第八十七話「モフモフの体温と、言葉にならない『命の約束』」
その日の午後、シャルロッテは、モフモフと共に王城の広大な庭園で寝転んでいた。暖かな日差しが降り注ぎ、空気は草の匂いに満ちている。
モフモフは、シャルロッテの胸の上に乗り、最も安心しきった「究極のふわふわ状態」になっている。
「ん~~~、モフモフ。あなたは、世界で一番、良い匂いがする」
シャルロッテは、モフモフの毛皮に顔を埋め、その温かい体温を全身で感じていた。彼女にとって、この時間は、人間同士の言葉や建前を超えた、純粋な生命の交流だった。
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シャルロッテは、モフモフの体のどこを触ると、モフモフが最も喜ぶのかを、長年の愛でる経験から正確に知っていた。耳の裏、首筋、そして尻尾の付け根。
彼女が、モフモフの耳の裏をそっと撫でると、モフモフは、目を細め、ゴロゴロと喉の奥を大きく振動させた。その振動は、彼女の胸全体に、「私は幸せだ」「あなたは温かい」という、直接的な愛のメッセージとして伝わってきた。
「ね、モフモフ。あなたの言葉は、音符がないのに、音楽だね」
シャルロッテは、モフモフの温かい体温を通じて、彼が過去に森で感じた孤独や、王城に来て初めて感じた安心感を、まるで自分の感情のように受け止めていた。それは、理屈ではなく、共感の魔力だった。
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そこに、第二王子フリードリヒが、訓練着のまま、二人の元へやってきた。
「シャル。モフモフばかり可愛がって、兄ちゃんのことも可愛がってくれよ」
フリードリヒは、冗談めかしてモフモフを触ろうとしたが、モフモフは一瞬だけ体を硬くし、岩石状態に変わりそうになった。
「ダメだよ、フリードリヒ兄様!」
シャルロッテは、慌ててモフモフを抱きしめた。
「モフモフはね、愛情が本物じゃないと、受け入れてくれないの。兄様の愛情は、力が強すぎるから、最初は怖いのよ」
フリードリヒは、妹の言葉に、反省した。彼は、妹への愛は本物だが、どこか「力を込めて守る」という、人間的な傲慢さが混ざっていたことに気づいた。
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シャルロッテは、モフモフを抱いたまま、フリードリヒの腕にそっと触れた。
「フリードリヒ兄様。モフモフを可愛がるにはね、『この子の存在が、私の全てだ』って、愛を込めて、優しく触れるの」
フリードリヒは、妹の助言に従い、戦士としての強さを全て抜き去り、ただ純粋な「愛」だけを込めて、モフモフの頭を撫でた。
モフモフは、今度は岩石化せず、彼の指に、自分のふわふわの鼻先を擦り付けた。
「ああ……、これは、言葉では言い表せない……」
フリードリヒは、生命と生命が触れ合う、無垢な喜びに、胸が熱くなるのを感じた。
シャルロッテの「可愛い」という感情は、人間と動物、そして自然との間に、言葉を超えた「命の約束」を結ぶ、最強の絆だった。




