Ⅹ.散歩するピラミッド
サンドワームとの遭遇率が低い抜け道を越えると、そこには砂丘のない穏やかな平地が広がっていた。不思議なことに、視覚から暑さを訴える陽炎がない。砂の色には黒味が混じり、明らかに今までの砂漠地帯とは異質であると分かる。
ここには何かがある、と言わんばかりの光景だった。
「ここまでくれば奴らは襲ってこない」
どこかほっとした様子で、盗賊は安全性を保障した。
「どうして分かるの?」
わたしの疑問への解答として、盗賊は屈むと砂を一握した。サラサラとそれを下に落とすと、砂は風を受けているのにもかかわらず、ほぼ垂直に落下する。
「詳しい理由までは分からないが、この辺りの砂は非常に硬く、そして重い。虫も棲息するのに適さないのだろう」
「なーるほど」
確かに、この硬度なら地下を掘って進むのも一苦労に違いない。
それにしても、随分と詳しいね。
「なぜそんなことを知っているんだ」
未だ盗賊に対して疑心暗鬼な戦士。言葉にも探るような含みがある。
「わたしから言わせれば、おまえ達が無知なだけだ。よく情報を何も持たずに、この砂漠に足を踏み入れたものだ。無謀にも程があるぞ」
「ぎくっ」「うぐっ」「むぐっ」
痛いところを的確に突いてきますね……。
でもさ、伝承の伝説なんだよ。情報なんて易々転がってないでしょ?
「そんで、肝心のピラミッドはどこにあるのよ?」
「それが問題なのだが……」
と、盗賊は懐から小さくて台形型の物体を取り出した。十セント硬貨ほどの大きさで、厚みも同じぐらい。
「この中にピラミッドの位置情報が入っているらしいのだが、解析方法がついぞ分からなかったんだ」
ありとあらゆる手段を試したと付け足す盗賊の瞳には、「不覚」の二文字が浮かんでいた。
「それで、何これ?」
「さあな、皆目検討が付かない」
「『ギガバイト』と書かれているが、何かの暗号か?」
「売人によると、『魔法使い』なら扱えるかもしれない代物だと説明された。だから……」
「ん? 何よ?」
魔法使いと言えば、マホツカの出番だ。
「マホツカ、これが何なのか分かる?」
「何って、ただの『SDカード』じゃない」
「「「SDカード?」」」
「そんなことも知らないの?」な表情で答えるマホツカ。いや、普通知らないよ。
しかし「SD」って、スーパー・デフォルメの略……じゃないよね?
「まあ、アンタたちには縁のない物ね。貸してみなさい」
マホツカは盗賊からカードを受け取ると、なぜかアルフォンを取り出した。
「ワタシの機種は標準で対応しているからね。スロットに挿して、フォルダを開くっと」
カチッと、小気味良い音が鳴り、アルフォンにカードがピタリと刺さる。
「いったい何だ、あの奇天烈な鉄の板は?」
頭上に「?」マークを浮かべる盗賊。その気持ちはよーく分かる。
「うー……ん、たぶん気にしたら負けだと思う」
わたしだって未だにアルフォンの構造はさっぱり分からない。とにかく便利なアイテムという認識だ。世界地図の閲覧からホテルの予約までできるなんて、どう考えてもオーバーテクノロジーだよね、あれ。
「中身はEXEファイルか。念のため《ウィルスバスターズ》でチェックして…………………………OK♪ そんじゃ実行っと」
どこか信頼性に欠けるお化け退治屋っぽい名称が聞こえたような。
「何か分かったのか?」
「もうちょい待ちなさい、今インストール中だから…………(プログレスバーっていつもてきとうなのよね)…………、やっと完了したわね。えーっと、マップアプリ?」
地図、とな?
