第九十一話「逆さまのティーカップと、時間の砂の『無意味な規則』」
その日の午後、薔薇の塔のテラスは、奇妙な静けさと、非論理的な美学に満ちていた。シャルロッテは、一人、お茶会を開いていたが、テーブルの上のティーカップはすべて逆さまに置かれ、クッキーは皿の裏側に積み重ねられている。
「ねえ、モフモフ。今日はね、『逆さまの規則』のティーパーティーだよ」
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そこに、マリアンネ王女が、研究の書類を持って現れ、その奇妙な光景に呆然としていた。続いて、第一王女イザベラが、最新のファッション雑誌を手に、優雅にテラスに足を踏み入れた。
イザベラは、テラスの光景を見て、優雅な笑顔を崩さなかったが、その瞳の奥には、「これは、ファッションのルールに反する」という、強い違和感が走っていた。
「シャル。これは、新しい遊びかしら? でも、カップが逆さまでは、優雅な所作ができないわ」
「ううん、できるよ!」
シャルロッテは、逆さまのティーカップに、水属性魔法を応用した。水は、重力に逆らうように、カップの縁から上へと逆流し、空中でドーム状に溜まり始めた。その水面には、テラスの景色が逆さまに映っている。
「わあ、美味しい! 逆さまの紅茶は、普通の紅茶より、三倍ロマンティックだよ!」
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イザベラは、その幻想的な光景に魅了された。彼女は、優雅な所作を維持したまま、空中に溜まった水に、そっと指を触れた。水は、彼女の指先に触れると、優雅な花の形に変化した。
「なるほど……。規則の美しさは、壊されることで、より際立つものなのね」
マリアンネは、砂時計を手に取り、妹の魔法に挑戦した。
「シャル。時間ってね、どうして前にしか進まないの?」
「ふふ、この砂時計はね、『前に進むのが、もう飽きた』って言ってるわ」
シャルロッテは、砂時計を手に取り、時間魔法を応用。砂時計の砂を、下から上へと、ゆっくりと、不規則に逆流させた。
イザベラは、その「逆さまの時間」の中で、なぜかふと、「もし、あの時のドレスのフリルを、もう一段少なくしていたら、もっと完璧だったのではないか」という、過去の小さな後悔が、頭の中で鮮明に修正されていくのを感じた。
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シャルロッテは、砂時計を逆さまのカップの隣に置いた。
「規則はね、守るためにあるんじゃなくて、遊ぶためにあるんだよ! 遊びがない規則なんて、全然可愛くないもの!」
マリアンネは、妹の遊び心が、世界の普遍的な法則に、挑戦していることに気づき、興奮して研究ノートに書き始めた。
「論理は、非論理の中にこそ、真の美を見出す……! この『逆さまの規則』の論理を、新しい魔法理論として確立する必要があるわ!」
イザベラは、妹の純粋な愛の力によって、過去の小さな後悔から解放された。
「シャル。あなたの魔法は、人生のすべてを、優雅な遊びに変えてしまうわね」
二人の姉は、妹の無邪気な「可愛い」の哲学に、それぞれの専門分野(論理と美学)から深く感銘を受けた。その日のテラスは、非論理的なルールと、愛らしい遊びの論理が支配する、幻想的で、詩的な空間となった。




