「そうか……」
「あの、」
「分かっている。急かさないでくれ」
オーナーも想うところがあったのだろうか、軽いショックを受けているようだ。
いったいこのオーナーと曾祖母はどういう関係なのだろうか。
「予め言っておくが、面白い話ではないぞ」
そう述べながらも、オーナーは昔話を滔々と語り始める。
亡き曾祖母が生前どんなことをしていたのかは、些細なことでも知りたい。
「あの女……銀髪の似非僧侶に出会ったのは、今から五十年程前のことだ」
年齢からして、オーナーがまだ少年の頃だろう。
五十年前と云えば、曾祖母が既に法術の体系化を完成させ、祖母に家のことを全部まかせて(押し付けて)旅に出ていたときだ。
「当時のゼガスは、それはクソみたいな街だった。今でこそ世界中から金と時間を持て余した富豪や資産家が訪れる場所だが、昔は金に目が眩んだゴロツキが街中を堂々とうろつく治安の悪い肥溜めのような街だったな」
オーナーがなぜ食事中に話をしなかった理由が分かった気がする。
「ゴーレム狩りで一攫千金を狙う貧乏人が大量に移住してきた時代だ。ワシの両親もそんな馬鹿な連中と同類だった」
ゼガスで出会った二人の間で生まれたオーナー。だが、父親は金をことごとく酒代に浪費した末にアルコール中毒で亡くなり、母親は働き先のダイナーで知り合った男とベッドの上で心中してしまったとのことだった。
「死ぬ間際までいかれた両親だった。そんな惨めな人生は送りたくないと思っていたが、どうやらワシにもその血がしっかり受け継がれていたらしい」
と、自分を皮肉るオーナー。
「何かあったんですか?」
「イカサマだ」
乱獲によってゴールデンゴーレムラッシュに陰りが見え始めたとき、既にゼガスはギャンブルの街となっていた。金ではなく金の都となったのだ。
「二、三件でやめておけばよかったものを。当時のワシは、とにかく喉から諸手が出るほど金がほしかった。貧乏でくそったれな両親と同じ道だけは辿りたくなかったからな。一生遊んで暮らせるだけの金を稼ぎたかった」
始めは上手くいっていたのだろう。だが度が過ぎれば怪しいと思われる。
「薄汚いガキが着飾ったところで、所詮は薄汚いガキに変わりはない。そんな客が大金を持ち歩いていれば嫌でも目立つ。そんな当たり前のことにも気付かないぐらい、あのときのワシは調子に乗っていた」
まだ十の半ばである彼女にとっては、老人の回顧録にしかすぎないはずだ。けれども話に傾注していた。人が歩んできた道というのは、限られた空間でしか過ごしてこなかった彼女にとって、宝石よりも価値があったからだ。
「ギャングが後ろ盾にいる店に手を出したのが運の尽きだった。顔の形が変わるまでぶん殴られた挙句、最後は剣を突きつけられた。恐怖の中で死を覚悟したのを覚えている。そして――」
曾祖母が颯爽と現れ、ギャングを追い払ったそうなのだ。
「命の恩人ってわけですね」
どうやってギャングを追い払ったかは容易に想像できる。
「ふん、だがワシを助けたあとに、その女は何と言ったと思う」
「え?」
何だろうか。足を洗って真面目に働きなさい……ではないはずだ。
「イカサマをやるなら、もっと上手くやれ。バレそうになったら、すぐに逃げろ、だ」
「それはまた、大おばあ様らしい言葉ですね……はは」
にやりと笑いながらその科白を告げる曾祖母を想像すると、まったく違和感がない。
「それから、どうなったんですか?」
「良い筋を持っていると言われてな。頼んでもないのに徹底的にイカサマの技術を教え込まれた。スパルタを通り越して拷問に等しかった。そして気が付いたらいなくなっていたんだ。まるで竜巻みたいな女だったさ」
曾祖母が去ったあと、名を変え顔を変え再びゼガスで稼いだと、若かりし頃を語るオーナーも随分と酔狂だ。ゼガスでトップに上り詰めた男が、実はイカサマでのし上がったと聞けば、カジノの客はどう思うだろうか。
「とても数奇な出会いだったんですね」
だが気になることはまだあった。
「あの、大おばあ様の話を聞くために戦士さんとマホツカさんを嵌めたのですか?」
「ああ、そうだ。取り巻き連中は邪魔だったからな」
わざわざそこまでするとは。事情を話してくれれば皆に一言断って訪ねに行ったのに。
「では、もう解放してくれますよね」
用件は済んだ。ならばもうここにいる必要はないはずだ。
《黄金の爪垢》という存在するか怪しいアイテムを探しに出かけた皆がとても心配である。
「それは駄目だ」
「え! どうしてですか」
「言ったはずだ。ゼガスはギャンブルの街、全てはゲームによって決定する。奴らはワシが仕掛けた勝負に負けた。その代償はしっかりと払ってもらわなければならん」
「でも、あのポーカーは……」
「ふん、見破られなければ、」
「……イカサマにならない」
曾祖母の口癖だ。
「そういうことだ、なに、明日になれば諦めて戻ってくるだろう。ワシも鬼ではない。泣いて詫びれば、チャラにしてやってもよい」
話はそこで終わった。
オーナーはさすがゼガスで生まれ育った人だけあり、勝負事に関しては一歩も譲らない性格のようだ。
説得を諦めて部屋に戻った彼女は、再び銀に輝くロザリオを手に取る。
母も祖母も家のことで多忙を極めていたため、幼少の頃は曾祖母と最も時間を過ごした彼女。
「この街に訪れることができたのは、ある意味王様に感謝しないとですね」
しかし、大きな問題は残ったままである。
青い月が黄金の街を照らす中、明日に備えて早めにベッドへと潜り込んだ。




