私は月詠秋奈!あなたの妻になる女です!
「私は月詠秋奈!あなたの妻になる女です!」
秋奈は「決まった」と思い、ふふんと満足げな笑みを浮かべた。
夏波からのアドバイスその1。
──まずは第一印象を最大にするのよ。そうね……部屋の中に突然魔法で現れるとかが面白いんじゃない?まずは男に、自分は他の女とは違うってところを見せるの。
夏波の言う通りにした結果、昴はものすごく驚いている。作戦は大成功だ。間違いなく彼は秋奈を「他の女とは違う」と認識しただろう。
得意げな秋奈は、彼が「警察は魔女を逮捕してくれるか」と考えていることを知らない。
そして夏波のアドバイスその2。
──次はとにかく密着することね。男は女とくっついていたら、その女のことを好きになるから。とにかく長時間くっつきなさい。
「よいしょ」
秋奈はベッドに上がり、昴の脚の上に座り、そのまま彼に覆い被さるように抱きついた。
「うわ、うわあああああああ!!!」
昴は、部屋に突然現れたストーカー魔女が自分に乗って抱きついてきたことに驚き、彼女を払い除けようとした。
しかし──
「んっ!?ぜ、全然動かせない!?」
──魔女の力が強すぎて、全く引き剥がせない。
「えへへ、無駄ですよ。私の力、魔法で強化してますもん。このまましばらく一緒にいましょ?」
「ひいいいいいい!?」
魔女は彼の胸の上に乗せた顔に、屈託のない笑顔を浮かべてそう言った。
そしていつの間にか彼の部屋のテーブルの上には古ぼけた鏡と、一振りの日本刀と、綺麗な石が置かれている。
今は日本刀が月光色に光り輝き、その光がこの魔女の体へと入って行っているのが見える。
夏波のアドバイスその3。
──男はね、おっぱい好きだから。とりあえず抱きついて胸を押し付けておきなさい。男ならすぐドキドキして興奮して、あんたのこと好きになるから。
(ふふ、完璧だね!)
秋奈は夏波のアドバイス2と3を合わせて、新月刀で身体能力を上げ、胸を当てたまま抱きついて固まるという作戦になっていた。
「は、離してくれええええええ!!!」
昴は、とてもではないが女の胸が自分に当たっていることを気にしている暇などはなかった。
いくら男と言えど、命がかかっているときはそんなことは気にしてはいられない。
(あ、すごくドキドキしてる!)
さらにこの作戦の良いところは、相手の胸に耳を当てれば相手がドキドキしているかが分かること。
彼の心臓は、医院に生まれた娘である秋奈でさえも聞いたこともないほどに激しく脈打っている。
少し速すぎるような気もしたが、秋奈は気にしなかった。
(よしっ、作戦成功ね!)
「ひいいいいいいいっ!?!?まったく動けない!!これが金縛りか!?いや、金縛りってこんな物理的なものなのか!?」
秋奈は、心臓は恋だけでなく恐怖でも激しく脈打つということは計算に入れていなかった。
(男の人の胸って大きくて暖かいなぁ……なんだか安心する……)
「誰か助けてくれええええええええ!!!」
安心して穏やかな気持ちの秋奈と、謎の魔女に押さえつけられて動けずに恐怖する昴。
対照的な精神状態の男女の時間は、ゆっくりと過ぎていった。
──────────────────
1時間後。秋奈は「よいしょ」と言って昴の上から降りた。
昴のシャツは彼の冷や汗で濡れ、さらに途中でうつ伏せのまま秋奈が少しうたた寝をしたため、胸の辺りは秋奈の口から垂れた涎で湿っていた。
「どうですか?私のこと、好きになりました?鷹宮先輩」
(この女、正気か……?)
昴は秋奈の魔法ではなく、彼女の精神性に恐怖していた。
このシャツが、僕の冷や汗とお前の涎で濡れているのが見えないのか?
こんな状況で、異性のことを好きになれる人間がいるのか?
