第九十二話「古びたタペストリーと、王女の『真実の布告』」
その日の午後、王城の謁見の間は、重厚な雰囲気に満ちていた。壁には、歴代の王の権威と功績を示す、金色と黒で刺繍された巨大なタペストリーが飾られている。そのタペストリーは、王族の権威を象徴する、揺るぎない形式主義の象徴だった。
アルベルト王子は、そのタペストリーの前で、古参の貴族たちと、王室儀礼の厳格な維持について議論していた。
「伝統は、王国の揺るぎない柱である。儀礼の簡素化は、権威の崩壊に繋がる」と、古参の貴族は頑なに主張した。
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シャルロッテは、そのタペストリーの前に立った。彼女の目には、そのタペストリーが、「王族の権威という名の、重くて、息苦しい鎖」に見えた。
「ねえ、兄様。この布、全然可愛くないよ」
アルベルトは、妹の言葉に、苦笑いを浮かべた。
「シャル。これは、権威の象徴だ。可愛さなど、必要ない」
「ううん、違うよ!」
シャルロッテは、そのタペストリーの織り方に、「人々が、王族に、ただ『優しくあってほしい』と願っていた」という、純粋な感情の痕跡を感知した。しかし、その願いは、権威と形式という重い刺繍で、完全に覆い隠されていた。
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シャルロッテは、光属性魔法を応用し、タペストリーの金糸の刺繍全体に、ごく微細な、七色の光の粒子を込めた。
その光の粒子は、金糸の刺繍を解体することなく、刺繍の裏側に隠されていた、薄い、しかし純粋な『願い』の糸を、表面に浮かび上がらせた。
タペストリーは、金色の輝きを保ちながらも、その上に、「王よ、笑ってください」「民と共にパンを」といった、人々の素朴な願いを象徴する、光の文字を浮かび上がらせた。
それは、権威という形式主義の裏に隠された、「信仰の主体性」、すなわち、民が王に直接求めていた「人間的な真実」を、白日の下に晒したのだ。
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古参の貴族たちは、その光景に言葉を失った。
「これは……これは、王権への挑戦ではないか!」
しかし、アルベルト王子は、その光の文字を静かに見つめ、深く頷いた。
「これは、挑戦ではない。これは、民の心に直接書かれた、『真実の布告』だ。我々が守るべきは、この形式ではない。この光の文字に示された、民の純粋な願いだ」
アルベルトは、妹の行動によって、王権の権威が、民の愛という、最も高貴で純粋な「良心」に依拠しなければならないという、本質的な真理を悟った。
「王国の儀礼は、愛を隠すためのものであってはならない。これからは、愛を表現するための、最も可愛い形を選ぶ」
シャルロッテは、兄の英断に、にっこり微笑んだ。
「ね、兄様。タペストリーも、素直な方が、可愛いでしょう?」
シャルロッテの純粋な「可愛い」の哲学は、王国の形式主義を打ち破り、王と民の間に、真実の信頼という、新しい光をもたらしたのだった。




