ⅩⅠ.名もなき王墓のガーゴイル(ズ)
「ダンジョン・イン!」
透明になったことで無事四角錐の巨大なお墓へと到着することができた。
ここまでの道のりはほーーーーーんと長かった。まじ長かったよ。
だが、ここで気を緩めている場合ではない。本番はこれからだ。《黄金の爪垢》を手に入れるために、僧侶ちゃんを取り返すために、気合入魂! 兜の緒を締めなければ!
「みんな、いくよ!」
わたし達がいる場所は、正確にはダンジョン内部ではなく、ピラミッドをぐるりと囲う廊下だ。そしてこれから内部へと――、
「待て勇者!」
「げふぁっ!?」
入り口に向かって歩き出そうとしたわたしを戦士が横から突き飛ばした。な、なぜ!?
「ピラミッドと言えば『罠の聖地』と呼ばれるほどのダンジョンだ。こうやって――」
と、入り口に向かって石を投げる戦士。
「用心しながら一歩ずつ確実に歩を進める必要がある」
いや、それ用心しすぎだろ!
「落とし穴、流砂の床、針の天井……などなど例を挙げれば枚挙に暇がない。どれも古典的な罠だが、ゆえに油断が生じる。数多の財宝に目が眩んだ墓荒らし達が罠によって命を落とした事例はたくさんある」
戦士が言っていることは一理ある。
そう言えば、そんだけトラップ仕掛けておいて、建造に駆り出された人たちはよく大丈夫だったよね。それとも何人かはやっぱやっちゃったのかな?
「ワタシが仕入れた情報だと、全部の宝箱にミイラモンスターしか入ってなかったって聞いたわよ。幾人もの財宝に目が眩んだ墓荒らしたちが回復薬切れになったとか」
宝箱じゃなくて、ちゃんと棺桶に入れといてあげようよ。死人に鞭打ちすぎでしょ。
「わたしの諜報活動の結果によれば、財宝は存在しても手に入らないケースがほとんどらしい。万余の財宝に目が眩んだ墓荒らし共が最後の最期で罠にはまるらしい。だが『ちゃっかり者属性』を身に付けている者は、一掴みの宝石を得られて脱出できるとの統計だ」
なんじゃいそら。それと財宝に目が眩んだ墓荒らしってどんだけいるんだよ。
「まったく、みんなして心配性なんだから」
確かに内部には危険な罠が張り巡らされているのかもしれない。だけどまだ入り口前だよ、エントランス前っすよ。そんな心構えでは中に入ることすら――、
ビュッ! と空気を焦がすような音!!
「ほわちゃっ!」
突然、死角から熱の線がわたしに襲ってきた。リンボーダンスさながらの姿勢で、すんでのところでかわす。熱線が床に当たると、その部分が焦げて真っ黒になった。まじ危ねー。
「敵か!」
しかし、それらしい姿も気配もない。
「気を付けろ、あの石像だ」
盗賊の言葉に、入り口の両脇に配置された二つの石像を見る。悪魔の姿を模ったその片割れの目には赤い光が灯っていた。あれが巷間で話題の《目からビーム》なのか!
『ガハハ、今の攻撃を回避するとは、なかなかやるな』
『グハハ、少しは楽しませてくれそうでなりよりだ』
石像が喋った!?
ガーゴイルAが 現れた!
ガーゴイルBが 現れた!