そう思いながらも、昴は恐怖でハアハアと息を切らしながら秋奈の顔を見つめることしか出来なかった。
「ほら、教えてくださいよぉ。私のこと……好きになりましたか?」
「ひいぃ!?」
秋奈が一歩、昴に近づくと彼は怯えた声を上げてベッドの上で小さくなった。
勉強では努力の末に医学部医学科に入り、剣道では数々の強敵を倒してきた彼だが、目の前の女にだけは勝てる気がしなかった。
昴は恐怖で怯えてしまい、とても秋奈の質問に答えられる状況ではなかった。
「もう、じゃあ答えさせてあげます!」
魔女はそう言って、拳ほどの大きさの綺麗な石をその手に掴んだ。
石は月光色に光り輝き、その光に合わせて秋奈は口を開いた。
『あなたは、今思っていることを正直に話す』
「ん?」
昴は変な気分になった。
今の気持ちを今から正直に話すという自分の行動が、「真実」として……つまり確定的な未来として頭の中に受け入れられた。
口が勝手に動き、止められない。
「怖すぎる。お願いだから帰ってくれ。好きとか嫌いとかいう次元じゃない」
「がーん!!」
秋奈は昴から聞き出した本音に驚き、そしてショックを受けた。
「本当に『がーん』って言う人、いるんだな……」
秋奈は現時点で嫌われてしまっていることが明らかになりショックを受けたが、まだ自分には最後の作戦が残っている。
夏波のアドバイスその4。
──もし嫌われそうになったら、とにかく服を脱ぎなさい。
──え?なんで?
──既成事実を作れば結婚できるから。デキ婚しちゃえばいいのよ。
──きせいじじつ?できこん?
──あー、とりあえず服を全部脱げば解決するから。大丈夫。お姉ちゃんを信じなさい。
そう言っていた夏波の表情が少しニヤけていたのが秋奈は気になったが、恋愛マスターの姉の言うことを信用することにした。
秋奈はワンピースの裾に手をかけて捲し上げ、服を脱ぎ始めた。
「え!?えええええええ!?」
それを見た昴は驚愕し、大声を上げた。
女性の下着姿を初めて見た昴だが、彼女の体型がとてもスレンダーで美しいことはわかった。
だが──
「ダメだ!それ以上は!!」
昴は下着にまで手をかけて脱ごうとし始めた秋奈の腕を掴み、彼女の動きを止めた。
──こんな状況で女性が服を脱ぐことは間違っているということだけは、彼にもわかった。
「放してください!私が全部脱げば全て解決して、最終的にあなたは私と結婚することになるんです!」
「いや、そんなわけないだろ!!僕のことをなんだと思ってるんだ!?」
昴がそう言って止めようとすると秋奈は新月刀に魔力を込めて身体能力を上げ、昴を振り切ろうとした。
しかし──
「うおおおおおおおおおっっっ!!!」
「うそ!?魔法を使ってるのに!?」
──昴の力が強く、振り切れなかった。
秋奈は驚愕した。魔法よりも強い力を出せる人間がいるなんて、信じられない。
「女の子は自分を大切にしろおおおおおお!!!」
昴は先ほど「自分が」押さえつけられているときは、秋奈を振り切れなかった。
しかし「この女の子」を守るためだと、不思議といつもよりも力が湧いた。
この見知らぬ女の子が、よく分からない理由で裸体を晒すという、この子が後に傷つくことになるような事態は避けたい。
昴はそう考え、全力で彼女を押さえつけた。
「はっきり言うぞ!そんなことをしても僕は絶対に君と結婚なんかしない!絶対にだ!!」
「えっ!?」
秋奈は昴の言葉に驚いた。
夏波に聞いた話と違う。
全て解決するのではないのか。
「そんなぁ〜……」
秋奈は力を抜き、下着姿のまま床にへたり込んだ。
「夏姉の言う通りにしたのにぃ……恋愛マスターだって言ってたのにぃ……嘘つきぃ……」
秋奈は思い出した。
