月詠秋奈は落ちて狂って惚れて閃き叫び走り
3月上旬。
「435……442……448……あっ、終わった……」
月詠秋奈は、絶望した。
今日は「新都大学」の合格発表の日。
彼女は実家の医院を継いで医者になるため、この大学の医学部医学科を受験していた。
彼女の受験番号は444。
ここまで不吉なら逆に受かるんじゃないかと秋奈は考えていたが、結果は不合格。
秋奈はその場に膝から崩れ落ち、地面に手をつき、長い髪の先を地面に垂らしたまま動けなくなった。
「どうしよう……医院が……実家が、継げない……!」
地面に話しかけても返事が返ってくるわけもなく、彼女はそのまましばらく地面に涙と鼻水を垂らし続けた。
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4月中旬。
秋奈は実家の自室で着替えを済ませ、リビングに降りた。
「あら、出かけるの?」
「ウン」
秋奈は無表情のまま、母親の千夜に返事をして朝食のトーストを齧り始めた。
「ねえ、秋奈……医院のことは気にしなくていいからね……?」
「ウン」
母親の千夜は明らかに娘に気を遣って話しかけていたが、秋奈の表情は能面のように固まったまま動かない。
「別にどうしても医者にならなきゃいけないってわけじゃあ……」
「ウン」
秋奈はトーストをハムスターのように齧りながら食べ進めているが、目の焦点が合っていない。
「き、聞いてる?」
「ウン。お母さん、いってらっしゃい」
「今から、あなたが出ていくのよ。『いってきます』でしょう?」
「ウン。お母さん、おかえりなさい」
「秋奈、あなた大学落ちてからずっとその調子。大丈夫なの?」
「ウン。お母さん、ただいま」
「患者さんじゃなくて、あなたを魔法で治した方がいいんじゃないか、ってお父さんと最近相談してるのよ」
「ウン。お母さん、ところで朝ごはんまだ?お皿に何もないんだけど……」
「お皿に何もないのは、あなたがさっきパンを全部食べたからよ」
千夜は重症の娘を見て「はああ……」とため息をついた。
「そっかあ、じゃあお母さん。いただきます」
「秋奈、お願いだから早く正気に戻ってね?もう逆にお母さんが気が狂いそうなの」
秋奈は両手で顔を押さえている母親を後にして、家を出た。
秋奈は家を出て少し歩き、最寄り駅から電車に乗った。
新都大学に向かうためだ。
(一応、『医学部の学生』……にはなれたんだよなぁ……看護学科だけどね!)
そう。秋奈は新都大学の前期入試は医学部「医学科」、後期入試は医学部「看護学科」に出願していた。
なんとか後期入試は滑り込みで合格を果たし、彼女は晴れて「医学部の学生」にはなれたのだ──看護学科の。
(でも出願しておいてなんだけど!看護師じゃなくて医者じゃなきゃ、家が継げないんだよおおお!!)
彼女の生家、「月詠家」は月詠医院という小さな病院を経営している。
月詠家は実は魔女の一族で、「魔法は人を癒すもの」という家訓のもと、患者に気付かれないように魔法を使って人々を癒すという家業を続けている。
「あーあ、春姉が後継ならよかったのになぁ……春姉は医学科に受かったんだから」
秋奈は電車の中で呟いた。
電車に乗っていた周囲の人間は、突然電車の中で一人で話し始めた秋奈をチラリと見たが、無視した。
秋奈は二人の姉と一人の妹がいる、四人姉妹だ。
上から春華、夏波、秋奈、冬子という順番で生まれた。
秋奈が「春姉」と呼んだのは春華のこと。
彼女は現在、別の大学の医学科の6年生だ。
医院に生まれた娘なのに、医学科に合格した春華ではなく、落ちた秋奈が後継とされていることには理由がある。
「もう、なんで私が月光色だったのよ……!」
月詠家に生まれた娘は全員魔女として生まれ、その体に「魔力」を宿して生まれ、その魔力を使って魔法を使うのだ。
彼女たちの魔力には「色」があり、数ある色の中でも淡い黄色……「月光色」の魔力を持つ娘だけが、次の娘に魔力を遺伝させることができるのだ。
そのため、月詠家の後継は無条件で「月光色の魔力を持つ娘」と決まっている。
