ⅩⅧ.盗賊の事情
「へっくしょーぬ、はっくしょーん!」
肌を刺す冷たい夜風が吹き荒ぶと、篝火の炎がゆらゆらと幻想的に揺れた。
「砂漠の夜は冷えるぞ」
気遣いの言葉を掛けてくれたのは、篝火を挟んで向かい側に座る盗賊だ。
「へーきへーき。わたしは生まれてこの方、風邪を引いたことがないから」
身体だけは無駄に丈夫なのが取り柄ですから。それに加えて、貧乏生活で鍛え上げられた免疫力に勝てる病原菌などそうそういない。
「風邪は万病の元だ。念のため、これでも飲んでおけ」
「ん、ありがと」
小さめのケトルでお湯を沸かしていた盗賊。「魚」が一杯書かれた湯飲みに、何やら粉末とトロリとした液体を入れる。そしてお湯を注ぐとわたしに渡してきた。
「飲めば瞬く間に身体が温まる飲み物だ」
何だろう、暗くて色がよく分からない。匂いは……どこかツーンとくるものがある。
「お言葉に甘えて、いただきまーす」
と、一口飲んでみた。
「こ、これは――」
ジンジャーとハニーな風味がすごくしますね。
「ああ、生姜湯だ。隠し味としてハチミツを入れてある」
なるへそ。冷え性に効くって小耳に挟むあの飲み物ですか。
こういうシンプルな味の飲み物は何だか懐かしいな。我が家では山で採れたウィードという名のハーブを、ただ煮ただけのスープをよく飲んでいたからね。
パチパチッと弾ける火の音と、二人が揃って生姜湯を啜る音。そんな静かな夜を満天の星空の下で味わっているわたし達。うーん、実に平和だ。
今わたし達がどこにいるかというと、ピラミッドの外だ。そこでキャンプを張っていた。
黒煙立ち込める地下層から命からがら脱出したら、既に夜の世界となっていた。
疲労もピークに達しており、これ以上の探索は危険と判断して、ここで夜を明かすことになったのである。
あうー、ゴメン僧侶ちゃーん! まさか一日で目的を果たせなかっただなんて。寂しくて泣いてないかな? わたしは泣きたい!
そんないつもと違う夜にて、戦士は周辺の警戒と夜の鍛錬を行うために席を外している。マホツカはグースカと就寝中のため、今は盗賊と二人で暖を取っていた。
ちなみにどこで寒さをしのごうかといいますと、ずばりテントの中だ。それも普通のテントではない。魔法のテントなるマホツカ持参のマジックアウトドア用品なのだ。
外見は二、三人用のノーマルテントなんだけど、中は3LDKのマンションの一室というどっかの借金執事の夢空間が広がっていた。
「地下でのことはすまなかったな。わたしとしたことが軽挙妄動だった」
いつまでも続くかと思えた静寂を破ったのは盗賊だった。湯飲みに視線を落としたまま、自身の反省を吐露した。
「別に気にしてないって、他に逃げる術もなかったしさ」
あのままでは本当にミイラ取りがミイラになるところだった。
しかし、わたしの言葉は気休めにすらならなかったようで、盗賊の肩は重いままだった。
「遁術の巻物も十分に扱えぬとは、取り返しの付かない醜態を晒してしまった……」
それを言うのなら、忍者バレバレな点が真っ先に挙げられるのでは……。
うーむ、ちょっと雰囲気が重くなってきたな。ここは話題を変えよう。
「そ、そー言えばさ、盗賊ってピラミッドにどんな用事があるの?」
ピラミッドまでの道案内人として同行してくれることが仲間になったキッカケだったけど、盗賊もピラミッドに目的があるのは明白だ。
もしもわたし達と盗賊の目的が同じな場合、最悪戦うことになるのかもしれない。それだけは回避しておかなければ。
「ああ、その件か……」
顔を覆った旅装の隙間から見える双眸が篝火へと注がれる。
「たいした目的ではない。ピラミッドに眠ると云われる『鍵』を手に入れるためだ」
鍵?
「そう、ただの鍵だ。とはいえ、それはあくまでも通過点にしかすぎない。わたしが本当に欲しているものとは……」
盗賊は一旦そこで言葉を切る。言おうか言うまいか迷った末、続きを話してくれた。
「わたしが欲しているものとは、我が一族……おっと、一家に代々伝わる武具だ」
代々伝わるとはすごいね。我が家には遺産もヘッタクレもなかったからね。
「わたしが生まれる遥か前に失われたはずなのだが、存在することを突き止めたんだ」
「なるほど、その武具を手に入れるための鍵ってことだね」
「そういうことだ。鍵を入手したところで、本当に大変なのはそれからなのだがな」
武具で思い出したけど、わたしも《竜殺鉄塊》を手に入れるロマンがあったんだっけ。まあ、積極的に探そうとは思ってないけど。
「そういうおまえ達はどうなんだ。見たところ、興味本位の墓荒らしには見えないが」
「んー、ちょっとゼガスで負債を抱えちゃってね……」
わたしは話せる範囲で盗賊に旅の経緯を説明した。
「なるほど、仲間のためか」
そうなんだよ。小汚い悪党から可憐で典雅で神!な少女を救わなければならないのだ。
「あれ、盗賊はずっと一人旅をしてきたの?」
「ああ、当然だ」
どこか寂しげな、しかし強い言葉だった。
一人旅か……、わたしには無理な選択だ。みんながいなければ、絶対に今のわたしはいなかったと思う。
それはモンスターと戦う力という意味だけでなく、精神的な支えもある。
「一人で寂しくないの?」
「一人の方が何かと融通が利く。余計な荷物を背負うのは性に合わん」
それは、孤独な考えだよ。
「でもさ、それならどうしてわたし達の仲間になってくれたの?」
「……それは、なぜ……だろうな」
盗賊は本当に分からないといった様子だった。確かにあのときの一部始終はすごく不自然で唐突だったからね。
「わたしにもよく分からない。ただ、おまえに話しかけられたとき、道案内ぐらいならしてもいいと思っただけだ」
どこか恥ずかしがるような、ちょっと可愛い感じで否定を混ぜる盗賊。
「あのさ、盗賊がよかったら、ピラミッドの攻略が終わったら――」
「大分夜も更けてきたな。先に休んでいる」
わたしの言葉を遮るためのセリフだった。なぜなら夜はとっくに更けている。
やっぱそこまでは無理だよね。距離を測りそこなってしまった。
「わたし達のテントを使ってもいいんだよ。中はすごく広いし」
「ふっ、そこまで世話になるわけにはいかん」
と、盗賊は自分の一人用テントに姿を消してしまった。
「世話になっているのは、わたし達の方なんだけどな」
誰に言ったわけでもなく、呟くように声にした。
やはり類は友を呼ぶ、なのか。盗賊とはすごく気が合うような感じなんだよね。
それは戦士や僧侶ちゃんやマホツカとはまた少し違った感覚だった。まるで昔どこかで会ったことのあるような、懐かしいようで、照れくさい不思議な気分になる。
一時的にとはいえ、せっかく仲間になってくれたのだから、いろいろと話がしたいな。
しかし、それはまずピラミッドを攻略してからだ。
わたしは戦士が戻ってくるのを待ったあと、明日に備えて眠りについた。




