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第九話「ハンスの不安と、モフモフのふわふわ警備隊」

 王城菜園は、シャルロッテの助言と魔法のおかげで、例年にない豊作を迎えていた。トマトは赤く輝き、ナスは艶やかに実り、庭師長ハンスの顔にも久しぶりに笑顔が戻っていた。


 しかし、その笑顔も長続きしなかった。


「殿下、またでございます……!」


 ある晴れた朝、ハンスが薔薇の塔に駆け込んできた。その顔には、泥と疲労の色が濃く、目には深い隈ができていた。


「ハンスさん、どうしたの?」


 シャルロッテは、モフモフを抱きながら驚いて尋ねた。


「昨夜、また菜園の作物が荒らされてしまいました! キュウリが数本、トマトの苗が何株か……誰かが、夜中に忍び込んでいるのです!」


 ハンスは、過剰な警戒心からか、声が震えていた。連作障害を乗り越えた喜びが大きかった分、犯人への怒りと、守りきれなかった自分への不甲斐なさが募っているようだった。


「もしかしたら、魔物かもしれません! 騎士団に夜間の護衛を依頼しようと思います!」


「魔物!?」と、エマが顔を青くした。


「待って、ハンスさん」


 シャルロッテは、そっとハンスの腕に触れた。彼の腕は、張り詰めた緊張で固くなっていた。


「そんなに慌てないで。魔物だったら、もっと大きな被害になるはずだよ。キュウリとトマトだけなんて、ちょっとおかしいよ」


 シャルロッテの冷静な言葉に、ハンスは少し落ち着きを取り戻した。


「ですが、このままでは……! 私の責任です! せっかく殿下に助けていただいた菜園を、私が守りきれないなんて……」


 彼の目には、疲労と、重すぎる責任感が浮かんでいた。シャルロッテは、そのプレッシャーを取り除いてあげたいと思った。


「よし! じゃあね、ハンスさん。今夜は、わたしが菜園を守るよ!」


「えっ、殿下が!?」


「うん! わたしと、モフモフふわふわ警備隊が守ってあげる!」



 ハンスとオスカーの猛烈な反対を、いつもの笑顔と「大丈夫だよ」の一言で押し切ったシャルロッテは、その夜、薔薇の塔の窓辺で待機していた。隣には、ふわふわ状態のモフモフが、少し緊張した面持ちで座っている。


「モフモフ、いい? もし誰かが来たら、決して怖がらせちゃだめだよ。優しく、追い払うだけ」


「ミゥ……」


 夜が更け、城下町も王城も静寂に包まれた頃、シャルロッテはモフモフの岩石状態の能力を最大限に活かす方法を考えた。


「岩の体は強いけど、重くて畑を踏み荒らしちゃう。いけない」


 シャルロッテは、静かにモフモフの体に手をかざした。


「浮遊魔法、起動!」


 モフモフの足元に、虹色の魔力が渦巻いた。浮遊魔法を体に集中させ、岩石状態になっても、体全体が軽くなるように調整する。


「よし、モフモフ。いざとなったら、岩石状態になってね。でも、地面は踏まないように、ふわっと浮かぶんだよ!」


「グルル!」


 モフモフは、シャルロッテの言葉に強く頷くと、岩石のような体に変身した。体は硬い岩に覆われたが、足元は浮遊魔法のおかげで、地面からわずか数センチ浮いている。その姿は、まるで岩石の風船のようだ。


「さあ、モフモフふわふわ警備隊、出動!」



 菜園の端に隠れて待機していると、すぐに何かの気配がした。


「カサカサ……クンクン……」


 小さな影が、茂みから出てきた。それは、騎士団が恐れるような魔物ではなく、空腹で迷い込んだ小さなウサギの群れだった。彼らは、豊かに実ったキュウリとトマトの香りに誘われて、森から来てしまったようだ。


「やっぱり、魔物じゃなかった!」


 シャルロッテは安堵したが、ウサギたちが作物を荒らしてしまうのは避けなければならない。


 モフモフは、ウサギたちに気づくと、すぐに体を起こした。岩石のような巨体が、音もなくふわりと浮き上がり、ウサギたちの前に立ちはだかる。


「ガウ……!(ここは通れないぞ)」


 ウサギたちは、目の前に突然現れた、宙に浮く巨大な岩石の熊を見て、恐怖のあまり目を見開いた。彼らは一目散に森へと逃げ帰っていった。


 モフモフは、ウサギたちが逃げたことを確認すると、岩石状態を解き、いつものふわふわの姿に戻った。


「ミィ……(追い払ったよ)」


 シャルロッテは、モフモフの頭を優しく撫でた。


「偉いよ、モフモフ! でも、あの子たち、お腹が空いてたんだね」


 シャルロッテは、懐から取り出したドングリに、光属性魔法(治癒補助と栄養強化の応用)を優しく込めた。


「これで許してね。もう畑を荒らしちゃだめだよ」


 そう言って、シャルロッテはドングリをウサギたちが逃げた道の脇にそっと置いておいた。



 翌朝。ルードヴィヒ国王は、ハンスと共に菜園の視察に訪れた。


「ハンス、今朝はどうだ。荒らされた痕跡は」


「陛下、それが……一箇所もございません!」


 ハンスは、目を丸くして菜園を見渡した。キュウリもトマトも無事で、むしろ土は昨夜の雨で潤い、さらに元気に見える。


 その時、ハンスは菜園の隅で、ふわふわと眠るモフモフと、その隣でドングリを分け合って食べているウサギの小さな群れを発見した。


「これは……」


 シャルロッテが、駆け寄ってきた。


「ハンスさん! モフモフ警備隊のおかげだよ! あの子たち、お腹が空いてただけなんだって」


 シャルロッテは、夜の出来事をハンスに伝えた。


「モフモフはね、怖がらせないように、浮いてたんだよ。そして、ウサギさんたちに、代わりにドングリをあげたの!」


 ハンスは、モフモフのふわふわの姿と、その優しさの証であるドングリを見て、胸がいっぱいになった。彼が考えていた「魔物」とは、あまりにもかけ離れた、温かい真実だった。


「殿下……モフモフ……本当に、ありがとうございます」


 ハンスの目に涙が浮かんだ。それは、恐怖や怒りではなく、安堵と、純粋な感動の涙だった。


 ルードヴィヒ国王は、その光景を静かに見つめていたが、やがて豪快に笑い出した。


「ハッハッハ! 見よ、ハンス! 我が国の菜園は、騎士団ではなく、ふわふわの子熊と、賢い第三王女の愛情によって守られたのだ!」


 シャルロッテは、ルードヴィヒの腕の中で、モフモフを抱きしめながら得意げに微笑んだ。


「えへへ。モフモフ警備隊、大成功!」


 シャルロッテは、モフモフのために、菜園の一角に小さな「モフモフとウサギの休憩所」を設置することを決めた。可愛いものは、力でねじ伏せるのではなく、優しさで受け入れることで、平和な共存が生まれる。


 それが、シャルロッテのゆったり異世界ライフの、小さな、けれど確かな真実だった。

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