ってことは、ピラミッドの場所が記載されているのだろうか? それだったら話は簡単だ。
「砂漠の地図みたいね」
アルフォンには砂漠地帯の地形図と、波紋が広がるように赤く点滅する光点が映し出されていた。その点がピラミッドの位置だろうか。
「現在地が分かるアプリを立ち上げるわね……、これでよし」
二つの同じ地図が重なる。緑の点がわたし達の現在地、赤い点がピラミッドの位置だとすると――なるほど、北に真っ直ぐだね。
「よし、さっそく出発だ!」
「そうね。距離もそんなに遠くな――?」
「どうしたマホツカ」
なぜかアルフォンを凝視しながら固まるマホツカ。電池切れ?
「点が……消えた? 違う、何で勝手に移動してんのよ?」
地図を再度確認すると、確かにさっきまで真北にあったはずの赤い点が、正反対の真南に移動していた。
「暑さで壊れたとか?」
「そんなわけないでしょ。かの有名な《メガグラビトン・ショック》並みの耐久テストやってる堅牢タイプの機種なのよ!」
それはすげーな。
「もしかすると、例の噂は本当だったのかもしれないな」
噂?
「このピラミッドは、どうやら移動するらしいんだ」
ええっ? どこぞの砂漠のお城だよ。
「でも一瞬で移動したわよ?」
「そうだ。まるで幽霊のように突如として現れたり消えたりするらしい」
幽霊船ならぬゴーストグレイブですか。世界には不思議が多すぎる。
「とにかく地図通りに歩こう。移動される前に着けばいいんだし」
その考えは、甘かった。
「そうね。目標は南よ!」
と、わたし達はとりあえず地図を頼りにピラミッドへと向かった。
十分後。
「移動したわ? 東よ!」
二十分後。
「また移動したわ? 今度は西よ!」
三十分後。
「むきー! また移動したわ!? 今度は真南よ!!」
四十分後。
「んががぁ! 何で着く寸前で移動すんのよ! 今度は北西よ!!」
一時間後。
「ま、また……移動したわ。次は……東……(ドサ)」
って、マホツカが倒れた!
「くそっ、これでは無闇に体力を消耗させるだけだ」
「どうやら、わたし達のことを感知しているように思えるな」
まじすか。どんだけシャイなピラミッドなんだよ。もしくは建造主はピンポンダッシュの被害経験があるに違いない。
「どうする勇者、分散するか?」
んー、
「いや、それは無理じゃないかな。結局誰もいない方向に逃げられそうだし」
わたし達の存在を感知しているのなら、それを掻い潜る手段を考えないと……、
!♪ ピキーンと豆電球が点きました!
「マホツカ、透明になれる魔法とかない?」
「ぜえ……ぜぇ……え? 透明になる魔法? そんな便利なものがあるわけ……あるわね」
「おおー! それじゃ是非お願いしまっす」
「悪いけど、その魔法は絶対に使用しちゃいけない暗黙のルールがあるのよ」
え? 何で?
「知らないわよ。ワタシの師匠がそう言ってたの。だから無理」
えー、けちー。
「透明になるか、それならわたしに任せろ」
おっ、盗賊に策有り?
「ふっ、特別に見せてやろう。盗賊の七秘術がひとつ《木の葉隠れの術》だ!」
ハッ! という掛け声と共に両手で印を結ぶと、どこからか深緑な木の葉が舞い乱れた。
「これで問題ない」
葉っぱがどこかに消えると同時に、わたし達は光を屈折しない身体になっていた。すっげ、《カイバル湖》もびっくりだ!
「こ、これがあれば、あんなことやそんなことが……むふふふふ」
「何しょーもないこと考えてるのよ。唇の隙間から煩悩が見えてるわよ」
おっと、いかんいかん。
それにしても、是非ともご教授願いたい術だな。
しかし、その前に確認しておかなければならないことがある。
「ねえ、この術ってさ、秘術というより『忍術』だよね?」
「さあ、効果が切れる前に行くぞ」
くわっ、無視された。
汚いさすが盗賊きたない!