そしてその魔女は後継者の証として、「月詠の魔女」と呼ばれている。
しかし魔女でありながら医院を継ぐ、ということであれば当然「医師免許」が必要となる。
母も祖母も、月光色の魔力を持つ「月詠の魔女」で医者だった。だから自分も医者になって家を継ぐように教育されてきた。
「いや私の意思は!?普通に生まれただけなのに『あなたは魔女の後継』って言われて、『後継だから医者になってね』って言われて、何それ!?私の自由意志はゼロ!?」
電車の中で突然訳のわからない独り言を叫び出す狂女がいることは、この地域の1ヶ月前からの共通認識なので、誰も秋奈を気にしていない。
「お、あの娘は今日も狂ってるなぁ」と、周囲のサラリーマンや学生が優しい目で秋奈を見つめていた。
「頭良くないのに必死に勉強してさぁ!模試でE判定なのに医学科に突撃させられてさぁ!10円ハゲ何個できたと思ってるの!?全部合わせて500円ぐらいになったわ!!もうっ!!!」
秋奈が叫びながら駅に降りると、小学生に「お姉ちゃん、早く正気に戻れるといいね!」と話しかけられた。
秋奈は「ありがとっ!でも当分無理そう!あはは!」と涙を流しながら返事を返した。
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「はあぁ……」
秋奈は授業の合間の空き時間は、大学構内を意味なくフラフラと徘徊し続けることで時間を潰していた。
月詠家に生まれた女性は、全員が「魔女」であり、そして「美人」でもある。
そのため秋奈は大学内で「徘徊美人」という、非常に不名誉な渾名が付けられているが、本人はそのことを知らない。
──イヤアアアアアアッッッ!!メエエエエエンッ!!!
「……ん?なに?」
徘徊美人がその名の通り徘徊を続けていると、隣にある建物から大声が聞こえてきた。
このまま静かに余生を過ごして幽霊にでもなってしまいたい、と考えている秋奈はその大声に少し苛立ち、騒音の方向に顔を向けた。
「なんだ、剣道か……」
秋奈が歩いていたのは医学部生用の武道場の横で、その中では剣道部員が必死に稽古に取り組んでいるところだった。
「……ん?」
秋奈は剣道をまともに見るのは初めてだったが、「彼」の姿に目を奪われた。
素人の秋奈でもわかるほどに彼は強く、激しく、流麗な剣捌きをしていた。
激しい気声をあげながら向かってくる他の部員を次々と薙ぎ倒し、一人だけ明らかにレベルが違うのがわかる。
剣道は防具に名前が大きく書いてあるので、彼の苗字はすぐにわかった。「鷹宮」というらしい。
鷹宮が防具の面を取ると、その中にあった彼の顔は、綺麗に整った塩顔であった。
威風堂々たる彼の剣道と、彼のその端正な顔つきは、気が狂った徘徊美人から見ると眩しくて、目が焼けそうであり──
「え……超カッコいいじゃん……」
──彼女の心臓を高鳴らせた。
「……はっ!!!」
秋奈はその瞬間、正気に戻った。
そして彼女の頭の中の計算機はポコポコポンポンと頭の悪そうな音を立てながら、彼女の脳内に数式と解答をもたらした。
(ここは医学部生用の武道場。つまりあの鷹宮さんは医学科の学生である可能性大!)
(医学科の男と付き合えば、最終的には『医者の旦那』が手に入る!)
(あの人が私と結婚して月詠家の婿になってくれれば、私は『医者の旦那』をゲットできて、医院が継げる!)
(そして私は『魔女』!魔法を使えば婚活は簡単なはず!つまり、魔法を使ってあのイケメンをなんとか私に惚れさせれば……!)
「私は!!!!『月詠の魔女』として医院を継げるっ!!!!やった!!!これだ!!これしかない!!!『魔法で婚活』だあ!!!わっはっはっはっははははは!!!!」
一人で高笑いを始めた秋奈の横を、数名の学生が通り過ぎた。
「あ。徘徊美人、なんか叫んでるねー」
「あー、たまに叫ぶんだよね、あの人。まあ新都大の名物みたいなもんだよ。夕方にカラスが鳴くのと同じ」
秋奈は高笑いをあげながら、自分の素晴らしい閃きに喜び、大学内を一人で走り回った。