ただの排水用のオブジェクトだと思っていた二体の石像は、ゆっくり動き出すと両翼を広げて飛翔した。
「ふっ、悪趣味な門番だな」
うん、確かに。
「エサ代には困らなさそうね」
うむ、確かに。
「二体同時か。相手にとって不足はなさそうだな」
戦士は愛剣である鋼の剣を、盗賊は二本の小太刀を構える。
二週間ほど前のわたしはモンスターを前にして臆していた。だが、魔王との戦いを乗り越えた今では、これぐらいで取り乱すことはない。
「わたしと戦士、それと盗賊でAを攻撃! Bはマホツカ、ちゃちゃっと倒して!」
「A?」
「左の奴か?」
「B? 右の方をやればいいのね?」
「そゆこと」
あーそっか。みんなにはコレ見えないんだっけ。
「いくよ! 戦士、盗賊」
「いいのか? あの魔法使い一人で」
要らぬ心配だよ。
『グハハ、舐められたものだな。こんな小娘一人が相手とは』
「あん? ナメてるのはアンタの方よ。石像は石像らしく、黙って固まってなさい!」
二体相手であろうと、マホツカがいれば一体はいないも同然だ。
「侵蝕する絶氷の空気よ、おしゃべりな番犬もどきを黙らせなさい!」
何だかな……、上の句はいいのに、下の句はどうにかならんのですか。
「氷結せよ! 《アブソリュート・レイド》!!」
『ヌオッ!』
魔法の攻撃対象であるガーゴイルB周辺の空気が一瞬で絶対零度に変化すると、ガーゴイルBを氷の牢獄へと閉じ込めた。
「ほい、終了」
マホツカがパチンッと指を鳴らすと、氷が中のガーゴイルBごと砕け散った。
「残りはまかせたわよ」
戦闘開始から一分経たずして片方を撃破した。よっしゃ、残り一体!
「氷の魔法……、たったの一撃とは」
でも一発しか使用できないんだけどね。
「こちらも負けてはいられないぞ!」
戦士のカツに、剣を握る手に一層力を込める。
「てりゃっ!」「はあっ!」「はっ!」
勇者の 攻撃!
ガーゴイルAに 34のダメージ!
戦士の 攻撃!
ガーゴイルAに 108のダメージ!
盗賊の 攻撃!
ガーゴイルAに 54のダメージ!
ガーゴイルAに 6のダメージ!
うーん、やっぱわたしが一番弱いのか。
それにしても、盗賊もなかなかやりますね。さすがは一人旅をしているほどはある。
でも、余計なおせっかいかもしれないけどさ、『名状しがたい』方の小太刀は装備を取り替えるべきなのでは?
『薄汚い賊共が、喰らうがいい!』
ガーゴイルAの 攻撃!
クリティカルヒット!!
盗賊は 53のダメージを受けた!
と思ったら 攻撃を回避していた!
「ふっ、《身代わり術》だ」
ガーゴイルAの攻撃が盗賊にクリーンヒットしたと思った瞬間、どこからか出現した丸太が攻撃を代わりに受け、盗賊はいつの間にかわたしの隣に立っていた。どこに隠し持ってたのそんな物?
『ガハハ、見た目に反して腕は確かのようだな』
?
片割れを倒され、自分も圧倒的に不利な状況なのに、随分と余裕だな。
「ただのブラフだ。一気に止めを刺すぞ!」
その勇猛果敢さは、昨日のポーカーで発揮してほしかったよ。
「まっ、変な攻撃を仕掛けてくる前に倒そ――」
ビュッ! と空気に穴を空けるような音!!
「ひょいやっ!」
注意がほぼガーゴイルAに向いていたところに、熱線がどこからか再び襲い掛かる。流れるような無駄のない無駄な動きで体を折りつつそれをかわす。まじ危ねー。
「ど、どこから!?」
ガーゴイルBが 現れた!
ガーゴイルBの 攻撃!
勇者は 攻撃を回避……なんですんだよ、空気読めよ!
うぜー、余計なお世話だ!
『グハハ、おしいおしい』
「えー!? まだいたの?」
『ガハハ、さあどうした』
あわわわわっ! どうすりゃいいの、どうすりゃいいの!?
「慌てるな、まずは確実に目の前の一体を倒すぞ!」
さっすが戦士、戦闘に関しては冷静で頼りになるな。
そうだ、これしきの事など魔王の繰り返し復活に比べればたいしたことではない。
「おりゃっ!」「らあっ!」「はっ!」
勇者の 攻撃!
ガーゴイルAに 32のダメージ!
戦士の 攻撃!
クリティカルヒット!!
ガーゴイルAに 212のダメージ!
盗賊の 攻撃!
ガーゴイルAに 48のダメージ!
ガーゴイルAに 10のダメージ!
ガーゴイルAを 何の面白みもなく倒した!
無視無視、ここはツッコミを一時的に封印しよ。
「よし! そいじゃ追加分もこの勢いで倒しま――」
ガーゴイルAが 現れた!
