第八十八話「王城の古井戸と、銀の髪の『結界の儀式』」
その日の王城には、ある小さな異変が起こっていた。城の北側にある、もう使われていない古い石造りの井戸から、原因不明の冷たい霧が立ち上り、周囲の空気を重く、陰鬱なものに変えていた。
マリアンネ王女の解析によると、井戸の底に沈殿しているのは、単なる残留思念ではない。それは、井戸自体が長年の孤独と、その水面に映してきた人々の悲しみを吸収し続けた結果、「王城の孤独な審問官」のような、冷たい人格を形成していたのだ。
井戸は、「私は、この城のすべての悲しみを知っている。誰も私を愛さない」と、無言で周囲に冷たい波動を放っていた。
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シャルロッテは、その井戸の前に立った。彼女は、井戸から立ち上る冷たい霧に、「助けを求めている、知的な悲しみの叫び」を感じ取った。
「ねえ、モフモフ。この井戸さん、とっても賢くて、とっても寂しいんだよ。誰かに、優しくして欲しいんだって」
彼女は、井戸の持つ「冷たい知性」を理解した上で、自らの「愛」という最も純粋な光で、この異変を浄化することを決意した。
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シャルロッテは、純白のショールを頭から全身に纏い、井戸の縁に立った。その姿は、まるで儀式的な法衣のようだった。
彼女は、土属性魔法を応用し、井戸の周囲の地面に、円形の、幾何学的な結界の紋様を刻んだ。そして、井戸の縁にモフモフをそっと置いた。
そして、彼女は、光属性の魔力を、井戸の底に集中させた。
「ね、井戸さん。あなたは、寂しい悲しいことを、いっぱい知ってるね。でもね、誰もあなたを責めてないよ」
彼女は、井戸の底の冷たい人格に向かって、裁きや排除ではなく、「あなたが、この城のすべてを見守ってきたこと*への、無条件の肯定と感謝を送り続けた。
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シャルロッテの愛の魔力は、井戸の冷たい人格に、直接語りかけた。
「あなたは、王城の秘密を知る、一番賢いお友達だね。でも、賢すぎる人は、一人になっちゃうの。だから、わたしが、あなたの秘密のお友達になってあげる!」
その間、井戸からは、一時的に、さらに濃く、冷たい霧が噴き上がった。それは、井戸の孤独な人格が、初めて受けた愛に、戸惑いと抵抗を示しているようだった。
しかし、シャルロッテの愛の光は、その抵抗すら優しく包み込み続けた。
数分後、冷たい霧は、ゆっくりと、しかし確実に、温かい桜色の湯気へと変わり、消えていった。井戸の底の冷たい人格は、シャルロッテの愛によって、静かに浄化され、「温かい、知的な守護者」へと変容した。
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井戸の縁には、シャルロッテの魔法で、水属性の清らかな、光の雫が、一粒だけ残された。
アルベルト王子は、妹の行った、大胆で純粋な「浄化の儀式」を見て、心から感動した。
「シャル。君の純粋な愛こそが、最も強力な浄化の力だ。君は、井戸の孤独な知性を救ったのだな」
シャルロッテは、井戸の縁の雫を指先で受け止めた。
「ね、兄様。井戸さんが、『ありがとう』って言ってるよ。『これからは、城の秘密を、温かい光で守るね』って!」
古い井戸は、その日以来、冷たい霧を吐くことなく、王城の温かい守護者となった。そして、その静かな存在は、シャルロッテの「愛」という名の最高の真実を、静かに物語り続けたのだった。