昔から夏波は、自分や冬子に酷い嘘を教えては後からそれを見て笑うという遊びを楽しむ、性格最悪の女だったということを。
「そのお姉さん、絶対に信用しない方がいいよ」
昴は、仮に自分がこの女と結婚なんかしてしまった日には、義姉となったその女にいつか酷い目に遭わされそうだと思った。
「こんな犯罪まがいのこともしたのにぃ……」
「いや、今夜の君の行動は犯罪じゃないものの方が少なかったんじゃないか?」
「うえええぇぇぇ……もうおしまいだあぁ……」
昴は今夜の出来事に恐怖や怒りを多く感じた。
しかしそれと同時に、床にへたり込んでメソメソと泣いている、姉に騙されたという半裸の女に同情も湧き始めた。
「……よかったら、話を聞かせてくれ。力になれるかは分からないけど……君にも事情があったんだろう?」
「うぶぅ……実はぁ……」
秋奈は、嗚咽を漏らして泣きながら昴に事情を説明した。
自分が魔女の一族の末裔であること。
理不尽に後継にされたこと。
医院を継がなくてはならないこと。
新都大学の医学科に落ちたこと。
医者の婿がいれば解決すると思ったこと。
医学部の武道場で昴を見つけたこと。
「それ、別に僕じゃなくてもよくないか?医学科の友人を紹介しようか?」
「うえぇ……私、筋肉質で強そうで、顔がいいあなたがいいんですぅ……」
(なんて素直な女なんだ……)
「あと、私の話を聞いてくれるような優しいあなたが、もっと好きになりましたぁ……」
(最悪だ……)
昴は天井を仰いだ。
恐ろしい魔女に目をつけられたと思ったが、この女の真に恐ろしい部分は魔力ではなく、この馬鹿素直さと行動力だ。
「うぐっ……でも私、諦めませんから!!もう決めたんです!私はあなたと結婚します!絶対に!!」
「帰ってくれぇ……」
「ええ、今日のところは退散です!!でもまた来ますからね!!」
秋奈は床に落ちているワンピースを掴み、頭を突っ込んで強引にそれを着始めた。
「もう来ないでくれぇ……」
「私は月詠秋奈っ!あなたの妻になる女ですっ!」
秋奈が泣き顔でそう宣言すると、机の上に置かれていた古ぼけた鏡が月光色に光り、魔女の体と、彼女が持つ神器たちは姿を消して透明になり始めた。
「あっ!魔法のことは誰にも言わないでくださいね!大騒ぎになりますから!」
そう言って透明人間となった魔女はドタドタと歩き、ガチャリとドアをあけて部屋から出ていった。
部屋から出たあとも、歩く秋奈がヒックヒックとすすり泣く音が夜の空気に響いている。
姿は見えないが、音がうるさ過ぎて彼女はどこにいるかすぐにわかった。
(透明になる意味あったか……?)
昴はあの妙な魔女が二度と自分の前に現れないように祈りながら、ベッドに倒れ込んで眠った。
☽ あとがき ☾
月詠家の魔女が使う魔法は、本人の意識がなくなれば効果は切れます。
つまり秋奈がうたた寝をしている間、彼は自分の胸の上で寝ている不審者をどかすチャンスがあったのです。
当然昴は一度試みましたが、自分の胸の上で眠っている魔女の表情はあまりにも気が抜けた可愛らしい寝顔で、彼はどうしても秋奈を起こす気にならなかったのですね。
【宣伝】
秋奈と昴は将来、息子と娘を授かります。
(本作における壮大なネタバレ)
そしてその兄妹の生き様を描いた物語が、現在毎日更新で連載中です。
この作品の15年後から物語がスタートします。
時系列的には秋奈と昴の物語の方が先ですので、読まなくても本作はお楽しみいただけるので、もしよければ……って感じです!
「魔女の末裔、怪盗となり月夜に舞う」
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(作者ページからも読めます!)
本作は、明日からも毎日更新です!