「うそでしょ!?」
「む、無限ガーゴイル……だと?」
造形がまったく同じな石像モンスターがまたまた現れた。
「まさか、《分身の術》なの……か?」
「「それはない(きっぱり)」」
しっかし唐突に現れたよね。もしやピラミッドに配置された石像全てが敵意を持って襲ってくるとか?
でもぐるりと見渡した感じ、この入り口にあるのしかないみたいなんだけどな…………ん? よく見ると、アルファベッドが同じじゃん! ってことは……、
「もしかして、復活しただけ?」
『ガハハ、よくぞ見破ったな、賊よ』
だから、賊じゃないって。
『グハハ、そうだ、我らこそが――』
ガーゴイルA・B改め
ガーゴイル・ブラザーズが 現れた!
ブラザーズだって?
「兄弟なの?」
『ガハハ、我らは血ではなく石を分けた兄弟にして、一心同体の存在!』
『グハハ、片方が倒れようとも、すぐに復活できるのだ!』
う、うぜ……。
「面倒なモンスターだな……」
「ふっ、ならば二体同時に倒せばいいだけの話だ」
そっか! だったら――、
マホツカの「とっとと倒しなさい!」という野次を聞き流しながら、わたしは勇者の力を使用する。
「《雷の狂化魔法》!」
二体同時に相手しなければならないのなら、短期決戦で終わらせる!
「だあっ!!」「はああぁっ!」「はっ!」
勇者の 攻撃!
ガーゴイル・ブラザーズ(兄)に 48のダメージ!
ガーゴイル・ブラザーズ(兄)に 55のダメージ!
ガーゴイル・ブラザーズ(弟)に 60のダメージ!
ガーゴイル・ブラザーズ(弟)に 49のダメージ!
戦士の 攻撃!
ガーゴイル・ブラザーズ(兄)に 91のダメージ!
盗賊の 攻撃!
ガーゴイル・ブラザーズ(弟)に 50のダメージ!
ガーゴイル・ブラザーズ(弟)に 7のダメージ!
よし、こうやって均等にダメージを与えていけば――、
『ガハハ、甘いぞ賊共が。頼んだぞ弟よ!』
『グハハ、任せてくれ兄者よ!』
ガーゴイル・ブラザーズ(弟)は 融合をした!
ガーゴイル・ブラザーズ(兄)は 体力が全回復した!
ガーゴイル・ブラザーズ(弟)は 朽ち果てた!
ガーゴイル・ブラザーズ(兄)は ガーゴイル・ブラザーズ(弟)を復活させた!
ガーゴイル・ブラザーズ(弟)が 復活した!
これぞ美しい フラタニティ~!
はぁ!? なんじゃそりゃ?
せっかくダメージを与えたのに、こんなのどうしろってんだよ。
『ガハハ、墓荒らし風情が、ここでミイラの仲間入りになるのだな』
『グハハ、安心しろ。立派な棺桶を用意しておいてやる』
うぅ、やばい。
「ふっ、墓荒らし風情とは笑止千万。これでも遊びで墓荒らしをやっているわけではない!」
そんなこと言明されましても。それと、わたし達三人は墓荒らしじゃないからね、盗賊はそうかもしれないけど。
「見せてやろう、盗賊の七符術のひとつを!」
符術?
「砕け散れ、《爆砕符》!」
盗賊は御符のような紙切れを投げつけた。
『ウオ?』
ガーゴイル・ブラザーズのどっちか(見た目同じだから分かんない)の額に、紙がペタリと貼り付く。
「発!」
『? ドギャピーーーーーーー!!』
おわわっ、いきなり紙切れが光を放つと、石像が言葉通りに爆砕した。ってええ!? ただの紙切れじゃないの?
『貴様、よくも弟を! すぐに復活してや――』
「遅い! 《爆砕符》!」
『ヌオ? ディギャパーーーーーーー!!』
断末魔を上げながら兄も石屑と成り果てた。
「恐ろしい術だな……」
「何だかトラウマを覚えそうね……」
しばらく破片となった元モンスターを眺めていたが、バラバラになった石の欠片は元には戻らなかった。
「ふっ、雑魚が」
盗賊さん、マジこええっす。